急性腰痛症の症状と原因 – 回復までの治療計画
ある日突然、腰に強烈な痛みが走り、動くことさえままならなくなる急性腰痛症。一般的に「ぎっくり腰」として知られるこの症状は、日常生活を一変させるほどの衝撃を体に与えます。
しかし、正しい知識と適切な初期対応、そして段階的な治療計画を持つことで、痛みは確実に和らぎ、元の生活を取り戻すことができます。
この記事では、急性腰痛症がなぜ起こるのかという根本的な原因から、発症直後の正しい対処法、医療機関での検査の流れ、そして再発を防ぐための具体的な生活習慣までを網羅しました。
痛みに不安を抱えるあなたが、一日でも早く回復するための道筋をここで示します。
目次
急性腰痛症とは何か?突然の痛みの正体
急性腰痛症とは、腰部の筋肉や関節、椎間板などに急激な負荷がかかり炎症を起こす状態で、適切な安静と処置を行えば多くの場合1週間から2週間程度で痛みが大幅に改善します。
突然の激痛により身動きが取れなくなるこの疾患は、欧米ではその衝撃的な発症の仕方から「魔女の一撃」とも呼ばれます。慢性的な腰痛とは異なり、発症日時が明確であることが特徴です。
多くの場合、重いものを持ち上げた瞬間や、くしゃみをした拍子、あるいは朝起きて顔を洗おうと前かがみになった瞬間などに発生します。
しかし、画像診断を行っても骨や神経に明らかな異常が見当たらないケースも多く、その実態は腰を支える筋肉や筋膜、靭帯の微細な損傷や炎症であると考えられています。
ぎっくり腰との違いと医学的定義
一般的に広く使われている「ぎっくり腰」という名称は俗称であり、医学的な正式名称が「急性腰痛症」です。つまり、これらは別の病気ではなく同じものを指しています。
医学的には、発症から4週間以内の腰痛を急性腰痛と定義します。腰椎(腰の骨)そのものに骨折や感染症などの明確な器質的病変がない場合、非特異的腰痛というカテゴリーに分類します。
これは、レントゲンやMRIなどの画像診断だけでは痛みの厳密な発生源を特定しにくい腰痛が全体の約85%を占めるという事実に基づいています。
腰痛の種類と特徴の比較
| 項目 | 急性腰痛症 | 慢性腰痛 | 椎間板ヘルニア(急性期) |
|---|---|---|---|
| 発症の仕方 | 特定の動作をきっかけに突然発症する | いつ始まったか不明確で徐々に進行する | 突然、または徐々に強まることがある |
| 痛みの性質 | 鋭く激しい痛み、炎症性の熱感を持つことがある | 重苦しい、鈍い痛みが長く続く | 激痛に加え、お尻や足へのしびれを伴う |
| 回復の目安 | 数日から2週間程度で自然軽快することが多い | 3ヶ月以上継続し、良くなったり悪くなったりする | 数週間から数ヶ月、場合により手術が必要 |
発症のタイミングと予兆の有無
急性腰痛症は、何の予兆もなく突然襲ってくるように感じることが多いですが、実は背景に筋肉疲労の蓄積が存在する場合があります。
睡眠不足が続いていたり、長時間のデスクワークで腰回りの血流が悪くなっていたり、精神的なストレス過多であったりと、身体が悲鳴を上げる寸前の状態で、些細な動作が引き金となります。
例えば、床に落ちたペンを拾おうとしただけの動作や、ゴルフのスイング、あるいはただの咳払いといった日常の何気ない動作がトリガーとなります。
完全に健康な状態からいきなり発症するというよりは、コップの水が溢れるように、限界を超えた瞬間に痛みが顕在化すると理解するほうが適切です。
腰部で起きている炎症の正体
激痛の最中、腰の内部では何が起きているのでしょうか。主には、腰椎を支える脊柱起立筋やその表面を覆う筋膜、あるいは背骨同士をつなぐ椎間関節包や靭帯といった軟部組織が傷つき、炎症反応を起こしています。
組織が損傷すると、その修復のために炎症物質(プロスタグランジンやブラジキニンなど)が放出されます。これらの物質が知覚神経を刺激することで、鋭い痛みを感じます。
