足立慶友医療コラム

腰椎椎間板ヘルニアの初期症状と経過|早期発見のポイント

2025.12.14

腰やお尻、足にかけての痛みやしびれを感じた時、多くの人が不安に思うのが「腰椎椎間板ヘルニア」の可能性です。この病気は、背骨のクッションである椎間板が変性し、内部の組織が飛び出すことで神経を圧迫して起こります。

しかし、診断されたからといってすぐに手術が必要になるわけではありません。実は、初期症状を正しく理解し、適切な時期に保存療法を開始することで、多くのケースで症状の改善が見込めます。

この記事では、見逃してはいけない初期のサインから、発症後の典型的な経過、病院へ行くべき危険な兆候、そして日常生活での注意点までを網羅的に解説します。正しい知識を持つことが、早期回復への第一歩となります。

腰椎椎間板ヘルニアとはどのような病気か

腰椎椎間板ヘルニアとは、腰椎の間にある軟骨組織が傷ついて中身が飛び出し、神経を圧迫することで痛みやしびれを引き起こす疾患です。背骨のクッション機能が破綻することで、物理的な圧迫や炎症が生じて様々な症状が現れます。

椎間板の構造と役割

椎間板は、中心にあるゼリー状の「髄核(ずいかく)」と、それを取り囲むバウムクーヘンのような層状の「線維輪(せんいりん)」という二つの組織で構成されています。髄核は水分を多く含み、弾力性に富んでいるため、上下方向からの圧力や衝撃を吸収する優れたクッション性を発揮します。

一方、線維輪は強靭な繊維組織でできており、髄核が外に漏れ出さないように閉じ込める役割を担っています。同時に、背骨の回旋運動や曲げ伸ばしの動きを支える重要な構造体です。

髄核と線維輪の関係性

健康な状態であれば、髄核は線維輪の中心付近に位置し、均等に圧力を分散させます。しかし、椎間板に強い負荷がかかり続けたり、加齢によって水分量が減少したりすると、線維輪に亀裂が入ることがあります。

正常な椎間板の状態と、ヘルニアが起こった状態の違いを比較すると、構造的な変化がよく理解できます。

項目正常な椎間板ヘルニアの状態
髄核の位置線維輪の中央に収まっている線維輪を突き破り外へ脱出している
神経への影響圧迫や接触はない脱出した組織が神経根を圧迫・刺激する
クッション機能十分に機能し衝撃を吸収する機能が低下し衝撃が骨に伝わりやすい
主な自覚症状なし(無症状)腰痛、下肢の放散痛、しびれ、筋力低下

この亀裂から髄核が外側へ向かって押し出され、最終的に線維輪を突き破って外へ飛び出した状態が「ヘルニア(脱出)」です。飛び出した髄核が、すぐそばを走行している脊髄神経根を圧迫することで、激しい痛みやしびれが発生します。

ヘルニアが発症する原因

椎間板ヘルニアが発症する原因は、単一ではなく、環境的な要因と遺伝的な要因が複雑に絡み合っていると考えられます。最も大きな要因の一つは、日常生活における腰への負担です。

例えば、重い荷物を持ち上げる動作や、長時間の中腰姿勢、激しいスポーツなどは、椎間板に強い圧力をかけ続けます。加えて、座りっぱなしのデスクワークや運転業務も、実は立っている時以上に腰椎への負担が大きいため、リスク因子となります。

加齢と遺伝的背景

加齢による椎間板の変性も主要な原因です。椎間板は血管が通っていない組織であるため、一度傷つくと修復されにくいという特徴を持ちます。

10代後半からすでに老化が始まると言われており、年齢とともに髄核の水分が減り、弾力性が失われていきます。その結果、わずかな外力でも損傷しやすくなるのです。

また、遺伝的な体質も関係しており、家族に椎間板ヘルニアの人がいる場合、発症する確率がやや高くなる傾向があります。喫煙も椎間板周囲の血流を悪化させ、変性を早める要因として知られています。

