足立慶友医療コラム

大腿骨頸部骨折の退院後の生活|自宅での注意点と再転倒予防

2026.05.15

大腿骨頸部骨折(だいたいこつけいぶこっせつ)の手術を終えて退院すると、ほっとする気持ちと同時に「自宅で本当にやっていけるだろうか」という不安が押し寄せてきます。入院中はスタッフがそばにいましたが、自宅では自分や家族の力で日常生活を送らなければなりません。

再び転んで骨折しないために、住環境の整備やリハビリの継続、食事による骨の強化など、退院後に取り組むべき対策は多岐にわたります。この記事では、退院後の暮らしを安全に過ごすための具体的な注意点と再転倒予防策を、わかりやすくお伝えしていきます。

大腿骨頸部骨折から退院した直後に暮らしは大きく変わる

退院した直後の生活は、骨折前とはまるで別世界です。歩行速度が落ち、階段の昇り降りに不安を感じ、ちょっとした段差にも緊張するようになります。こうした変化は一時的なものであり、適切な対応を続ければ徐々に改善していくでしょう。

骨折前のように動けない現実を受け入れることが第一歩

手術がうまくいっても、骨や筋肉が完全に回復するまでには数か月から半年以上かかるケースが少なくありません。退院直後は杖や歩行器に頼る生活が当たり前であり、それは決して恥ずかしいことではないのです。

焦って無理をすると再転倒のリスクが高まります。「少しずつ、でも毎日」を合言葉に、回復のペースを主治医やリハビリ専門職と共有してください。

退院後に多くの患者が感じる不安と戸惑い

「いつ元の生活に戻れるのか」「また転んだらどうしよう」という不安は、大腿骨頸部骨折を経験したほとんどの方が抱えるものです。転倒への恐怖が強くなりすぎると、体を動かすこと自体を避けてしまい、かえって筋力が落ちるという悪循環に陥りかねません。

不安を感じたときは一人で抱え込まず、担当医やリハビリスタッフ、ご家族に率直に話してみてください。気持ちを言葉にするだけで、心がふっと軽くなることもあります。

退院後の回復過程の目安

時期生活の変化目標
退院~2週間室内歩行が中心杖での安全な移動
1~3か月近所の外出を開始歩行距離を少しずつ延ばす
3~6か月日常動作の回復家事や買い物の再開
6か月~1年活動範囲の拡大骨折前に近い生活

回復には時間がかかる|焦らず段階的に進めよう

大腿骨頸部骨折の回復は、短距離走ではなくマラソンに似ています。1週間単位で大きな変化を期待するよりも、1か月前と比べて「あ、少し楽になった」と感じられれば十分な成果です。

調子の良い日と悪い日の波がありますが、それは正常な経過といえます。悪い日があっても落ち込みすぎず、翌日また取り組めばよいと考えてください。

退院後の自宅で絶対に守ってほしい動作制限と注意点

大腿骨頸部骨折の術後は、股関節に過度な負担をかけない動作を意識することが再転倒防止の基本です。特に人工骨頭置換術(じんこうこっとうちかんじゅつ)を受けた方は、脱臼を防ぐための動作制限を退院後も一定期間継続する必要があります。

股関節を深く曲げすぎると脱臼のリスクが高まる

股関節を90度以上深く曲げる姿勢は、人工骨頭が外れる原因になりえます。低い椅子やソファに座る、正座をする、前かがみで靴下を履くなどの動作は避けてください。

座るときは膝よりもお尻の位置が高くなるよう、座面にクッションを敷くなどの工夫をするとよいでしょう。靴下を履くときはソックスエイド(靴下を履く補助具)を使うと安全に行えます。

床に座る・しゃがむ動作は退院後しばらく避ける

和式の生活スタイルに慣れている方にとってはつらいかもしれませんが、床に直接座る動作やしゃがみ込む動作は、股関節に大きな負担がかかります。洗濯物を干すときも、低い位置での作業は家族に任せるか、物干し台の高さを調節してください。

布団からベッドへの変更も有効な対策の一つです。ベッドであれば立ち上がりの動作が楽になり、転倒のリスクも軽減できます。

入浴・トイレ・着替えで気をつけるべき具体的な動作

入浴では、浴槽のまたぎ動作がもっとも危険です。シャワーチェアを使い、滑り止めマットを敷いた状態で、手すりにつかまりながら入浴するようにしてください。浴室の床が濡れている状態では転倒しやすいため、入浴後は速やかに水気を拭き取りましょう。

トイレでは洋式便座を使い、立ち上がり補助用の手すりを設置すると安心です。着替えは、座った状態で行い、健側(けんそく:骨折していない側)の足から先にズボンを通すのが基本となります。

退院後に注意が必要な日常動作の一覧

動作注意点対策
椅子への着座深く沈み込まない高めの椅子やクッション
入浴浴槽のまたぎシャワーチェア・手すり
トイレ立ち上がり時のふらつき補助手すりの設置
靴下を履く前かがみ姿勢ソックスエイドの活用
寝起き布団からの立ち上がりベッドへの変更

再転倒を防ぐ住環境の見直し|あなたの自宅は安全ですか?

