足立慶友医療コラム

股関節すべり症の成人患者における治療方針

2025.06.28

「股関節すべり症」は、本来、成長期である思春期に多く見られる疾患です。

しかし、大人になってから股関節の痛みや違和感で医療機関を受診し、この疾患が原因であったと診断されるケースは少なくありません。

これは、思春期に生じたすべりが軽度であったために気づかれず、その影響が年齢を重ねてから顕在化するためです。

成人期における股関節すべり症は、単に過去のすべりが問題なのではなく、それによって生じた骨の変形が二次的な関節症を引き起こすことが本質です。

この記事では、大人になってから診断された股関節すべり症に対して、どのような治療方針を立てていくのか、その考え方と具体的な選択肢を詳しく解説します。

成人における股関節すべり症とは

大人になってから股関節の不調で診断される「股関節すべり症」。まずは、この疾患がどのようなもので、なぜ成人期に問題となるのか、基本的な概念から理解を深めていきましょう。

思春期に発症するものとは異なる、成人期特有の病態を把握することが、適切な治療方針を考える第一歩となります。

股関節すべり症の基礎知識

股関節すべり症は、大腿骨(太ももの骨)の先端にある球状の部分「大腿骨頭」が、成長期に存在する「骨端線(成長軟骨板)」という部分で、首(頸部)に対して後方にずれる(すべる)疾患です。

この骨端線は骨が成長するための重要な部分ですが、同時に構造的に弱い部分でもあります。

主に身長が急激に伸びる思春期に、ホルモンバランスの変化や体重の負荷などが要因となり発症します。

すべりの程度が軽ければ症状が出ないこともあり、本人も気づかないまま成長が止まり、骨端線が閉鎖して骨が固まってしまうことがあります。

なぜ成人期に症状が現れるのか

思春期に生じたすべりが軽度で無症状のまま経過すると、骨の変形は残存したまま成人を迎えます。

この変形した股関節で長年生活を送ることで、関節軟骨に過剰な負担がかかり、すり減りが生じます。この状態が「変形性股関節症」です。

また、残った変形により、股関節を深く曲げた際などに骨同士が衝突(インピンジメント)し、関節の縁にある軟骨(股関節唇)を損傷することもあります。

これらの二次的な問題が、大人になってからの痛みや可動域制限の原因となります。

思春期発症との違い

成人期における股関節すべり症の治療を考える上で重要なのは、思春期の発症とは病態が異なる点を理解することです。

思春期では、骨端線が開いているため、すべりそのものが進行するリスクがあります。治療の主目的は、すべりの進行を食い止め、さらなる変形を防ぐことです。

一方、成人期では骨端線はすでに閉鎖しており、すべりが新たに進行することはありません。

治療の焦点は、残存した変形によって引き起こされる痛みや機能障害、そして将来的な変形性股関節症の進行をいかにコントロールするかに移ります。

成人期における主な病態と症状

比較項目思春期(急性期)成人期(後遺症期)
主な病態骨端線でのすべりの進行残存変形による二次的障害
治療の主目的すべりの進行停止除痛と機能改善、関節症進行抑制
主な症状急な股関節痛、歩行困難慢性の股関節痛、可動域制限

自己判断の危険性

股関節の痛みの原因は多岐にわたります。

成人股関節すべり症後遺症のほかにも、一次性の変形性股関節症、大腿骨頭壊死症、さらには腰椎(背骨)に由来する痛みなど、様々な疾患が考えられます。

これらの疾患はそれぞれ治療法が異なるため、自己判断で「ただの関節痛」と思い込み、放置してしまうことは危険です。

適切な診断を受けずにいると、関節の状態が徐々に悪化し、将来的に治療の選択肢が限られてしまう可能性もあります。

股関節に違和感や痛みを感じたら、まずは専門医に相談することが重要です。

成人股関節すべり症の主な症状

過去のすべりが原因で、成人期にどのようなサインが現れるのでしょうか。日常生活の中で注意すべき具体的な症状を知ることで、早期発見・早期対応につながります。

ここでは、痛み、動きの制限、そしてそれらが生活に与える影響について詳しく見ていきます。

股関節の痛み

最も一般的な症状は股関節の痛みです。痛みの場所は、足の付け根(鼠径部)に感じることが最も多いですが、お尻(臀部)や太ももの前面から膝にかけて痛むこともあります。

痛みの出方も様々で、「歩き始めや立ち上がりなど、動き始めに痛む」「長時間歩いたり、運動したりすると痛みが強くなる」「じっとしていても鈍い痛みがある」など、人によって異なります。

