足立慶友医療コラム

腰椎ヘルニアの痛みと歩行障害 – 重症度の判断基準

2025.12.16

腰椎椎間板ヘルニアによる痛みやしびれは、日常生活の質を大きく低下させるだけでなく、進行すると深刻な歩行障害を引き起こす可能性があります。「足が痛くて歩けない」「休み休みでないと歩けない」といった症状は、神経圧迫が重度であることを示す重要なサインです。

本記事では、腰椎ヘルニアが引き起こす痛みと歩行障害の関係性を詳しく解説し、症状の段階に応じた重症度の判断基準を提示します。ご自身の症状がどのレベルにあるのかを正しく理解し、適切な治療時期を見極めるための指針としてお役立てください。

腰椎椎間板ヘルニアが引き起こす歩行障害の仕組み

突出した椎間板が神経を物理的かつ化学的に刺激することで下肢への指令伝達を阻害し、痛みや筋力低下を引き起こすことが、歩行を困難にする直接的な原因となります。

ヘルニアが神経を圧迫して機能を低下させる流れ

腰椎椎間板ヘルニアは、背骨のクッションである椎間板の中にある髄核が外に飛び出し、脊柱管の中を通る神経を圧迫する病態です。この圧迫された神経は、主に腰からお尻、太もも、ふくらはぎ、そして足先へとつながる坐骨神経などを構成しています。

神経が圧迫を受けると、脳からの「足を動かせ」という命令が筋肉に正しく伝わらなくなったり、足からの感覚情報が脳に届きにくくなったりします。

初期段階では神経が炎症を起こして過敏になり、強い痛みを発しますが、圧迫が長期化したり強まったりすると、神経そのものの機能が低下し始めます。神経の伝導速度が遅くなり、筋肉を動かす力が弱まるため、足を地面につけたときに支えきれなくなったり、足先が上がらずにつまずきやすくなったりします。

このように、単なる「痛み」の問題だけでなく、神経機能の物理的な遮断が歩行障害の根本には存在します。

痛みが歩行動作そのものに与える悪影響

激しい痛みは、人間の防御反応として無意識のうちに特定の動作を避けさせます。これを疼痛性逃避姿勢と呼びます。

腰椎ヘルニアの患者様は、患側の足に体重をかけると電気が走るような激痛が走るため、無意識に痛いほうの足をかばうように歩きます。その結果、歩幅が極端に狭くなったり、前かがみの姿勢で歩くようになったりと、正常な歩行パターンが崩れてしまいます。

この不自然な歩き方を続けると、本来負担がかからないはずの健康な側の足や、腰の筋肉、股関節などに過剰な負担がかかります。その結果として、ヘルニアによる直接的な痛みだけでなく、二次的な筋肉痛や関節痛を併発し、さらに歩くことが億劫になるという悪循環に陥ります。

痛みが強い時期は、歩行という基本的な動作を行うだけでも莫大なエネルギーを消耗し、精神的な疲弊も招くことになります。

跛行と呼ばれる異常歩行の種類と特徴

歩行障害にはいくつかの種類がありますが、腰椎疾患で特によく見られるのが「跛行(はこう)」です。ヘルニアによる跛行には、痛みを避けるために足を引きずるように歩く「疼痛性跛行」と、少し歩くと足が痛くなって止まり、休むとまた歩けるようになる「間欠性跛行」の二つが代表的です。

特に間欠性跛行は、腰部脊柱管狭窄症の特徴として知られていますが、巨大なヘルニアが馬尾神経を圧迫する場合にも出現します。

また、神経麻痺が進むと、足首を上に持ち上げる力が弱まる「下垂足(ドロップフット)」という状態になります。歩くときに足先が地面に引っかからないように、膝を高く上げて歩く「鶏歩(けいほ)」と呼ばれる特徴的な歩き方になることもあります。

これらの歩き方の変化は、医師が診察室に入ってくる患者様の歩容を見るだけで、ある程度の重症度や障害部位を推測できるほど重要なサインとなります。ご自身の歩き方が以前と比べてどのように変化したかを確認することは、病状を把握する上で非常に有益です。

痛みの種類と強さから判断する重症度

お尻から足先にかけて広がる放散痛や、どのような姿勢をとっても治まらない安静時痛がある場合、神経へのダメージが深く重症度が高いと判断します。

放散痛と局所的な腰痛の決定的な違い

腰椎ヘルニアの症状を判断する際、痛みが「腰だけ」にあるのか、それとも「お尻から足」に広がっているのかを見極めることが重要です。腰の周辺だけが重く痛む場合は、椎間板そのものの損傷や周囲の筋肉の炎症にとどまっている可能性があり、比較的神経症状としては軽度な場合があります。