大腿骨頸部骨折の約95%は転倒がきっかけで起こるとされています。退院後の自宅で再び転ばないためには、住環境そのものを見直すことが欠かせない対策です。小さな改修でも、転倒リスクを大幅に減らすことができます。

つまずきやすい段差やカーペットの処理

室内のわずかな段差やめくれたカーペットの端は、退院後の筋力が低下した足にとって大敵です。敷居の段差にはスロープを設置し、カーペットは両面テープでしっかり固定するか、いっそ撤去してしまうのも有効な手段といえます。

電気コードが床を横切っている場所も、足を引っかけやすい危険ゾーンです。配線を壁沿いにまとめるか、コードカバーで保護してください。

手すりの設置と滑り止めマットの配置

廊下、階段、浴室、トイレなど、移動頻度が高い場所には手すりを取り付けてください。手すりの高さは、立った状態で手首の位置に合わせるのが一般的な目安です。介護保険の住宅改修費制度を利用すれば、工事費用の一部が補助されます。

玄関マットや脱衣所のマットは、裏面に滑り止め加工が施されたものに交換しましょう。固定されていないマットは転倒の原因になるため、使わないという選択肢も検討する価値があります。

転倒リスクが高い場所と対策

  • 玄関の上がりかまち:踏み台や手すりを設置して段差を和らげる
  • 浴室の出入り口:滑り止めタイルや手すりで安全を確保する
  • 階段:両側に手すりを取り付け、足元灯を設置する
  • 寝室からトイレまでの動線:障害物を撤去し、夜間照明を整える

照明の工夫で夜間のトイレも安心に変わる

夜間のトイレは、大腿骨頸部骨折後の高齢者にとってもっとも転倒しやすい場面の一つです。寝室から廊下、トイレまでの動線に人感センサー付きの足元灯を設置すると、暗闇でつまずくリスクを大きく減らせるでしょう。

スイッチを探す動作そのものがバランスを崩す原因になるため、自動で点灯するタイプの照明をおすすめします。明るすぎると目がくらむので、やわらかい暖色系の光が適しています。

退院後のリハビリを毎日続けることで歩行能力は回復する

退院後にリハビリをやめてしまうと、せっかく入院中に回復した筋力や歩行能力が急速に失われてしまいます。自宅でのリハビリ継続こそが、大腿骨頸部骨折後の生活の質を左右する鍵となります。

主治医やリハビリ専門職の指示に沿った運動を守る

退院時に渡されたリハビリメニューは、あなたの骨折の状態や体力に合わせて組まれたものです。「もう少しできそうだから」と自己判断で負荷を上げたり、逆に面倒だからとサボったりすると、回復が遅れる原因になります。

通院リハビリや訪問リハビリのスケジュールも、できる限り休まずに続けてください。専門職に現在の状態を定期的に評価してもらうことで、運動内容を適切に更新できます。

自宅でできる筋力トレーニングとバランス訓練

椅子に座ったまま膝を伸ばす運動や、テーブルにつかまりながらのかかと上げ運動は、自宅で安全に行える代表的な筋力トレーニングです。1回の運動時間は10~15分程度で十分であり、朝と夕の2回に分けて取り組むと続けやすくなります。

バランス訓練としては、片足立ちの練習が効果的です。ただし、必ず手すりやテーブルのそばで行い、転倒しないよう安全を確保してから実施してください。

杖や歩行器は正しい使い方で安全に歩ける

杖の長さが合っていなかったり、持ち方が間違っていたりすると、かえって体のバランスを崩してしまいます。杖は骨折していない側の手で持ち、杖と患側の足を同時に出すのが正しい歩き方です。

歩行器を使う場合は、前かがみになりすぎないよう注意してください。外出時には路面の状態にも気を配り、雨の日は滑りやすいタイルや側溝のフタに気をつけましょう。

自宅で行うリハビリの種類と頻度

運動の種類方法目安の頻度
膝伸ばし運動椅子に座り膝をゆっくり伸ばす1日2回・各10回
かかと上げテーブルにつかまり立ちで行う1日2回・各10回
片足立ち手すりのそばで片足で立つ1日2回・各30秒
歩行練習室内を杖で往復する1日数回・無理のない距離

