足立慶友医療コラム

股関節のガングリオンにおける診断と治療方針

2025.06.26

股関節の付け根に違和感やしこりを感じ、「もしかして悪いものではないか」と不安に思っていませんか。その症状は「ガングリオン」かもしれません。

ガングリオンは、関節の近くにできる良性の腫瘤(しゅりゅう)で、決して珍しいものではありません。

この記事では、股関節にできるガングリオンに焦点を当て、その正体から原因、症状、そしてどのような検査を経て治療方針が決まるのかを、専門的な観点から詳しく解説します。

股関節のガングリオンとは?その基本的な理解

まず、股関節にできる「ガングリオン」がどのようなものなのか、基本的な知識から解説します。体のこぶやしこりは不安に感じるものですが、その正体を知ることで冷静に対処できます。

ここでは、ガングリオンの成分、発生しやすい場所、そして心配される悪性腫瘍との違いについて明らかにします。

ガングリオンの正体は関節液

ガングリオンは、皮膚の下にできる袋状の腫瘤で、その中身は関節や腱の動きを滑らかにする「関節液」や「滑液」が濃縮された、ゼリー状の液体です。

関節を包んでいる「関節包(かんせつほう)」や、筋肉と骨をつなぐ腱を包んでいる「腱鞘(けんしょう)」に何らかの原因で裂け目が生じ、そこから関節液が漏れ出て袋を形成すると考えられています。

この袋は、関節包や腱鞘と細い茎でつながっています。決して腫瘍細胞が増殖してできるものではないため、良性の病変に分類されます。

股関節のどこにできやすいか

股関節は体の深い部分にあるため、手首や足首のガングリオンのように、はっきりと目で見てわかることは少ないかもしれません。

股関節のガングリオンは、関節の構造と関連して特定の場所に発生しやすい傾向があります。股関節の前方、特に脚の付け根である鼠径部(そけいぶ)に最も多く発生します。

この場所は、股関節を動かす重要な神経や血管が近くを通っているため、ガングリオンが大きくなるとこれらの組織を圧迫することがあります。

股関節ガングリオンの主な発生部位

発生部位特徴注意点
前方(鼠径部)最も頻度が高い。しこりとして触知しやすい。大腿神経や大腿動静脈を圧迫する可能性がある。
後方(臀部)お尻の深部にできる。坐骨神経との関連が深い。坐骨神経痛に似た症状を引き起こすことがある。
関節内部股関節の骨頭や臼蓋の辺縁にできる。関節の動きを妨げ、痛みの原因となりやすい。

大きさや硬さの特徴

ガングリオンの大きさは、米粒ほどの小さいものから、ピンポン玉くらいの大きさになるものまで様々です。

通常、表面は滑らかで、硬さはやや弾力のあるゴムまりのようなものから、硬い軟骨のように感じるものまであります。

ガングリオンは、時間とともに大きさが変化することがあり、大きくなったり小さくなったり、時には自然に消えてしまうこともあります。

これは、関節との交通の状態や関節の活動性によるものと考えられています。

悪性腫瘍との違い

股関節にしこりを見つけると、誰もが「がんなどの悪性腫瘍ではないか」と心配するでしょう。しかし、ガングリオンと悪性腫瘍(肉腫など)には明らかな違いがあります。

ガングリオンは基本的に良性であり、他の場所に転移することはありません。

一方、悪性腫瘍は急速に大きくなる、周辺組織に染み込むように広がる(浸潤)、硬さが石のように硬い、といった特徴が見られることがあります。

正確な判断には専門医による診察と画像検査が重要です。

ガングリオンと悪性軟部腫瘍の一般的な違い

項目ガングリオン(良性)悪性軟部腫瘍(悪性)
増大速度ゆっくり、または大きさは変動する比較的速く、持続的に大きくなる傾向
硬さ弾力があるものから硬いものまで様々岩のように硬いことが多い
境界比較的はっきりしている不明瞭なことが多い

股関節ガングリオンの主な原因と発生しやすい人

なぜ股関節にガングリオンができてしまうのでしょうか。その明確な原因は完全には解明されていませんが、いくつかの要因が関わっていると考えられています。

ここでは、ガングリオンが発生する背景にある関節の構造との関連や、どのような人に発生しやすいかについて掘り下げていきます。

関節包や腱鞘との関連性

ガングリオンの発生には、関節を覆う関節包や腱を包む腱鞘が大きく関与しています。これらの組織は、関節の安定性を保ち、スムーズな動きを支える重要な役割を担っています。

何らかの理由でこれらの組織に微小な損傷や変性が生じると、組織の強度が低下します。

この弱くなった部分に内側から関節液の圧力がかかることで、袋状に組織が伸びてガングリオンが形成されると考えられています。

特に股関節は、歩行や立ち上がりなど日常的な動作で常に大きな負荷がかかるため、関節包が影響を受けやすい部位です。

股関節への負荷や変形が誘因に

股関節に繰り返し負荷がかかることや、既にある関節の変形がガングリオンの発生誘因となることがあります。

例えば、長時間の立ち仕事や重量物の運搬、激しいスポーツなどで股関節を酷使する人は、関節包に負担がかかりやすい状態です。

また、加齢や病気によって起こる「変形性股関節症」があると、関節の形が変化し、関節辺縁に骨の棘(骨棘:こつきょく)ができます。

この骨棘が関節包を刺激したり、関節の不安定性を増したりすることで、ガングリオンが発生しやすくなることが知られています。

  • 長時間の立ち仕事や歩行
  • ランニングやジャンプを多用するスポーツ
  • 重量物の運搬作業
  • 肥満による股関節への過度な負担

年齢や性別による傾向

ガングリオンは、若い世代から高齢者まで幅広い年齢層で発生しますが、一般的には20代から50代の活動的な世代に多いとされています。性別では、やや女性に多く見られる傾向があります。