また、痛みから身を守ろうとして周囲の筋肉が過剰に収縮し、硬直する「筋スパズム」という現象も同時に発生します。この筋スパズムが血行不良を招き、さらに発痛物質を滞留させるという悪循環が、急性期の激しい痛みを形成しています。
主な症状とセルフチェック
動作に伴う激しい痛みが主症状ですが、足へのしびれや排泄障害を伴う場合は単なる腰痛ではなく神経に関わる重篤な疾患の可能性があるため、自身の症状を冷静に観察する必要があります。
急性腰痛症の最大の特徴は「運動時痛」です。じっとしていれば痛みは和らぎますが、体を動かそうとすると激痛が走ります。
特に、前かがみになる動作(前屈)や、腰を反らす動作(後屈)、あるいは寝返りを打つ動作が困難になります。
痛みのあまり、歩くときは腰をかばって前傾姿勢になったり、何かに掴まらないと移動できなかったりすることも珍しくありません。しかし、これらは通常の急性腰痛症の範囲内であり、時間の経過とともに改善していきます。
重要なのは、これ以外の「危険なサイン」を見逃さないことです。
動作による痛みの変化と可動域制限
発症直後は、腰周辺の筋肉が強烈に緊張しているため、可動域が著しく制限されます。靴下を履く動作や、洗面台で顔を洗う姿勢が取れなくなるのが典型的です。
また、咳やくしゃみをするだけで腰に響くような痛みが走ることもあります。これは腹圧が急激に高まることで、炎症を起こしている腰部に内側から圧力がかかるためです。
痛みの場所は、腰の中央部分であったり、左右どちらかに偏っていたりと様々です。お尻の上部(臀部)にまで痛みが広がることもありますが、通常は膝より下まで痛みが走ることはありません。
神経症状の有無を確認するポイント
単なる筋肉や関節の炎症と、神経が圧迫されている状態を見分けることは、治療方針を決める上で極めて重要です。
神経が障害されている場合、腰の痛みだけでなく、お尻から太ももの裏側、ふくらはぎ、足先にかけて電気が走るような痛みやしびれ(坐骨神経痛)が出現します。
また、足の感覚が鈍くなったり、力が入りにくくつま先立ちや踵立ちができなかったりする場合も神経障害の疑いがあります。これらの症状がある場合は、腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症などが隠れている可能性があります。
医療機関を受診すべき危険なサイン
大多数の急性腰痛症は自然に治癒しますが、中には一刻を争う重篤な疾患が原因であるケースが含まれています。これを「レッドフラッグ(危険信号)」と呼びます。
例えば、安静にしていても痛みが全く変わらない、夜間寝ている時も痛む、発熱を伴っている、急激に体重が減少した、といった症状がある場合です。
これらは、脊椎の圧迫骨折、脊椎カリエスなどの感染症、あるいは悪性腫瘍の脊椎転移、内臓疾患(腎結石や大動脈解離など)からの関連痛である可能性があります。自己判断で様子を見ることなく、速やかに専門医の診察を受けることが必要です。
緊急性が高い症状のリスト
- 排尿や排便のコントロールができなくなる、または尿が出にくい感覚がある
- お尻の周りや性器周辺の感覚が麻痺している
- 足に力が入らず、歩行時に足を引きずってしまう
- 発熱や冷や汗を伴う激しい痛みがあり、安静にしていても軽減しない
なぜ起こるのか?日常生活に潜む原因
重いものを持つなどの物理的な負荷だけでなく、長時間の同一姿勢による筋肉の硬直や寒暖差、精神的なストレスなど複数の要因が重なり合って腰へのダメージが限界を超えることで発症します。
急性腰痛症の原因を一つに絞ることは困難です。多くの場合、複数の要因が複雑に絡み合っています。
例えば、デスクワークで長時間座り続けている人は、腸腰筋などの股関節を曲げる筋肉が縮こまり、腰への負担が増加しています。その状態で急に立ち上がったり重い荷物を持ったりすることで、腰椎を支える筋肉や靭帯が耐えきれずに損傷します。
また、背骨はS字カーブを描くことで衝撃を吸収していますが、姿勢の悪さによってこのカーブが崩れると、衝撃吸収機能が低下し、少しの負荷でも大きなダメージを受けるようになります。
筋肉と筋膜の損傷メカニズム