好発年齢と性差の特徴

腰椎椎間板ヘルニアは、高齢者だけの病気ではありません。むしろ、働き盛りである20代から40代の若い世代に多く発症するのが大きな特徴です。

これは、椎間板の変性が始まりつつも、髄核にはまだ十分な水分が残っており、内圧が高いために飛び出しやすいためです。高齢になると髄核の水分が枯渇するため、ヘルニア自体は起こりにくくなります。

その代わり、高齢者では脊柱管狭窄症などの別の問題が増えてきます。性別では、男性の方が女性よりも発症頻度が高い傾向にあります。

この性差は、労働環境やスポーツ活動における身体的負荷の違いが影響している可能性があります。

見逃してはいけない初期症状のサイン

腰椎椎間板ヘルニアの初期症状には、単なる腰痛とは異なる特徴的なサインがあり、早期発見が重症化を防ぐ鍵となります。痛みの場所や種類、特定の動作での反応を注意深く観察することで、早期の対策が可能になります。

腰痛の質と特徴的な違和感

発症の初期段階では、腰の違和感や鈍痛から始まることが一般的です。この腰痛は、筋肉疲労による痛みとは異なり、身体の深部から響くような重苦しい痛みとして感じることが多いです。

特に、前屈みになった時や、椅子から立ち上がろうとした瞬間に「ズキッ」とした鋭い痛みを感じる場合は注意が必要です。また、咳やくしゃみをした際に腰に響く痛みを感じるのも、椎間板ヘルニアに特徴的なサインの一つです。

これは、腹圧が上がることで椎間板の内圧が高まり、神経への圧迫が一時的に強まるために起こります。

お尻や太ももに感じるしびれ

腰痛に続いて、あるいは腰痛と同時に現れるのが、お尻から太ももの裏側、ふくらはぎ、足先にかけての痛みやしびれです。これは「坐骨神経痛」と呼ばれ、ヘルニアによって圧迫された神経が支配している領域に症状が出現します。

初期には、「足がなんとなくピリピリする」「お尻の奥がじんじんする」「太ももの裏がつっぱる感じがする」といった感覚異常として自覚されます。左右どちらか片方の足に症状が出ることが多いですが、ヘルニアの場所や大きさによっては両足に出ることもあります。

腰痛が軽くなっても、足のしびれだけが残るあるいは強くなるという経過をたどることもあります。ご自身でチェックしやすい初期症状の特徴を挙げます。

  • 重いものを持ち上げた瞬間に腰に電気が走るような痛みを感じた
  • お辞儀をするような前かがみの姿勢をとると腰や足が痛む
  • 椅子に座っていると、お尻から太ももにかけてしびれや痛みが増してくる
  • 咳やくしゃみ、排便時のいきみで腰や足に痛みが響く
  • 朝起きた直後に腰が痛み、動いているうちに少し楽になる
  • 仰向けで寝て足を伸ばして上げようとすると、太ももの裏が痛くて上がらない
  • 足の感覚が鈍く、触った感じが左右で違うように思える
  • つまずきやすくなったり、スリッパが脱げやすかったりする

これらの項目のうち、複数当てはまる場合は椎間板ヘルニアの疑いがあります。

動作時に強まる痛みのパターン

椎間板ヘルニアの痛みは、特定の動作や姿勢によって悪化する傾向があります。最も典型的なのは「前屈(前かがみ)」の動作です。

顔を洗う姿勢、中腰での掃除機かけ、重いものを持ち上げようとする姿勢などは、椎間板の前方に圧力がかかります。その影響で、髄核を後方(神経がある方向)へ押し出す力が働くため、痛みが強まります。

長時間同じ姿勢で座り続けることも苦痛になります。逆に、仰向けになって膝を曲げて寝たり、立って腰を反らしたりすると痛みが和らぐ場合もありますが、これはヘルニアの位置によって異なります。

症状の進行と経過のパターン

腰椎椎間板ヘルニアの症状は、発症直後の激痛から始まり、時間の経過とともに徐々に変化して軽快に向かうのが一般的なパターンです。どのような経過をたどるのかを知ることで、不安を軽減し、冷静に治療に取り組むことができます。