しかし、お尻から太ももの裏、ふくらはぎの外側、足の甲や裏へと電流が走るような痛みが広がる場合、これを「放散痛」または「坐骨神経痛」と呼びます。

放散痛が存在するということは、飛び出したヘルニアが神経根を直接圧迫・刺激している明白な証拠です。痛みの範囲が足先へ行けば行くほど、あるいは痛む範囲が広ければ広いほど、神経が受けている影響範囲が大きいことを示唆します。

特に、膝から下へ突き抜けるような鋭い痛みは、典型的な神経根圧迫のサインであり、単なる腰痛とは区別してより慎重な対応が必要となります。

安静時痛と動作時痛における危険度の差

痛みが出るタイミングも重症度を測るバロメーターになります。通常、多くのヘルニア患者様は「前かがみになると痛い」「重いものを持つと痛い」といった「動作時痛」を訴えます。

これは特定の姿勢でヘルニアが神経に触れるために起こるもので、安静にしていれば痛みは和らぎます。この段階では、日常生活での動作に気をつけることで痛みをコントロールできる余地があります。

一方で、横になってじっとしていても、どんなに楽な姿勢を探しても痛みが引かない「安静時痛」がある場合は非常に危険です。これは神経の炎症が極めて強い状態にあるか、ヘルニアによる圧迫が逃げ場のないほど強固であることを意味します。

夜も痛みで眠れない「夜間痛」を伴う場合は、身体的・精神的な消耗が激しく、保存療法での改善が難しいケースも多いため、早急に専門医の判断を仰ぐ必要があります。

痛みのレベルと日常生活への支障度

重症度レベル痛みの特徴日常生活への影響
軽度特定の動作時のみ腰やお尻に鈍痛がある。安静時は無症状。長時間の座位や重労働以外は支障なし。痛み止めなしでも過ごせる日が多い。
中等度お尻から太もも、ふくらはぎにかけて放散痛がある。立位や歩行で痛みが増強する。痛み止めが必要。階段の昇り降りや長距離の歩行が辛く、仕事や家事に制限が出る。
重度安静にしていても激痛が走る。足先まで痺れや痛みが突き抜ける。夜間も痛みで目が覚める。自力での歩行が困難、または数メートルしか歩けない。トイレや入浴など身の回りの動作も介助が必要になる場合がある。

痛みとしびれの相関関係と進行リスク

「痛み」と「しびれ」はセットで語られることが多いですが、医学的には異なる意味を持ちます。一般的に、発症初期の炎症が強い時期には激しい「痛み」が前面に出ます。

しかし、症状が慢性化し、神経が長期間圧迫され続けると、痛みが引いてくる代わりに「しびれ」や「感覚の鈍さ」が強くなることがあります。これを「治った」と勘違いしてはいけません。

痛みが軽くなったのに足の感覚が鈍くなっている場合、神経の繊維がダメージを受けて感覚を伝える機能を失いつつある可能性があります。つまり、症状の質が「過敏(痛み)」から「脱落(麻痺)」へと移行しているサインです。

しびれは痛み以上に回復に時間を要し、完全に元に戻らないこともあります。したがって、痛みが減ったとしても、しびれや違和感が残る、あるいは強くなっている場合は、むしろ重症化しているリスクを疑う視点が大切です。

歩行障害の具体的な症状と進行レベル

連続して歩ける距離が短くなり、休息を挟まないと歩行を継続できない間欠性跛行の状態は、神経圧迫による血流障害が進んでいる証拠です。

間欠性跛行が現れる初期のサイン

間欠性跛行(かんけつせいはこう)とは、歩き始めは順調でも、しばらく歩いていると足にしびれや痛み、脱力感が生じて歩けなくなり、しゃがみこんで少し休むとまた歩けるようになる症状です。

これは神経の通り道である脊柱管や神経根周囲の血流が悪くなり、歩行という酸素を必要とする運動に神経が耐えられなくなるために起こります。

初期の段階では、15分から20分程度歩いた後に軽い足の重だるさを感じる程度かもしれません。「今日は疲れているのかな」と見過ごしてしまいがちですが、これが毎回のように起こるようであれば注意が必要です。