腰を支える筋肉(脊柱起立筋、多裂筋など)は、姿勢を保持するために常に働いています。運動不足や加齢によりこれらの筋肉が柔軟性を失うと、急な動きに対応できなくなります。
筋肉はゴムのような性質を持っていますが、古くなって硬くなったゴムを急に引っ張ると切れてしまうように、硬直した筋肉や筋膜が急激に引き伸ばされることで微細な断裂が生じます。
これが肉離れのような状態となり、激痛を引き起こします。特に筋膜は神経が豊富に分布しているため、炎症が起きると強い痛みを感じやすい部位です。
椎間板への過度な負担と経年変化
腰椎と腰椎の間にある「椎間板」は、クッションの役割を果たしています。しかし、椎間板には血管がほとんど通っていないため、一度傷つくと修復されにくいという特徴があります。
加齢とともに椎間板の水分量が減少して弾力性が失われると(変性)、クッション機能が低下します。
この状態で、前かがみになって重いものを持つなどの動作を行うと、椎間板の内圧が急激に上昇します。
最悪の場合、椎間板の中にある髄核が飛び出して神経を圧迫するヘルニアになりますが、そこまで至らなくても、椎間板の外側の膜(線維輪)が傷つくことで急性腰痛の原因となります。
腰痛を引き起こす主な要因と具体例
| 要因カテゴリー | 具体的な状況や行動 | 身体への影響 |
|---|---|---|
| 物理的負荷 | 重量物の挙上、急な振り返り、激しいスポーツ | 筋肉・筋膜の断裂、関節の捻挫、椎間板内圧の上昇 |
| 姿勢・生活習慣 | 長時間のデスクワーク、猫背、柔らかすぎる寝具 | 特定の筋肉への持続的な緊張、脊椎カーブの消失 |
| 環境・心理要因 | 寒冷環境、職場ストレス、不安、睡眠不足 | 血行不良、筋肉の緊張亢進、疼痛閾値の低下 |
ストレスや環境要因の影響
意外に見落とされがちなのが、精神的ストレスや環境要因です。ストレスを感じると自律神経のうち交感神経が優位になり、血管が収縮して筋肉が緊張状態になります。
また、脳内の痛みを抑制するシステム(下行性疼痛抑制系)の働きが低下し、痛みに過敏になります。
さらに、季節の変わり目や冷房の効きすぎた部屋などの「冷え」も大敵です。寒さで血流が悪くなると、疲労物質が蓄積しやすくなり、筋肉が硬直して腰痛のリスクが高まります。
職場での人間関係の悩みや仕事のプレッシャーが、腰痛の遠因となっていることも医学的に指摘されています。
発症直後の正しい対処法
発症から48時間以内の急性期は患部を冷やして安静を保ち、痛みが落ち着き始めたら過度な安静を避けて少しずつ日常生活の動きを取り戻していくことが早期回復への近道です。
痛みが襲ってきた直後の対応が、その後の回復スピードを大きく左右します。かつては「痛みが引くまで絶対安静」と言われていましたが、現在の医学的ガイドラインでは、過度な安静はかえって回復を遅らせることが分かっています。
動けないほどの激痛がある発症当日や翌日は無理をする必要はありませんが、痛みの範囲内で動けるようになれば、通常の生活活動を維持する方が、筋肉の委縮を防ぎ血流を保つために有効です。
楽な姿勢の確保と安静期間
発症直後の最も痛い時期は、自分が一番楽だと感じる姿勢を見つけることが大切です。一般的には「エビのように丸まる姿勢」が腰への負担を減らします。
横向きに寝て、膝を抱えるように背中を丸めると、腰の筋肉が緩み、椎間板への圧力も軽減されます。仰向けで寝る場合は、膝の下にクッションや丸めた布団を入れると、骨盤が安定して楽になります。
逆に、うつ伏せは腰が反ってしまうため避けるのが賢明です。完全なベッド上の安静は最初の2〜3日程度にとどめ、トイレや食事など最低限の動作から徐々に活動量を増やしていきます。
冷やすべきか温めるべきかの判断
急性腰痛症の初期対応で最も迷うのが「冷やすか、温めるか」です。基本原則として、発症直後から48時間程度は「炎症」が起きているため、冷やす(アイシング)ことが有効です。