急性期の激しい痛みと対処

発症直後の数日から数週間は「急性期」と呼ばれ、炎症が強く起きているため、非常に激しい痛みを伴います。この時期は、身動きが取れないほどの腰痛や、焼けつくような足の痛みで睡眠もままならないことがあります。

神経が強い圧迫を受け、周囲の組織が浮腫(むくみ)を起こしている状態です。急性期において最も優先すべきことは「安静」と「鎮痛」です。

無理に動かそうとせず、痛みの少ない姿勢で横になり、炎症が収まるのを待つことが基本です。医師の指示のもと、消炎鎮痛剤や神経ブロック注射などを用いて、耐え難い痛みを取り除く治療が行われます。

慢性期への移行と症状の変化

激しい痛みがピークを越えると、徐々に「慢性期」へと移行します。鋭い痛みは落ち着いてきますが、代わりに鈍い痛みやしびれ、足のつっぱり感などが主症状となります。

時間の経過とともに症状がどのように変化していくか、一般的な目安を整理します。

時期の区分期間の目安主な症状と特徴
急性期発症〜2週間程度炎症による激しい腰痛と下肢痛。動くのが困難なほどの痛み。安静時も痛むことがある。
亜急性期2週間〜2ヶ月程度激痛は和らぐが、しびれや鈍痛が残る。特定の動作で痛みが強まる。リハビリ開始時期。
慢性期3ヶ月以降症状は固定化または軽快傾向。しびれが主症状となることが多い。日常生活は可能。
回復期数ヶ月〜1年ヘルニアの吸収が進み、症状が消失または気にならない程度まで改善する。

この時期になると、痛くて動けないということは少なくなりますが、長時間歩くと痛くなったり、特定の姿勢でしびれが強まったりする症状が続きます。慢性期では、過度な安静はかえって筋力を低下させ回復を遅らせる可能性があります。

そのため、痛みの様子を見ながら徐々に日常生活の活動量を増やしていくことが重要です。無理のない範囲でのストレッチや軽い運動を開始するのもこの時期です。

症状が自然軽快するケース

驚かれることも多いですが、腰椎椎間板ヘルニアは自然に治癒することがある病気です。飛び出したヘルニア(髄核)は、人体にとって異物と認識されるため、免疫細胞の一種である「マクロファージ」が集まってきます。

集まったマクロファージがヘルニアを食べて吸収してしまう働き(貪食作用)が起こります。特に、大きく飛び出したヘルニアほどこの吸収作用が働きやすく、数ヶ月でMRI画像上のヘルニアが消失または縮小することが確認されています。

症状が改善傾向にある場合は、手術を急がず、この自然吸収を待つ保存療法が選択されるのが一般的です。

医療機関を受診すべきタイミング

椎間板ヘルニアの中には、排泄障害や重度の麻痺など、一刻も早く専門医の治療を受けなければならない危険な状態が存在します。様子を見ることなく直ちに受診すべきサインを知っておくことは、後遺症を防ぐために極めて重要です。

排尿や排便の障害がある場合

最も緊急度が高いのが「膀胱直腸障害」と呼ばれる症状です。巨大なヘルニアが神経の束(馬尾神経)を強く圧迫することで起こります。

以下のような症状は、緊急度が高い「レッドフラッグ(危険信号)」として知られています。

症状のカテゴリー具体的な自覚症状緊急度と対応
排泄機能の障害尿閉、失禁、便秘、肛門周囲の感覚消失極めて高い(直ちに専門医へ)
重度の運動麻痺足首が動かない(下垂足)、膝崩れ、歩行困難高い(早急に受診)
感覚の完全な脱失触っても全く感じない、温度を感じない高い(早めの受診が必要)
全身症状の合併発熱、原因不明の体重減少、安静時疼痛高い(内科的疾患の除外も必要)

「尿が出にくい」「尿の勢いが弱い」「残尿感がある」「尿や便が漏れてしまっても感覚がない」といった症状が現れた場合は、神経が不可逆的な損傷を受ける前に緊急手術が必要になる可能性があります。夜間や休日であっても、救急外来の受診を検討すべき重大なサインです。