特に、背筋を伸ばして歩くと辛くなり、カートを押したり自転車に乗ったりするような前かがみの姿勢だと楽に移動できるのが特徴です。このサインを見逃さず、早い段階で対策を講じることが、将来の歩行能力を守るために重要です。

連続歩行距離の減少と重症化の目安

症状が進行すると、連続して歩ける距離や時間が徐々に短くなっていきます。以前は駅まで15分歩けていたのが、途中の公園で休まないと辿り着けなくなり、やがては自宅からゴミ捨て場までの数十メートルでさえ辛くなるといった経過をたどります。

連続歩行距離は、生活の自立度を左右する極めて重要な指標です。

一般的に、連続して歩ける距離が500メートル未満になると、外出や買い物が億劫になり、生活範囲が狭まります。さらに100メートル未満になると、家の中での移動にも支障をきたすようになります。

この段階になると、単なる痛みの問題を超え、下肢の筋肉量も落ちていくため、フレイル(虚弱)の状態に陥りやすくなります。歩行距離の短縮は、ヘルニアの圧迫が持続的かつ高度であることを示しており、治療方針を大きく転換すべき時期に来ていることを告げています。

歩行能力から見る重症度ステージ

ステージ連続歩行可能距離・時間具体的な状態と推奨される対応
ステージ1(軽症)1km以上
30分以上
時折足に違和感があるものの、日常生活での移動に大きな制限はない。保存療法で経過観察を行い、悪化予防に努める。
ステージ2(中等症)500m〜1km程度
15分〜20分程度
スーパーでの買い物や通勤途中で休息が必要になる。生活の質が低下し始めるため、積極的な薬物療法やブロック注射を検討する。
ステージ3(重症)100m未満
5分以内
屋内での移動も辛く、外出は困難。短距離でも痛みや麻痺が出る。手術療法を含めた根本的な治療を強く検討すべき段階。

下肢の筋力低下によるつまずきと転倒リスク

神経圧迫が運動神経にまで及ぶと、筋肉に力が入らなくなります。腰椎ヘルニアでは特に、足首を上に反らす筋肉(前脛骨筋)や、親指を持ち上げる筋肉(長母趾伸筋)の麻痺が多く見られます。

これらが麻痺すると、歩行時に足先が垂れ下がってしまい、ちょっとした段差やカーペットの縁につまずきやすくなります。スリッパが脱げやすくなるのも典型的な症状の一つです。

また、膝を支える力が弱くなると、階段を降りるときに膝がガクッと折れる「膝折れ」を起こす危険性もあります。筋力低下による転倒は、骨折などの大きな怪我につながるリスクが高く、特に高齢の方にとっては寝たきりの原因にもなりかねません。

痛みがそれほど強くなくても、足に力が入らない、よくつまずくといった症状がある場合は、神経が危機的な状況にあると認識し、早急な治療が必要です。

緊急手術が必要となる排尿障害や排便障害

お尻周りの感覚がなくなったり、尿や便のコントロールができなくなったりする症状は、永続的な後遺症を残す恐れがあるため、一刻を争う緊急事態です。

馬尾神経圧迫による膀胱直腸障害の恐怖

腰椎の下部には、脊髄の末端から馬のしっぽのように束になって伸びる「馬尾(ばび)神経」が存在します。巨大なヘルニアが中央に飛び出し、この馬尾神経の束全体を強く圧迫すると、「膀胱直腸障害」と呼ばれる排泄機能のトラブルを引き起こすことがあります。

これは腰椎ヘルニアにおける最も危険な合併症の一つです。

具体的には、尿意や便意を感じにくくなる、尿を出そうと思っても力が入らず出せない、逆に尿が勝手に漏れてしまう(尿失禁)、便秘がひどくなるといった症状が現れます。これらの症状が出現した場合、神経が壊死するまでのタイムリミットが迫っています。

治療が遅れると、ヘルニアを取り除いても排泄機能が元に戻らず、一生涯カテーテル導尿やオムツが必要になる可能性があるため、決して様子を見てはいけません。

感覚麻痺とお尻周りのサドル麻痺

馬尾神経が障害されると、自転車のサドルが当たる部分(肛門や性器の周辺、太ももの内側)の感覚が鈍くなったり、消失したりすることがあります。これを「サドル麻痺(saddle anesthesia)」と呼びます。