骨を強くする食事と栄養管理が再骨折を遠ざける

大腿骨頸部骨折を起こした方の多くは、骨粗しょう症(骨密度が低下して骨がもろくなる病気)を抱えています。退院後の食事と栄養管理に気を配ることで、再骨折のリスクを確実に下げることができます。

カルシウムとビタミンDを意識した食事を心がける

骨の材料となるカルシウムは、牛乳やヨーグルトなどの乳製品、小魚、豆腐、小松菜などに豊富に含まれています。1日あたり700~800mgの摂取を目指しましょう。

カルシウムの吸収を助けるビタミンDも同様に大切です。鮭やさんまなどの魚類、きのこ類に多く含まれるほか、日光を浴びることでも体内で合成されます。天気の良い日に15~20分ほど屋外に出る習慣をつけるとよいでしょう。

たんぱく質不足は筋力低下と転倒リスクに直結する

高齢者は食事量が減りやすく、たんぱく質の摂取量が不足しがちです。たんぱく質が足りないと筋肉量が減少し、転倒のリスクがさらに高まります。肉、魚、卵、大豆製品を毎食取り入れることを意識してください。

食欲がないときは、プロテイン入りの栄養補助食品やスープを活用するのも一つの方法です。無理に量を食べるよりも、栄養密度の高い食品を少量ずつ摂るほうが体に負担をかけません。

骨と筋肉を守る栄養素と食品例

栄養素主な食品1日の目安
カルシウム牛乳・ヨーグルト・小魚700~800mg
ビタミンD鮭・さんま・きのこ類15~20μg
たんぱく質肉・魚・卵・大豆製品体重1kgあたり1.0~1.2g
ビタミンK納豆・ブロッコリー・ほうれん草150μg

骨粗しょう症の治療薬と定期的な骨密度検査

食事だけでは骨密度の低下を十分に食い止められない場合、主治医から骨粗しょう症の治療薬を処方されることがあります。ビスホスホネート製剤や活性型ビタミンD3製剤など、薬の種類によって飲み方や注意事項が異なるため、処方された通りに服用を続けてください。

退院後は半年から1年ごとに骨密度検査を受け、治療の効果を確認することが再骨折予防に直結します。検査結果に応じて薬の内容が見直されることもありますので、定期受診を欠かさないようにしましょう。

退院後に見逃してはいけない痛みや合併症の危険サイン

術後の経過が順調に見えていても、退院後に合併症が起こる可能性はゼロではありません。いくつかの危険サインを知っておくことで、異変に気づいたとき迷わず受診する判断ができるようになります。

傷口の腫れ・発赤・発熱が続いたらすぐ受診する

手術の傷口周辺が赤く腫れ上がり、触ると熱を持っている場合は、感染症の可能性を疑う必要があります。傷口から膿が出ている、発熱が38度以上で2日以上続くといった症状があれば、速やかに主治医に連絡してください。

感染が深部にまで及ぶと、人工骨頭の周囲に細菌が広がる深刻な事態になりかねません。早期に抗生物質で治療を開始すれば、大事に至らずに済むことがほとんどです。

深部静脈血栓症の初期症状を見落とさない

退院後も活動量が少ない時期が続くと、ふくらはぎの静脈に血の塊(血栓)ができる深部静脈血栓症を発症するリスクがあります。片方のふくらはぎだけがむくむ、押すと痛い、皮膚が赤紫色に変色するといった症状が現れたら要注意です。

血栓が肺に飛ぶと肺塞栓症(はいそくせんしょう)を引き起こし、命に関わる場合もあります。疑わしい症状を感じたら、すぐに医療機関を受診してください。

術後のうつ症状や意欲低下にも早めに対応する

大腿骨頸部骨折をきっかけに、気分の落ち込みや意欲の低下が長く続く方は珍しくありません。「何もする気になれない」「夜眠れない」「食欲がまったくない」といった状態が2週間以上続くようであれば、うつ状態の可能性があります。

心の不調は体の回復にも影響を及ぼします。主治医や家族に相談し、必要に応じて心療内科や精神科を受診することをためらわないでください。

退院後に注意すべき合併症のサイン

合併症主な症状対応
術後感染傷口の発赤・腫れ・膿・発熱速やかに主治医へ連絡
深部静脈血栓症片側のふくらはぎの腫れ・痛み医療機関を受診
脱臼股関節の激痛・足の長さの左右差動かさず救急車を呼ぶ
うつ状態気分の落ち込み・不眠・食欲低下主治医や専門科に相談