足に力が入りにくい麻痺症状

痛みやしびれだけでなく、筋肉の力が入らなくなる「運動麻痺」が出ている場合も早期受診が必要です。「スリッパが勝手に脱げてしまう」「つま先立ちができない」「かかと歩きができない」などの症状は注意が必要です。

これらは、神経の麻痺によって筋力が低下している証拠です。放置すると筋肉が痩せてしまい、ヘルニアが治っても筋力が戻らず、歩行障害が残ってしまうリスクがあります。

痛みがそれほど強くなくても、力が入りにくいと感じたらすぐに医師に相談することが重要です。

安静にしていても痛みが引かない時

一般的な腰痛であれば、楽な姿勢で横になっていれば痛みは和らぎます。しかし、どのような姿勢をとっても痛みが治まらない、夜も痛みで眠れないといった場合は、単なるヘルニアではない可能性があります。

あるいは、ヘルニアによる炎症が極めて強い状態が疑われます。また、がんの骨転移や化膿性脊椎炎などの重篤な疾患が隠れている可能性も否定できません。

安静時の持続的な痛みは、身体が発している危険信号と捉え、精密検査を受ける必要があります。

診断を確定するための検査方法

腰椎椎間板ヘルニアの確定診断には、専門医による詳細な身体診察と、MRIを中心とした画像検査が不可欠です。症状の原因を特定し、適切な治療方針を決定するために、複数の検査を組み合わせて総合的に判断します。

医師による問診と身体診察

最初に行われるのは詳細な問診と身体診察です。いつから痛むか、どのような動作で痛むか、しびれの範囲はどこかなどを詳しく聞き取ります。

主な検査の種類と、それぞれの目的は以下の通りです。

検査名確認できる主な内容ヘルニア診断での役割
神経学的所見筋力低下、感覚障害、腱反射の異常、疼痛誘発テスト障害されている神経のレベル(高さ)を推測する
レントゲン(X線)骨の形、配列、椎間板の厚み(間隔)骨疾患の除外や、全体的な背骨の状態把握
MRI椎間板の突出、神経根の圧迫、脊髄の状態確定診断。ヘルニアの部位・大きさ・質の詳細評価
CT骨の細かな形状、石灰化の有無骨化したヘルニアの診断や手術計画の補助

身体診察では、神経学的検査として「SLRテスト(下肢伸展挙上テスト)」などがよく行われます。これは、仰向けで膝を伸ばしたまま足を上げていく検査で、一定の角度で太ももの裏やふくらはぎに痛みが走ればヘルニアの疑いが強まります。

また、腱反射の確認や、筆や針を使って皮膚の感覚を調べる知覚検査も重要です。つま先立ちやかかと立ちによる筋力検査を行い、どの神経が障害されているかを特定します。

レントゲン検査でわかること

レントゲン(X線)検査は、骨の状態を確認するための基本的な検査です。実は、椎間板そのものは軟骨組織であるため、レントゲンには写りません。

したがって、レントゲンだけで「ヘルニアがあります」と断定することはできません。しかし、骨の間隔(椎間板の厚み)が狭くなっていないか、骨の変形やトゲ(骨棘)がないかを確認することは可能です。

背骨の並びに異常(すべり症など)がないかを確認したり、圧迫骨折や腫瘍などの骨の病気を除外したりするためにも、まず最初にレントゲン撮影が行われます。

MRI検査の重要性と役割

椎間板ヘルニアの診断において、最も有力かつ重要な情報をもたらすのがMRI(磁気共鳴画像)検査です。MRIは磁力を使って体内の断面を撮影するため、骨だけでなく、水分を含む椎間板や神経、筋肉などの軟部組織を鮮明に映し出すことができます。

どの高さの椎間板が、どの方向に、どれくらい飛び出しているのか、そして神経がどれほど圧迫されているかを視覚的に確認することができます。手術が必要かどうかの判断や、自然吸収を期待して保存療法を続けるかどうかの判断材料として、MRI検査は必須と言えます。