氷嚢や保冷剤をタオルで包み、患部に15分から20分程度当てます。冷やすことで血管を収縮させ、内出血や腫れ、炎症物質の広がりを抑える効果があります。
一方、お風呂などで温めるのは、炎症を助長させる可能性があるため、発症当日は避けてシャワー程度にするのが安全です。3日目以降、ズキズキした痛みが引き、重だるい痛みに変わってきたら、今度は温めて血流を良くし、筋肉の回復を促します。
時期に応じたセルフケアの指針
| 経過時期 | 主な状態 | 推奨されるケア方法 |
|---|---|---|
| 発症〜48時間(急性期) | 熱感を伴う激痛、動けない | 患部を冷やす(アイシング)。楽な姿勢で安静にする。入浴は控える。 |
| 3日目〜1週間(亜急性期) | 強い痛みは引くが、動くと痛い | 徐々に温める。痛みのない範囲で少しずつ動く。長時間の同一姿勢を避ける。 |
| 1週間以降(回復期) | 鈍痛やこわばりが残る | 積極的に温める(入浴)。ストレッチや軽いウォーキングを開始する。 |
市販薬や湿布の活用方法
痛みが強くて眠れない、動けないといった場合は、我慢せずに鎮痛薬を使用することも一つの手段です。市販の解熱鎮痛薬(ロキソプロフェンやイブプロフェン配合のもの)は、痛みを抑えるだけでなく、炎症そのものを鎮める抗炎症作用を持っています。
湿布に関しては、冷感湿布と温感湿布がありますが、成分としての消炎鎮痛効果に大きな差はありません。貼った時に気持ち良いと感じる方を選んで構いませんが、肌が弱い人は長時間の使用によるカブレに注意します。
ただし、薬や湿布はあくまで対症療法であり、根本的な損傷を治すものではないため、痛みが軽減しても無理な動きは禁物です。
専門的な検査と診断の流れ
問診や身体所見から重大な病気の可能性を除外し、必要に応じてレントゲンやMRI検査を行うことで痛みの原因箇所を特定し、適切な治療方針を決定します。
整形外科を受診すると、まず詳細な問診が行われます。「いつ」「何をした時に」「どこが」「どのように」痛くなったのかを正確に伝えることが重要です。
また、過去に腰痛の経験があるか、現在治療中の他の病気があるかといった情報も診断の手助けになります。
続いて、医師が実際に腰を触ったり、体を動かしたりする触診や理学所見のチェックを行います。足を持ち上げて神経の圧迫を確認するテスト(SLRテストなど)や、腱反射の確認、感覚異常のチェックなどを行い、神経障害の有無を調べます。
これらの診察で、単純な急性腰痛症か、より詳細な検査が必要な病態かをふるい分けます。
レントゲン検査で見えるもの・見えないもの
最初に行われる画像診断は通常レントゲン(X線)検査です。レントゲンは「骨」の状態を見るのに適しています。
腰椎の骨折、背骨の並び方の異常(すべり症など)、骨の変形、骨粗鬆症の傾向などを確認できます。また、がんの骨転移などの重篤な病変のスクリーニングとしても重要です。
しかし、レントゲンでは筋肉、靭帯、椎間板、神経といった「軟部組織」は写りません。したがって、筋肉の損傷や椎間板ヘルニアの有無をレントゲンだけで確定診断することはできません。
レントゲンで異常がなくても「骨には異常がない」という意味であり、腰痛の原因がないという意味ではないことを理解する必要があります。
主な検査方法とその目的
| 検査方法 | 確認できる主な対象 | この検査でわかること |
|---|---|---|
| 問診・理学所見 | 可動域、神経反射、痛みの誘発 | 神経障害の有無、痛みの原因動作、重症度の推定 |
| レントゲン(X線) | 骨の形状、配列、骨折の有無 | 圧迫骨折、分離症、すべり症、骨腫瘍などの骨病変 |
| MRI | 神経、椎間板、筋肉、靭帯 | 椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、炎症の広がり |
MRI検査が必要なケース
レントゲン検査や身体所見から、神経症状が強く疑われる場合や、痛みが長引いて改善しない場合、あるいは感染症や腫瘍などの微細な病変を見逃してはいけないと判断された場合には、MRI検査が検討されます。