家族と介護者が退院後の生活を支えるために準備すべきこと

大腿骨頸部骨折からの回復は、患者本人の努力だけでは完結しません。家族や介護者が退院前から準備を進め、患者が安心して自宅で過ごせる環境を整えることが、順調な回復を後押しします。

退院前に自宅環境を整える段取りを立てておく

退院日が決まったら、自宅の中を患者の目線で見直してみてください。段差の解消、手すりの設置、ベッドの準備など、入院中に済ませておける改修は多くあります。

家族が退院前に準備しておきたい項目

  • 寝室をトイレに近い部屋に変更し、動線を短くする
  • 浴室にシャワーチェアと手すりを設置する
  • 玄関に腰掛けられる椅子と靴べらを用意する
  • 緊急連絡先を見やすい場所に掲示する

介護保険サービスの申請と活用方法

大腿骨頸部骨折で入院した65歳以上の方は、介護保険の申請対象となります。要介護認定を受けると、訪問リハビリ、訪問介護、デイサービス、福祉用具のレンタルなど、さまざまなサービスを利用できます。

申請手続きは入院中から進められるため、病院のソーシャルワーカーやケアマネジャーに早めに相談しておくとスムーズです。退院後に慌てないよう、退院日までに認定調査が済んでいるのが理想的でしょう。

患者本人の自立を促す声かけと見守りのコツ

心配するあまり何でも代わりにやってしまうと、患者自身の筋力や気力の回復が遅れてしまいます。「危ないからやらないで」ではなく、「一緒にやってみよう」「ゆっくりでいいよ」という声かけが、本人の自信を取り戻す助けになります。

見守りとは、すべてを管理することではありません。転倒しそうな場面ではさりげなく手を貸しつつ、安全にできる動作は本人に任せるという姿勢が大切です。患者の「できた」という小さな成功体験が、回復への大きな原動力になるのです。

よくある質問

大腿骨頸部骨折の退院後はいつ頃から一人で外出できるようになりますか?

個人差はありますが、杖を使って安定して歩けるようになるまでに、おおむね1~3か月程度かかることが多いです。外出の時期は主治医やリハビリ専門職が歩行能力や体力を評価したうえで判断します。

自己判断で外出を急ぐと、路面の段差や傾斜で転倒するリスクが高まります。まずは家族同伴での短い外出から始め、徐々に距離と時間を延ばしていくのが安全な進め方です。

大腿骨頸部骨折の手術後に再び同じ場所を骨折するリスクはどのくらいありますか?

研究によると、大腿骨頸部骨折を含む股関節骨折を経験した方が反対側の股関節を骨折するリスクは、年間約2~3%とされています。骨折後5年以内に反対側を骨折する方は全体の約10~20%にのぼるというデータもあります。

骨粗しょう症の治療、転倒予防のための運動習慣、住環境の整備といった対策を組み合わせることで、再骨折のリスクを大幅に減らせます。定期的な骨密度検査と主治医への相談を継続してください。

大腿骨頸部骨折のリハビリはどのくらいの期間続ける必要がありますか?

退院後のリハビリは、少なくとも6か月から1年は継続することが推奨されています。筋力や歩行能力が骨折前の水準に近づくまでの期間は個人差が大きく、年齢や持病の有無によっても異なります。

通院でのリハビリが終了した後も、自宅での筋力トレーニングやバランス訓練を日課として続けることが、再転倒を防ぐうえで非常に大切です。無理のない範囲で体を動かす習慣を生涯にわたって維持しましょう。

大腿骨頸部骨折後に車の運転を再開しても問題ありませんか?

車の運転再開については、主治医の許可を得てから判断してください。一般的には、痛みなく十分な股関節の可動域が確保でき、ブレーキ操作やアクセル操作を瞬時に行える筋力と反応速度が戻った段階で再開が検討されます。

手術の方法や骨折の程度、左右どちらの足を骨折したかによっても判断が変わります。運転中は長時間同じ姿勢になるため、血栓のリスクにも注意が必要です。再開前に必ず主治医に相談してください。

大腿骨頸部骨折後に転倒への恐怖感が強く外に出られない場合はどうすればよいですか?

転倒への恐怖(転倒恐怖症)は、大腿骨頸部骨折を経験した方に非常に多く見られる心理的な問題です。恐怖のあまり活動量を減らすと、筋力がさらに低下して実際の転倒リスクが高まるという悪循環に陥りやすくなります。

まずは理学療法士と一緒に安全な環境のなかで歩行練習を重ね、「転ばずに歩けた」という成功体験を積み上げることが効果的です。不安が強い場合は、心理的なサポートを受けられる医療機関に相談することも選択肢の一つです。

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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