保存療法による治療とケア

腰椎椎間板ヘルニアの治療は、手術を行わない保存療法から開始するのが基本原則であり、多くの患者さんがこの方法で回復しています。薬物療法、ブロック注射、運動療法などを症状の段階に合わせて組み合わせることで、痛みの緩和と機能回復を目指します。

薬物療法による痛みのコントロール

痛みを我慢し続けると、神経が興奮してさらに痛みを感じやすくなる悪循環に陥ることがあります。そのため、まずは薬を使って痛みをコントロールすることが重要です。

一般的には、「非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)」が処方され、炎症と痛みを抑えます。神経の痛みが強い場合には、「神経障害性疼痛治療薬」が用いられ、過敏になった神経の興奮を鎮めます。

また、筋肉の緊張をほぐす筋弛緩薬や、血流を改善する薬、しびれに効果が期待されるビタミンB12製剤などが併用されることもあります。

ブロック注射の効果と目的

内服薬だけでは痛みが治まらない場合や、激痛で動けない場合には、「神経ブロック注射」が検討されます。これは、痛みの原因となっている神経の近くや、背骨の中に局所麻酔薬と抗炎症薬(ステロイド)を直接注入する治療法です。

保存療法には様々な種類があり、それぞれの目的と期待される効果が異なります。

療法の種類具体例期待される主な効果
薬物療法消炎鎮痛剤、神経障害性疼痛薬、筋弛緩薬炎症の抑制、痛みの伝達遮断、筋肉の緊張緩和
神経ブロック硬膜外ブロック、神経根ブロック強力な抗炎症作用、即効性のある鎮痛
物理療法牽引、温熱、電気刺激(低周波など)血流改善、疼痛緩和、筋肉のリラクゼーション
運動療法ストレッチ、体幹トレーニング、姿勢指導筋力強化、柔軟性向上、再発予防、負担分散

ブロック注射には、硬膜外ブロックや神経根ブロックといった種類があります。薬液を直接届けることで、強力に炎症を抑え、神経の興奮を遮断する効果があります。

一時的な鎮痛効果だけでなく、痛みの悪循環を断ち切ることで、その後の回復を早めるきっかけとなることも期待できます。

リハビリテーションと運動療法

痛みが落ち着いてきたら、再発予防と機能回復を目指してリハビリテーションを行います。物理療法として、患部を温める温熱療法や、電気刺激を与える治療、牽引療法などが行われることがあります。

そして最も重要なのが運動療法です。理学療法士の指導のもと、硬くなった筋肉をストレッチで柔軟にし、背骨を支える体幹の筋肉(腹筋や背筋、インナーマッスル)を強化します。

正しい体の使い方を覚えることで、椎間板への負担を減らし、ヘルニアになりにくい体づくりを目指します。

日常生活で注意すべき姿勢と動作

腰椎椎間板ヘルニアの回復と再発予防には、医療機関での治療以上に、日常生活における姿勢や動作の改善が重要です。腰に負担をかける習慣を見直し、正しい動作を身につけることが、長期的な健康維持につながります。

重いものを持つ時の正しい姿勢

床にある重いものを持ち上げる動作は、椎間板に最大級の負荷をかけます。絶対に避けるべきなのは、膝を伸ばしたまま腰だけを曲げて持ち上げる「中腰」の姿勢です。

この姿勢はテコの原理で腰椎に強烈な負担がかかります。物を持ち上げる際は、必ず一度しゃがみ込み、荷物を体にできるだけ近づけて抱え、足の力を使って立ち上がるようにします。

また、一度に全てを持とうとせず、小分けにして運ぶ、台車を使うなどの工夫も大切です。

長時間の座り仕事での工夫

デスクワークなどで長時間座り続けることも、実は腰にとって過酷な環境です。立っている時よりも座っている時の方が、椎間板にかかる圧力は約1.4倍になると言われています。