お尻を拭くときに感覚がおかしい、座ったときに何かに触れている感じがしない、といった違和感から気づくことが多いです。

足の痛みやしびれに意識が向きがちですが、この股間の感覚異常は極めて重大なサインです。足の痛みは片側だけに出ることが多いのに対し、馬尾症状は両足にしびれや痛みが広がり、さらにお尻周りの感覚障害を伴うのが特徴です。

このエリアの感覚異常は、脊椎外科医が手術を即決する決定的な要因となります。恥ずかしがらずに、正確に医師に伝えることが、ご自身の将来を守ることにつながります。

見逃してはいけない緊急症状リスト

部位・機能具体的な症状緊急度と対応
排尿機能尿が出にくい、尿意がない、尿が漏れる、残尿感が強い。緊急度:最高(Red Flag)
直ちに脊椎専門医のいる病院へ連絡し、受診してください。場合によっては緊急手術が必要です。
排便機能便意がない、便失禁がある、肛門の締まりが悪い。
会陰部感覚お尻、肛門、性器周辺の感覚が鈍い、触っても感じない(サドル麻痺)。

すぐに医療機関へ行くべき警告症状

腰痛や足の痛みに加えて、排尿・排便の異常やサドル麻痺を感じた場合は、夜間や休日であっても救急外来を受診することを強く推奨します。一般的な腰痛であれば「数日様子を見よう」という判断もあり得ますが、これらの神経症状は時間との勝負です。

発症から48時間以内に手術を行わなければ、機能回復の見込みが著しく低下するという医学的なデータもあります。

「最近、尿の切れが悪い」「残尿感がある」といった症状は、前立腺肥大症や加齢によるものと混同されやすいですが、急激な腰痛や下肢痛とセットで現れた場合はヘルニアによる神経障害を疑います。自己判断で市販薬を飲んで我慢することは避け、直ちに専門医の診断を受けてください。

専門医による詳細な診断テストと画像診断

MRIなどの画像診断による客観的な情報と、医師が直接手で触れて確認する理学検査を組み合わせることで、確定診断と最適な治療方針を導き出します。

下肢挙上テスト(SLRテスト)などの理学検査

診断の第一歩として、医師は診察室で体に触れながら神経の状態を確認する徒手検査を行います。最も代表的なのが「下肢挙上テスト(SLRテスト)」です。

仰向けに寝た状態で、膝を伸ばしたまま片足を徐々に持ち上げていきます。もし、腰から足にかけて激しい痛みが走り、足が70度くらいまで上がらない場合は陽性と判断され、第4/5腰椎や第5腰椎/仙骨間のヘルニアが疑われます。

また、うつ伏せの状態で膝を曲げて太ももを持ち上げる「大腿神経伸展テスト(FNSテスト)」は、より上部の腰椎ヘルニア(第2/3、3/4腰椎)を調べるのに有効です。これらの検査は、画像診断を行う前に、どの神経が障害されているかを予測するために非常に重要です。

痛みを伴う検査ですが、医師は患者様の反応を見ながら慎重に行いますので、どこがどのように痛むかを正確に伝えることが大切です。

MRI検査でわかる神経圧迫の程度

ヘルニアの診断において最も情報量が多く、有用なのがMRI(磁気共鳴画像)検査です。レントゲン検査では骨の状態しか分からず、椎間板や神経といった軟部組織は写りませんが、MRIであれば椎間板がどれくらい飛び出し、神経をどの程度圧迫しているかを鮮明に映し出すことができます。

MRI画像を見ることで、ヘルニアの大きさ、位置、形だけでなく、神経のむくみ具合や炎症の程度まで把握することが可能です。また、脊柱管狭窄症や腫瘍など、ヘルニア以外の病気が隠れていないかを除外診断するためにも必要です。

手術が必要かどうかを判断する上でも、MRI画像は決定的な判断材料となります。最近ではより精度の高い撮影法もあり、微細な神経の走行まで確認できるようになっています。

診断のために実施する主な検査項目

  • SLRテスト(下肢挙上テスト):仰向けで足を持ち上げ、坐骨神経痛の有無を確認する基本的な検査。
  • FNSテスト(大腿神経伸展テスト):うつ伏せで足を後ろに反らし、上位腰椎の神経圧迫を調べる検査。
  • MRI検査:磁気を用いて神経や椎間板の断面を撮影し、圧迫状況を視覚的に評価する最も重要な画像検査。
  • 単純X線(レントゲン)検査:骨の形や並び、椎間板の厚みの減少などを確認し、骨折や変形を除外する。
  • 徒手筋力テスト(MMT):足首や足指の動きに抵抗をかけ、筋肉の麻痺がないか、左右差がないかを評価する。
  • 知覚検査・腱反射:触覚や痛覚の鈍さ、アキレス腱反射の消失などを確認し、神経障害のレベルを判定する。