MRIは磁気を使って体の断面を撮影するため、骨だけでなく、水分を多く含む椎間板や神経、筋肉の状態を鮮明に映し出すことができます。
そのため、椎間板ヘルニアが神経を圧迫している様子や、脊柱管狭窄症の程度、筋肉の炎症範囲などを詳細に把握できます。
ただし、コストや時間がかかるため、すべての急性腰痛症患者に対して初診ですぐに行われるわけではありません。
回復に向けた具体的な治療計画
初期の痛みを取り除く薬物療法やブロック注射と、身体機能を正常に戻す理学療法を組み合わせ、段階的に治療を進めることで早期の社会復帰と再発防止を目指します。
治療段階と主な実施内容
| 治療フェーズ | 主な目的 | 中心となる治療内容 |
|---|---|---|
| 第1段階(急性期) | 炎症と激痛の鎮静化 | 安静、アイシング、消炎鎮痛薬の内服、ブロック注射、コルセット着用 |
| 第2段階(亜急性期) | 筋肉の緊張緩和と可動域改善 | 物理療法(電気・温熱)、軽いストレッチ、日常生活動作の指導 |
| 第3段階(回復期) | 筋力強化と再発予防 | 運動療法(体幹トレーニング)、姿勢改善、本格的なストレッチ |
急性腰痛症の治療は、痛みの強さと時期に合わせて段階的に進められます。治療のゴールは単に「痛みをゼロにすること」だけでなく、「日常生活や仕事に支障なく戻ること」、そして「再発しない体を作ること」です。
そのために、医師と理学療法士が連携し、患者一人ひとりの状態に合わせたオーダーメイドの治療計画を立てます。初期は痛みのコントロールに重点を置き、痛みが落ち着いてからは機能回復へとシフトしていきます。
保存療法によるアプローチの基本
急性腰痛症の治療の大半は手術を行わない「保存療法」です。保存療法には、薬物療法、物理療法、運動療法、装具療法などがあります。
物理療法では、電気刺激を患部に与えて筋肉の緊張をほぐしたり血行を促進したりする低周波治療や、温熱パックで腰を温める温熱療法が行われます。
装具療法として、腰椎ベルト(コルセット)を使用することもあります。コルセットは腹圧を高めて腰椎を安定させ、痛みを伴う動作を補助してくれます。
しかし、長期間つけ続けると自身の筋力が低下する恐れがあるため、痛みが強い時期や、どうしても重い作業をしなければならない時に限定して使用することが推奨されます。
薬物療法とブロック注射の役割
痛みの悪循環を断ち切るために、薬物療法は重要な役割を果たします。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬や湿布が基本となりますが、筋肉の緊張が強い場合は筋弛緩薬が、神経の痛みが強い場合は神経障害性疼痛治療薬が併用されることもあります。
飲み薬でも痛みが治まらない激痛の場合や、早く痛みを抑えて動けるようにしたい場合には「ブロック注射」が選択肢に入ります。
トリガーポイント注射(筋肉の硬結部への注射)や、仙骨硬膜外ブロックなどを行い、神経の興奮を直接鎮めることで即効性のある除痛効果を狙います。
痛みを感じなくさせることで筋肉の過度な緊張が解け、血流が改善して治癒が早まる効果も期待できます。
リハビリテーションの開始時期と内容
「痛いから動かさない」のではなく、「動ける範囲で正しく動かす」ことが現代のリハビリテーションの考え方です。
急性期の激痛が和らいだ段階(通常は発症から数日後〜1週間後)から、理学療法士の指導の下でリハビリを開始します。
最初はベッド上で行う軽いストレッチや、腹筋に力を入れる呼吸法(ドローイン)などから始め、徐々に凝り固まった筋肉をほぐし、関節の動きを広げていきます。
自己流のストレッチは逆に腰を痛めるリスクがあるため、専門家の指導を受けて正しいフォームを習得することが大切です。
再発を防ぐための生活習慣と予防
日々の姿勢を見直し、腰に負担のかからない動作を習得するとともに、体幹を鍛えて天然のコルセットを作ることで、腰痛の再発リスクを劇的に下げることが可能です。