骨同士の衝突(インピンジメント)が強い場合は、特定の動きで鋭い痛みを感じることもあります。

可動域の制限

痛みに次いで多く見られるのが、股関節の動きが悪くなる「可動域制限」です。特に、股関節を内側にひねる動き(内旋)や、深く曲げる動き(屈曲)が制限されるのが特徴です。

このことにより、「あぐらがかけない」「足の爪が切りにくい」「靴下が履きにくい」「和式トイレが使えない」といった、日常生活における具体的な困難が生じます。

自分では気づかないうちに、無意識に痛みを避けるような動き方をしていることも少なくありません。

日常生活への影響

痛みや可動域制限は、日々の様々な活動に影響を及ぼします。歩行時に痛みを避けるために体幹が揺れたり、足を引きずったりする「跛行(はこう)」が見られることがあります。

また、階段の上り下りや、椅子からの立ち座りといった基本的な動作にも苦労するようになります。

症状が進行すると、長距離の歩行が困難になり、外出がおっくうになるなど、生活の質(QOL)を大きく低下させる原因となります。

症状と影響を受ける日常動作の例

主な症状影響を受ける動作の例具体的な困難
鼠径部痛歩行、立ち座り長く歩けない、車の乗り降りがつらい
内旋制限方向転換、横座り急に振り向けない、あぐらがかけない
屈曲制限爪切り、靴下履き足先まで手が届かない

症状の進行パターン

症状の現れ方や進行の仕方は一様ではありません。軽い違和感や痛みが長期間にわたって続いた後、徐々に悪化していくケースが一般的です。

一方で、普段はそれほど強くない痛みが、スポーツや長時間の労働など、股関節に負担をかけたことをきっかけに急に強くなることもあります。

また、股関節唇損傷などを合併すると、急に「ロッキング」と呼ばれる股関節が動かなくなる現象が起こることもあり、注意が必要です。

診断に至るまでの流れ

正確な治療方針を立てるためには、まず現在の股関節の状態を正しく評価することが必要です。

医療機関では、患者さんからのお話をもとに、診察や様々な画像検査を組み合わせて総合的に診断します。ここでは、診断を確定するまでの一般的な流れを解説します。

問診と身体所見

診断の第一歩は、医師による問診です。

「いつから、どこが、どのように痛むのか」「どのような動作で症状が悪化するのか」といった症状に関する詳しい情報に加え、過去の病歴や怪我の有無、特に思春期頃の股関節の症状についても確認します。

その後、医師が患者さんの股関節を実際に動かして、どの方向に動きにくいか(可動域制限)、どの動きで痛みが出るか(誘発テスト)などを調べる「身体所見」を行います。

股関節すべり症後遺症では、特徴的な可動域制限が見られるため、この診察は非常に重要です。

画像検査の重要性

問診と身体所見で疾患が疑われた場合、次に画像検査を行います。骨の状態を詳しく見るために、レントゲン(X線)検査は必須です。

これにより、すべりの名残である変形の程度や、変形性股関節症の進行度を評価します。さらに、関節軟骨や股関節唇といった骨以外の軟部組織の状態を詳しく調べるためには、MRI検査が有用です。

また、骨の形態をより立体的に、詳細に評価する必要がある場合には、CT検査を追加することもあります。これらの検査結果を総合的に判断して、診断を確定します。

レントゲン検査による評価

レントゲン検査は、股関節すべり症後遺症の診断と重症度評価の基本となる検査です。

正面像と側面像(Lauenstein撮影など)の複数の方向から撮影し、大腿骨頭の変形の有無や程度を確認します。

骨頭のすべりの程度を示す角度(Southwick角など)を計測したり、大腿骨頭と臼蓋(骨盤側の受け皿)の間の隙間(関節裂隙)が狭くなっていないかを確認したりすることで、変形性股関節症の進行度を客観的に評価します。

レントゲンで確認する主な項目

評価項目確認する内容診断上の意義
骨頭の変形ピストルグリップ変形などすべり症後遺症の典型的な所見
関節裂隙隙間の狭小化、消失変形性股関節症の進行度評価
骨棘形成骨のトゲの有無関節の不安定性や衝突を示唆