筋力検査と感覚検査の役割

画像でヘルニアがあっても、実際の機能に影響が出ていなければ、緊急性は低いと判断されることもあります。逆に、画像上のヘルニアが小さくても、著しい筋力低下があれば重症とみなします。そのため、医師は足の指を反らす力や、つま先立ち・かかと立ちができるかといった「筋力検査(MMT)」を入念に行います。

同時に、筆や針のような器具を使って皮膚の感覚を調べる「感覚検査」や、ゴムハンマーで膝やアキレス腱を叩いて反射を見る「腱反射テスト」も行います。これらの検査結果を総合することで、どの神経根がどの程度ダメージを受けているかを特定します。

画像所見と身体所見が一致して初めて、確実な診断と治療計画が立てられるのです。

重症度に合わせて選択する保存療法と手術療法

麻痺や排泄障害がない場合は、体の自然治癒力を助ける保存療法から開始しますが、生活に著しい支障がある場合は、最新の技術を用いた低侵襲手術も有力な選択肢です。

薬物療法と神経ブロック注射の効果

初期治療の基本となるのが薬物療法です。ロキソニンなどの非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)で炎症を抑えるほか、神経の興奮を鎮めるプレガバリンなどの神経障害性疼痛治療薬を使用することで、辛い痛みをコントロールします。

筋肉の緊張をほぐす薬や、血流を改善する薬を併用することもあります。

内服薬で痛みが引かない場合は、神経ブロック注射を検討します。痛みの原因となっている神経の近くに局所麻酔薬や抗炎症薬を直接注入することで、神経の炎症を強力に抑え込みます。

ブロック注射には、仙骨ブロックや硬膜外ブロック、よりターゲットを絞った神経根ブロックなどがあり、症状に応じて使い分けます。これらによって痛みの悪循環を断ち切ることで、自然治癒までの期間を快適に過ごせるようにサポートします。

リハビリテーションによる症状改善

痛みが落ち着いてきたら、リハビリテーションを開始します。理学療法士の指導の下、硬くなった筋肉をストレッチでほぐしたり、腰への負担を減らすための体幹トレーニングを行ったりします。また、電気治療や牽引療法といった物理療法を行うことで、血流を改善し痛みの緩和を図ります。

リハビリテーションの目的は、単に痛みを消すだけでなく、再発を防ぐ体づくりにあります。正しい姿勢や動作を身につけることで、椎間板にかかる圧力を分散させ、ヘルニアになりにくい環境を整えます。

保存療法で症状が改善するケースの多くは、このリハビリテーションを根気強く継続した結果と言えます。自己流の運動はかえって悪化させるリスクがあるため、専門家の指導を受けることが重要です。

手術を検討すべきタイミングと判断材料

保存療法を3ヶ月程度続けても痛みが改善しない場合や、痛みが強すぎて日常生活もままならない場合は、手術療法を検討します。また、前述したように、足に力が入らない運動麻痺や、排尿障害が出ている場合は、保存療法を待たずに早期の手術が必要です。

これらは神経が不可逆的な(元に戻らない)ダメージを受けるのを防ぐためです。

近年では、内視鏡を使った手術(MEDやPELD/FED)が普及しており、2センチ以下の小さな傷でヘルニアを摘出することが可能になっています。これらは筋肉へのダメージが少なく、入院期間も短縮できるため、仕事への早期復帰を目指す患者様にとって大きなメリットがあります。

手術は「怖いもの」「最後の手段」と思われがちですが、適切な時期に行うことで、劇的に生活の質を改善できる前向きな選択肢です。

保存療法と手術療法の選択基準

治療法適応となる主なケース特徴と期待できる効果
保存療法痛みが中等度以下。
麻痺や排泄障害がない。
発症から間もない時期。
薬、注射、リハビリで炎症が治まるのを待つ。ヘルニアは白血球に貪食されて自然に縮小することがあるため、まずはこの方法を選択する。
手術療法保存療法が無効な激痛。
下肢の運動麻痺(脱力)。
膀胱直腸障害(緊急)。
物理的に圧迫を取り除くため、即効性が高い。内視鏡手術なら身体的負担も少ない。麻痺の回復や早期社会復帰を優先する場合に選択する。