急性腰痛症は一度治っても、約60%の人が1年以内に再発すると言われています。これは、痛みが取れても、そもそもの原因となった「体の使い方の癖」や「筋力不足」、「柔軟性の低下」が解消されていないためです。
再発を繰り返すと、椎間板や関節の変性が進み、慢性腰痛やヘルニアへと移行してしまうリスクがあります。
したがって、痛みが消えた後こそが、本当の治療(予防)のスタートラインであると捉えることが大切です。日常生活の中にある腰への負担を減らす工夫と、腰を守るための体づくりを習慣化することが求められます。
腰に負担をかけない座り方と立ち方
予防の基本は「姿勢」です。椅子に座るときは、骨盤を立てることを意識し、背もたれに深く腰掛けるようにします。浅く座って背中を丸める姿勢(仙骨座り)は、椎間板への圧力を極端に高めるため避けます。
長時間座り続ける場合は、30分に1回は立ち上がって腰を伸ばすなど、同じ姿勢を続けないことが重要です。
また、顔を洗う時や下のものを拾う時は、膝を伸ばしたまま腰だけを曲げるのではなく、必ず膝を軽く曲げて腰を落とす「ヒップヒンジ(股関節の蝶番運動)」の動きを取り入れます。
そうすることで、腰椎一点にかかる負担を、太ももや臀部の大きな筋肉に分散させることができます。
再発予防のための生活習慣チェックリスト
- 重いものは腰を落として体に近づけてから持ち上げる
- 椅子に座る時は足を組まず、骨盤を立てて深く座る
- 寝具は見直し、適度な硬さのものを選ぶ
- シャワーだけで済ませず、湯船に浸かって全身の血行を良くする
- ウォーキングなどの有酸素運動を習慣にし、体重管理を行う
日常でできる簡単なストレッチと運動
腰を守るためには、「柔軟性」と「筋力」の両方が必要です。特にお尻の筋肉(大殿筋)や太ももの裏側(ハムストリングス)が硬いと、骨盤の動きが悪くなり、その分を腰が過剰に動いて代償しようとするため腰痛になりやすくなります。
入浴後などにこれらの筋肉をゆっくり伸ばすストレッチを行うことが有効です。また、腰を支える天然のコルセットとなるのが「腹横筋」などのインナーマッスルです。
プランクなどの体幹トレーニングを取り入れ、腹圧を高める力を養うことで、脊柱が安定し、急な動作でも腰を守れるようになります。
Q&A
お風呂に入っても大丈夫ですか?
発症直後で患部が熱を持っていたり、ズキズキとした激しい痛みがあったりする場合は、入浴によって血行が良くなりすぎると炎症が悪化する可能性があるため、当日はシャワー程度に済ませるのが無難です。
2〜3日経過して強い炎症が治まれば、逆に入浴して温めることで筋肉の緊張がほぐれ、回復が促されます。
マッサージは効果がありますか?
発症直後の炎症が強い時期に、患部を強く揉むようなマッサージを行うと、損傷した筋肉をさらに傷つけ、炎症を広げてしまう危険性があります。この時期は患部へのマッサージは避け、安静を優先します。
痛みが落ち着いてくる回復期に入ってから、周囲の硬くなった筋肉を優しくほぐす目的であれば有効な場合があります。
仕事復帰の目安はどれくらいですか?
痛みの程度や仕事内容(デスクワークか重労働か)によって大きく異なりますが、軽度であれば2〜3日で復帰できることもあります。一般的には1週間程度で日常生活レベルの動作が可能になることが多いです。
ただし、無理をして早期に復帰すると症状を長引かせる原因になるため、医師と相談しながら、最初は短時間勤務にするなどの調整を行うことが望ましいです。
どの科を受診すればよいですか?
まずは「整形外科」を受診してください。整形外科は骨、関節、筋肉、神経の専門家であり、レントゲンやMRIなどの画像診断も可能です。
整骨院や整体院は医療機関ではなく、画像診断や投薬ができないため、最初の診断は必ず整形外科医に仰ぐことが大切です。診断がついた後のメンテナンスとして、医師の同意の下で他の施設を利用することは選択肢の一つとなります。
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