他の疾患との鑑別

成人期の股関節痛を引き起こす他の疾患と正確に区別すること(鑑別診断)が重要です。

例えば、明らかなすべり症の既往がなく発症する「一次性変形性股関節症」や、骨への血流が悪化して骨組織が壊死する「大腿骨頭壊死症」は、症状が似ていることがあります。

また、腰の神経が圧迫されて起こる「腰部脊柱管狭窄症」や「腰椎椎間板ヘルニア」なども、お尻や太ももに痛みを引き起こすため、股関節疾患との鑑別が必要です。

これらの疾患を画像検査や身体所見から慎重に見極めます。

保存的治療の選択肢と限界

診断が確定した後、すぐに手術が必要となるわけではありません。多くの場合、まずは手術以外の方法で症状の緩和を目指します。これを「保存的治療」と呼びます。

ここでは、その具体的な内容と、どのような場合に手術を検討する必要があるのか、その限界について説明します。

日常生活の指導と運動療法

保存的治療の基本は、股関節への負担を減らすことです。まず、体重が重い場合は、股関節への負担を直接的に軽減するために体重管理が重要です。

食事の見直しや適度な運動を心がけます。また、重いものを持つ、急に方向転換する、といった股関節に負担のかかる動作を避ける生活指導も行います。

これと並行して、股関節周囲の筋力を維持・強化し、関節を安定させるための運動療法も重要です。

プールでの水中ウォーキングや、理学療法士の指導のもとで行う筋力トレーニングなどが推奨されます。

薬物療法

痛みが強い場合には、薬物療法を行います。主に使用するのは、ロキソプロフェンやセレコキシブなどの非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の内服薬です。

これらの薬は、痛みや炎症を和らげる効果があります。ただし、長期的な使用は胃腸障害や腎機能への影響も考慮する必要があるため、医師の指示に従って使用します。

また、症状が軽い場合には、湿布や塗り薬といった外用薬も痛みの緩和に有効です。

物理療法と装具療法

医療機関のリハビリテーション室では、物理療法を行うこともあります。

患部を温めて血行を改善し、痛みを和らげる温熱療法や、電気刺激によって筋肉の緊張をほぐしたり、痛みを伝えにくくしたりする電気療法などがあります。

また、痛みが強く歩行が困難な場合には、杖を使用することも有効です。杖を使うことで、患側の股関節にかかる体重の負荷を軽減し、痛みを和らげながら安全に歩くことができます。

保存的治療の種類と目的

治療法主な内容目的
生活指導体重管理、動作改善股関節への負荷軽減
運動療法筋力強化、ストレッチ関節の安定化、可動域維持
薬物療法内服薬、外用薬疼痛と炎症の緩和

保存的治療で改善が見込めない場合

これらの保存的治療を数ヶ月間継続しても、痛みが改善せず日常生活に大きな支障が残る場合や、可動域の制限がさらに進行する場合には、次の段階の治療として手術を検討します。

また、症状はそれほど強くなくても、レントゲン検査で関節の破壊が明らかに進行していると判断された場合も、将来的な機能を温存するために、より早い段階で手術を検討することがあります。

保存的治療はあくまで症状を緩和し、進行を遅らせるためのものであり、変形した骨の形を元に戻すものではないという限界があります。

手術的治療の目的と種類

保存的治療では十分な効果が得られない場合、より根本的な解決を目指して手術的治療を検討します。

手術の目的は、痛みの原因となっている骨の変形や損傷を修正し、股関節の機能を取り戻すことです。

ここでは、どのような手術方法があり、それぞれがどのような患者さんに適しているのかを解説します。

手術治療を検討するタイミング

手術に踏み切るタイミングは、痛みの強さや日常生活の支障度、画像検査での関節症の進行度、そして患者さん自身の年齢や活動性、社会的背景などを総合的に考慮して決定します。

一般的には、保存的治療に効果がなく、痛みのために仕事や趣味に大きな制限が出ている場合や、将来的に関節の状態がさらに悪化することが予測される場合に手術が推奨されます。

医師と十分に話し合い、納得の上でタイミングを決めることが大切です。

関節鏡視下手術

関節鏡視下手術は、数ミリの小さな切開からカメラ(関節鏡)と手術器具を関節内に挿入して行う、体への負担が少ない手術です。

この手術は、股関節すべり症後遺症によって生じた骨の衝突(インピンジメント)や、それによって傷ついた股関節唇の修復・切除に適しています。

変形性股関節症がまだ進行していない、比較的軽度の症例が良い適応となります。骨を大きく削ることはできないため、変形が強い場合にはこの手術だけでは不十分なこともあります。