特に、背中を丸めた猫背の姿勢や、椅子に浅く腰掛けて背もたれに寄りかかる姿勢は要注意です。日々の生活で意識すべきポイントを整理しました。

  • 顔を洗う時は、膝を軽く曲げて腰への負担を足へ逃がすようにする
  • 物を拾う時は、腰を曲げるのではなく、膝を折って腰を落としてから拾う
  • デスクワーク中は、モニターの高さを調整し、頭が前に出ないようにする
  • 柔らかすぎるソファーには長時間座らず、適度な硬さのある椅子を選ぶ
  • 掃除機をかける時は、柄を長くして上体を起こし、前かがみを防ぐ
  • 入浴はシャワーだけで済ませず、湯船に浸かって筋肉の血行を良くする
  • 肥満は腰への恒常的な負担となるため、適正体重の維持を心がける
  • コルセットは痛みが強い時や重作業時のみ使用し、常時着用は避ける

仕事中は、椅子には深く腰掛け、骨盤を立てるように意識し、背筋を伸ばして座ります。また、どんなに良い姿勢でも長時間固定されること自体が良くないため、30分から1時間に一度は立ち上がり、腰を伸ばしたり歩いたりして血流を促すことが必要です。

寝る時の姿勢と寝具の選び方

睡眠は体を休めるための大切な時間ですが、寝方によっては腰痛を悪化させることがあります。うつ伏せ寝は腰が反ってしまい、首や腰への負担が大きいため避けるのが賢明です。

仰向けで寝る場合は、膝の下にクッションなどを入れて膝を軽く曲げると、腰の筋肉が緩み、骨盤が安定して楽になります。横向きで寝る場合は、膝を軽く曲げて丸まるような姿勢をとると、椎間板の圧力が下がります。

寝具に関しては、体が沈み込みすぎる柔らかすぎるマットレスや、逆に硬すぎて腰が浮いてしまう敷布団は避け、適度な硬さで寝返りが打ちやすいものを選ぶことが大切です。

Q&A

手術は必ずしなければなりませんか?

必ずしも手術が必要なわけではありません。実際には、腰椎椎間板ヘルニアと診断された方の多くが、薬物療法やリハビリテーションなどの保存療法で症状が改善しています。

手術が検討されるのは、排尿・排便障害がある場合、足の麻痺が進行している場合、または保存療法を数ヶ月続けても痛みが引かず日常生活に大きな支障がある場合に限られます。医師と相談しながら、症状や生活環境に合わせて治療方針を決定していきます。

運動はいつから始めても良いですか?

運動を開始する時期は、痛みの程度や症状の段階によって異なります。激しい痛みがある急性期には安静が必要ですが、痛みが落ち着いてくる亜急性期以降であれば、医師や理学療法士の指導のもとで徐々に運動を始めることが推奨されます。

自己判断で激しい運動を始めると悪化させる恐れがあるため、まずは軽いストレッチやウォーキングから開始し、専門家の指示に従って負荷を調整していくことが大切です。

完治するまでにどのくらいの期間がかかりますか?

回復までの期間には個人差がありますが、保存療法で症状が改善する場合、多くは3ヶ月から半年程度で日常生活に支障がないレベルまで回復します。ヘルニアが自然に吸収されるまでには数ヶ月単位の時間が必要です。

ただし、しびれなどの神経症状は、痛みが消えた後もしばらく残ることがあります。焦らずに治療を継続し、長い目で経過を見守ることが重要です。

再発を防ぐためにはどうすれば良いですか?

再発予防のために最も重要なのは、腰への負担が少ない生活習慣を身につけることと、腰回りを支える筋力を維持することです。中腰姿勢や重いものを持つ動作を避け、正しい姿勢を意識することが基本となります。

また、腹筋や背筋などの体幹トレーニングを継続して行い、天然のコルセットとなる筋肉を鍛えることも有効です。体重管理を行い、腰への負荷を減らすことも再発防止に役立ちます。

どのような椅子を選べば腰への負担が減りますか?

腰への負担を減らすためには、骨盤を立てて座ることができる椅子が望ましいです。座面が柔らかすぎてお尻が沈み込むものや、奥行きがありすぎて背もたれに届かないものは避けましょう。

高さ調整が可能で、足の裏がしっかりと床につく高さに設定できるものが良いでしょう。ランバーサポート(腰当て)が付いている椅子や、背骨のS字カーブを自然に保てる設計の椅子を選ぶと、長時間の座位でも疲れにくくなります。

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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