日常生活での注意点と悪化を防ぐ過ごし方

腰椎への負担を最小限に抑える姿勢を意識し、「痛くない動作」を選択して生活することが、症状の悪化を防ぎ、回復を早めるための鍵となります。

腰に負担をかけない姿勢の維持

腰椎椎間板ヘルニアの痛みは、姿勢によって大きく変動します。一般的に、椎間板への内圧は「座っているとき」と「前かがみになったとき」に高まります。したがって、長時間椅子に座り続けるデスクワークや、床に座り込む姿勢は避けるべきです。

椅子に座る際は、背もたれとお尻の間にクッションを挟み、骨盤を立てて座るように意識すると負担が軽減します。

洗顔や掃除機をかける際の中腰姿勢も危険です。膝を軽く曲げて腰を落とす、あるいは片足を台に乗せるなどして、腰一点に負担が集中しないように工夫します。

寝るときの姿勢も大切で、仰向けで寝る場合は膝の下にクッションを入れる、横向きで寝る場合は膝の間に枕を挟んでエビのように丸まると、神経の緊張が緩んで楽になることが多いです。

歩行時の工夫と補助具の活用

歩行時に痛みが出る場合は、無理をして歩き続ける必要はありませんが、全く動かないと筋力が低下してしまいます。痛みが強い時期はコルセット(腰部固定帯)を装着することで、腹圧を高めて腰椎を安定させ、痛みを和らげながら歩行することが可能です。

ただし、長期間つけ続けると筋力が落ちるため、痛みが強い動作時のみに使用を限定するなど、医師と相談しながら使用します。

外出時には杖を使用するのも有効な手段です。杖を使うことで体重を分散させ、患側の足にかかる負荷を減らすことができます。また、靴選びも重要で、クッション性が高く、かかとの安定したスニーカーを選ぶことで、着地時の衝撃を吸収し、腰への突き上げを緩和できます。

ヒールの高い靴や底の硬い革靴は避けるようにします。

腰を守るために避けるべき日常生活の動作

  • 中腰での作業:洗顔、草むしり、重い荷物の持ち上げなどは、椎間板に最大級の負荷がかかるため避ける。
  • 長時間の同一姿勢:1時間以上座りっぱなし、立ちっぱなしは腰の筋肉を硬直させる。30分に1回は姿勢を変える。
  • 柔らかすぎるソファやベッド:お尻が沈み込むと骨盤が後傾し、腰椎のカーブが崩れて神経圧迫を強める原因になる。
  • 腰をひねる動作:ゴルフやテニスなどの回旋運動や、後ろの物を振り返って取る動作は、椎間板を傷めるリスクが高い。
  • 冷えへの露出:腰や足を冷やすと血流が悪くなり痛みが増すため、夏場でも冷房の風が直接当たらないように注意する。

無理のない範囲での運動と安静のバランス

「安静」は急性期の激痛時には必要ですが、慢性期に入ってからの過度な安静は逆効果となります。痛みが落ち着いてきたら、ウォーキングや水中歩行などの有酸素運動を取り入れることが推奨されます。

これらは血行を良くし、気分転換にもなるため、疼痛緩和物質(エンドルフィン)の分泌を促す効果も期待できます。

ただし、「痛みが増す運動」は行ってはいけません。運動中や運動後に痛みやしびれが強くなる場合は、負荷が高すぎるサインです。ご自身の体の声に耳を傾け、「翌日に痛みが残らない程度」を目安に行います。

痛いときは休み、調子が良いときは少し動くというメリハリのある生活を送ることが、長期的な回復への近道となります。

Q&A

診察室で患者様から頻繁に寄せられる疑問について、医学的な観点からお答えします。疑問を解消し、安心して治療に取り組んでください。

手術をすれば必ず歩けるようになりますか?

多くの場合、手術によって神経の圧迫を取り除くことで、歩行能力は劇的に改善します。特に痛みによって歩けなかったケースでは、術後早期から歩行が可能になることが多いです。

しかし、神経の圧迫が長期間続き、神経自体が変性してしまっている場合や、重度の筋力低下がある場合は、回復に時間がかかることや、完全には元に戻らないことも稀にあります。手術の効果を最大限に引き出すためには、適切な時期(神経が壊れる前)に手術を受けることが重要です。

自然治癒する可能性はありますか?