骨切り術

骨切り術は、自分の骨を切って角度や向きを変え、骨のプレートやネジで固定し直すことで、股関節の形を整える手術です。

これにより、体重がかかる部分を痛んでいない軟骨のエリアに移動させ、関節の適合性を改善します。

代表的なものに、骨盤側の骨を切る「寛骨臼回転骨切り術(RAO)」や、大腿骨側の骨を切る「大腿骨近位部骨切り術」があります。

自分の関節を温存できる点が最大の利点で、特に若年者や活動性の高い患者さんに対して、将来的な変形性股関節症の進行を予防する目的で行います。

主な骨切り術の種類

手術名手術部位主な目的
寛骨臼回転骨切り術 (RAO)骨盤(臼蓋)大腿骨頭の被りを改善
大腿骨近位部骨切り術大腿骨大腿骨頭の向きを補正
骨頭回転骨切り術大腿骨頭壊死部分を荷重部から移動

人工股関節置換術

人工股関節置換術は、すり減って変形した股関節の表面を取り除き、金属やポリエチレン、セラミックなどでできた人工の関節(インプラント)に置き換える手術です。

変形性股関節症が末期まで進行し、関節軟骨がほとんど失われてしまった症例で、痛みが非常に強い場合に最も良い適応となります。

除痛効果が非常に高く、術後早期から歩行が可能になるなど、安定した成績が期待できる手術です。

ただし、人工物であるため、長期的な耐久性や感染、脱臼などのリスクも考慮する必要があります。

手術後のリハビリテーション

手術は治療のゴールではなく、新たなスタート地点です。

手術によって得られた良好な関節機能を最大限に引き出し、円滑な社会復帰を果たすためには、手術後のリハビリテーションが極めて重要になります。

ここでは、手術後の回復過程とリハビリテーションの役割について解説します。

リハビリテーションの目的

手術後のリハビリテーションは、単に歩く練習をすることだけが目的ではありません。その目的は多岐にわたります。第一に、手術による痛みをコントロールし、軽減すること。

第二に、手術によって硬くなった関節の動きを徐々に取り戻し、正常な可動域を再獲得すること。

そして第三に、一時的に低下した股関節周囲の筋力を回復させ、安定した歩行能力と日常生活動作を獲得することです。これらの目的を段階的に達成していきます。

入院中のリハビリテーション

リハビリテーションは、手術の翌日など、非常に早い段階から開始します。理学療法士の専門的な指導のもと、まずはベッドサイドで関節を動かす練習や筋力トレーニングから始めます。

その後、状態に合わせて車椅子への乗り移り、平行棒内での立位・歩行訓練、そして松葉杖を使った歩行訓練へと進めていきます。

この時期に正しい体の使い方を習得することが、その後の回復を大きく左右します。

  • ベッド上での関節可動域訓練
  • 筋力維持・増強訓練
  • 平行棒内での立位・歩行訓練
  • 松葉杖や杖を使用した歩行訓練

退院後のリハビリテーション

退院後もリハビリテーションは続きます。多くの場合は、外来リハビリテーションに通院して理学療法士の指導を受けながら、自宅での自主トレーニングを継続します。

日常生活の中での動作指導を受けながら、徐々に行動範囲を広げていきます。

家事や仕事への復帰、さらにはスポーツや趣味活動への復帰を目指し、個々の目標に合わせたプログラムを実践していきます。焦らず、段階的に負荷を上げていくことが重要です。

手術方法別の一般的なリハビリ期間の目安

手術方法入院期間の目安社会復帰までの目安
関節鏡視下手術数日~1週間1~3ヶ月
骨切り術1~2ヶ月3~6ヶ月
人工股関節置換術2~4週間2~3ヶ月

自己管理の重要性

リハビリテーションの効果を最大限に高めるためには、患者さん自身の自己管理が欠かせません。

理学療法士から指導された自主トレーニングを継続的に行うこと、手術した股関節に過度な負担をかけないように体重をコントロールすること、そして定期的に医療機関を受診して、関節の状態をチェックしてもらうことが大切です。

これらの継続的な努力が、長期的に良好な関節機能を維持することにつながります。

治療方針を決定する上での考慮事項

これまで見てきたように、成人股関節すべり症の治療には様々な選択肢があります。最終的にどの治療法を選択するかは、レントゲン写真などの医学的所見だけで決まるものではありません。

患者さん一人ひとりの状況や希望を総合的に判断し、最も良いと考えられる方針を共に探していくことが大切です。

年齢と活動レベル

年齢や、どの程度活発に活動したいかという希望は、治療法を選択する上で大きな要因となります。

例えば、比較的若年で、今後もスポーツなどの高い身体活動を続けたいと希望する患者さんには、自分の関節を温存できる骨切り術が有力な選択肢となることが多いです。

一方で、ご高齢で、まずは日常生活の痛みを確実に取り除きたいという希望が強い場合は、安定した除痛効果が期待できる人工股関節置換術が適していると考えられます。

骨の変形の程度と関節の状態

もちろん、股関節自体の状態も治療法を左右します。骨の変形が比較的軽度で、問題が主に関節内の衝突や股関節唇の損傷にある場合は、関節鏡視下手術で対応できる可能性があります。

変形が強くても、関節軟骨の状態が比較的良好に保たれていれば、骨切り術によって関節機能を温存できる可能性があります。

しかし、変形性股関節症が末期まで進行し、軟骨が広範囲にすり減ってしまっている場合は、人工股関節置換術が最も現実的な選択肢となります。

状態に応じた治療法の選択例

関節の状態年齢・活動性主な治療選択肢
変形軽度・軟骨良好若年~中年関節鏡視下手術、保存的治療
変形高度・軟骨良好若年~中年骨切り術
変形高度・軟骨摩耗中年~高齢人工股関節置換術

患者自身の価値観とライフプラン

どのような生活を送りたいか、という患者さん自身の価値観やライフプランも非常に重要です。

仕事の内容、家族構成、趣味、そして手術や入院にどのくらいの期間を割けるかなど、様々な個人的な事情があります。

また、人工関節の耐久性や、将来的な再手術の可能性といった長期的な見通しについてどう考えるかも、治療選択に影響します。

これらの点を医師と共有し、自分自身の人生設計に合った治療法を選択することが、後悔のない治療につながります。

医師との十分な相談

最終的な治療方針は、医師からの一方的な提案で決まるものではありません。

患者さん自身が、それぞれの治療法のメリットだけでなく、デメリットやリスク、そして長期的な見通しについて正確に理解することが重要です。

分からないことや不安なことがあれば、遠慮なく医師に質問し、説明を求めましょう。

このことにより、情報が整理され、自分自身が主体的に治療に参加し、納得のいく決断を下すことができます。

よくある質問

ここでは、成人股関節すべり症に関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。治療を検討する上での参考にしてください。

Q:遺伝はしますか?

A:股関節すべり症について、特定の遺伝子が原因であるという明確な遺伝形式は証明されていません。

しかし、家族内で複数の人が発症したという報告もあり、完全に無関係であるとは言い切れません。

骨のつき方やホルモンバランスなど、何らかの「なりやすい体質」が遺伝的に関与する可能性は指摘されていますが、現時点でははっきりとしたことは分かっていません。

Q:スポーツはできますか?

A:これは症状の程度や選択した治療法によって大きく異なります。保存的治療中は、股関節に衝撃の少ない水泳やエアロバイクなどが推奨されます。

手術後は、リハビリの経過によりますが、多くのスポーツへの復帰が可能です。

ただし、人工股関節置換術を受けた場合は、ジャンプや激しい接触を伴うコンタクトスポーツは、インプラントの摩耗や破損、脱臼のリスクを高めるため、一般的には推奨されません。

どのようなスポーツをどのレベルまでなら可能か、必ず主治医や理学療法士に相談してください。

Q:手術をすれば完全に元通りになりますか?

A:手術の最大の目的は、痛みを取り除き、日常生活の支障をなくすことです。多くの患者さんで、この目的は高いレベルで達成され、生活の質は劇的に改善します。

しかし、「完全に元の健康な関節と同じ状態に戻る」わけではないことも理解しておく必要があります。

特に人工関節はあくまで人工物ですし、骨切り術を行っても、変形が生じる前の状態に完全に戻せるわけではありません。

手術後のリハビリへの取り組みや、長期的な自己管理が、その後の結果を大きく左右します。

手術後の活動レベルの目安

活動レベル骨切り術後人工股関節置換術後
ウォーキング◎ 可能◎ 可能
ゴルフ、水泳○ 可能○ 可能
ランニング、スキー△ 相談が必要× 非推奨

Q:治療費はどのくらいかかりますか?

回答:必要な治療は患者さん一人ひとりの状態によって大きく異なるため、一概に費用を示すことは困難です。診察や検査、投薬、リハビリテーション、そして手術や入院には、すべて公的医療保険が適用されます。

また、月々の医療費の自己負担額が高額になった場合には、「高額療養費制度」を利用することで、所得に応じた上限額を超える分が払い戻されます。

具体的な費用については、治療を受ける医療機関の相談窓口などで事前に確認することをお勧めします。

以上

参考文献

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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