はい、あります。実は腰椎椎間板ヘルニアの多くは、数ヶ月の経過で自然に縮小したり、消失したりすることが分かっています。飛び出したヘルニアを異物とみなして、体内の免疫細胞(マクロファージ)が食べて吸収してくれるからです。

したがって、麻痺などの重篤な症状がない限り、まずは保存療法で痛みをコントロールしながら、この自然吸収を待つのが基本戦略となります。

痛み止めが効かない場合はどうすればいいですか?

一般的な痛み止め(NSAIDs)が効かない場合、痛みの原因が炎症だけでなく、神経障害そのものによる痛みが主体の可能性があります。その場合は、神経障害性疼痛に効く薬(リリカやタリージェなど)への変更や増量を検討します。

それでも痛みが制御できない場合は、神経ブロック注射を行ったり、一時的にオピオイド系の鎮痛薬を使用したりすることもあります。痛みを我慢しすぎると神経が過敏になるため、主治医に「薬が効かない」と正直に伝え、薬の調整を相談してください。

仕事復帰の目安はどれくらいですか?

仕事の内容や治療法によって異なります。デスクワークで保存療法の場合、痛みが落ち着けば数日で復帰できることもありますが、重労働の場合は数週間から数ヶ月の休職が必要になることもあります。

内視鏡手術を受けた場合、デスクワークなら術後1〜2週間程度、肉体労働なら術後1〜2ヶ月程度での復帰が目安となることが多いです。無理をして早すぎる復帰をすると再発のリスクがあるため、医師と相談しながら段階的に復帰することをお勧めします。

参考文献

HAO, Ding-Jun, et al. Development and clinical application of grading and classification criteria of lumbar disc herniation. Medicine, 2017, 96.47: e8676.

JAFARI, Samira; DEHESH, Tania; IRANMANESH, Farhad. Classifying patients with lumbar disc herniation and exploring the most effective risk factors for this disease. Journal of Pain Research, 2019, 1179-1187.

GENEVAY, Stéphane, et al. Clinical classification criteria for radicular pain caused by lumbar disc herniation: the radicular pain caused by disc herniation (RAPIDH) criteria. The Spine Journal, 2017, 17.10: 1464-1471.

KUITTINEN, Pekka, et al. Visually assessed severity of lumbar spinal canal stenosis is paradoxically associated with leg pain and objective walking ability. BMC musculoskeletal disorders, 2014, 15.1: 348.

KUAI, Shengzheng, et al. Continuous lumbar spine rhythms during level walking, stair climbing and trunk flexion in people with and without lumbar disc herniation. Gait & Posture, 2018, 63: 296-301.

KUAI, Shengzheng, et al. Continuous lumbar spine rhythms during level walking, stair climbing and trunk flexion in people with and without lumbar disc herniation. Gait & Posture, 2018, 63: 296-301.

TOMKINS-LANE, Christy C., et al. Predictors of walking performance and walking capacity in people with lumbar spinal stenosis, low back pain, and asymptomatic controls. Archives of physical medicine and rehabilitation, 2012, 93.4: 647-653.

YAMASHITA, Kazuo, et al. Correlation of patient satisfaction with symptom severity and walking ability after surgical treatment for degenerative lumbar spinal stenosis. Spine, 2003, 28.21: 2477-2481.

LEE, Keunjae, et al. Association between pain and gait instability in patients with lumbar disc herniation. Journal of International Medical Research, 2021, 49.8: 03000605211039386.

Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

Symptoms 症状から探す

症状から探す

Latest Column 最新のコラム

腰椎ヘルニアの痛みと歩行障害 – 重症度の判断基準

腰椎ヘルニアの痛みと歩行障害 – 重症度の判断基準

2025.12.16

急性腰痛症の経過|痛みの推移と回復までの期間

急性腰痛症の経過|痛みの推移と回復までの期間

2025.12.16

腰椎椎間板ヘルニアの初期症状と経過|早期発見のポイント

腰椎椎間板ヘルニアの初期症状と経過|早期発見のポイント

2025.12.14

急性腰痛症の症状と原因 – 回復までの治療計画

急性腰痛症の症状と原因 – 回復までの治療計画

2025.12.13

骨盤のすべり症における症状と治療選択

骨盤のすべり症における症状と治療選択

2025.12.12

Ranking よく読まれているコラム

information 診療案内