これは、女性の方が男性に比べて関節が柔らかく、靭帯の弛緩性があるため、関節包に負担がかかりやすいことなどが一因として考えられますが、はっきりとした理由はわかっていません。

股関節のガングリオンも、同様の傾向が見られます。

ガングリオンの発生傾向

項目傾向考えられる背景
好発年齢20代~50代仕事やスポーツなどでの関節の活動性が高い世代
性差やや女性に多い関節の柔軟性や靭帯の弛緩性などが関係する可能性

股関節ガングリオンが引き起こす症状

股関節にガングリオンができた場合、どのような症状が現れるのでしょうか。全く症状がない場合から、生活に支障をきたすほどの強い症状が出る場合まで、その現れ方は様々です。

ガングリオンの大きさや発生した場所、そして周囲の神経や血管との位置関係が症状を大きく左右します。

股関節周辺の痛みや違和感

最も一般的な症状は、股関節の付け根(鼠径部)やお尻のあたりに感じる鈍い痛みや違和感です。

ガングリオン自体が直接痛むというよりは、ガングリオンが大きくなることで周囲の組織を圧迫したり、股関節を動かした際に関節包や筋肉が引っ張られたりすることで痛みを感じます。

特に、歩き始めや長時間座った後からの立ち上がり、あぐらをかく動作など、股関節に特定の動きを加えたときに痛みが増すことがあります。

しこりを自覚していなくても、原因不明の股関節痛として認識されることもあります。

神経圧迫によるしびれや放散痛

股関節の周りには、足へ向かう太い神経(大腿神経や坐骨神経など)が走行しています。ガングリオンがこれらの神経の近くに発生し、大きくなると、神経を直接圧迫してしまいます。

この神経圧迫により、太ももの前面や内側、あるいは臀部から太ももの裏側にかけて、しびれや電気が走るような痛み(放散痛)が生じることがあります。

症状の出方によっては、腰椎の疾患である椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症と間違われることもあるため、正確な診断が重要です。

神経圧迫による主な症状

圧迫される神経主な症状の範囲具体的な症状
大腿神経(股関節前方)太ももの前面・内側、すねの内側しびれ感、感覚の鈍さ、力の入りにくさ
坐骨神経(股関節後方)お尻、太ももの裏側、ふくらはぎ、足裏電気が走るような痛み、灼熱感、しびれ
閉鎖神経(股関節内側)太ももの内側痛み、しびれ、内転筋の筋力低下

股関節の動きにくさ(可動域制限)

ガングリオンが関節の内部や、関節の動きを妨げるような場所にできると、股関節の動きが制限されることがあります。

具体的には、「あぐらがかけない」「靴下が履きにくい」「足の爪が切りにくい」といった症状として現れます。

これは、ガングリオンという物理的な塊が、関節の滑らかな動きを邪魔するために起こります。この状態を専門的には「機械的刺激」や「インピンジメント(衝突)」と呼びます。

痛みを伴うことも多く、日常生活の質を大きく低下させる原因となります。

無症状の場合もある

股関節ガングリオンの興味深い点の一つは、ある程度の大きさがあっても全く症状を引き起こさないケースが少なくないことです。

ガングリオンが神経や血管から離れた場所にあり、関節の動きを妨げない限り、痛みやしびれなどの自覚症状は現れません。

このような無症状のガングリオンは、他の病気の検査で撮影したMRIなどで偶然発見されることも多く、治療を必要としない場合がほとんどです。

股関節ガングリオンの正確な診断方法

股関節周辺の症状が本当にガングリオンによるものなのか、あるいは他の疾患が隠れていないかを明らかにするためには、専門医による正確な診断が必要です。

診断は、患者さんからの詳しい話の聞き取りから始まり、身体診察、そして画像検査を組み合わせて総合的に行います。

医師による問診と身体所見

診断の第一歩は、丁寧な問診です。いつからどのような症状があるのか、痛みの性質や強さ、しびれの範囲、どのような動作で症状が悪化するのかなどを詳しく聞き取ります。

その後、医師が直接股関節を触診し、しこりの有無、場所、大きさ、硬さ、圧痛(押したときの痛み)があるかなどを確認します。

また、股関節を実際に動かしてみて、動きの範囲や特定の角度で痛みが出現するかどうか(誘発テスト)を評価し、症状の原因を探ります。

この問診と身体所見から、ガングリオンの可能性や、どの画像検査が有効かを判断します。

超音波(エコー)検査の役割

超音波検査は、放射線被曝の心配がなく、簡単に行える非常に有用な画像検査です。プローブと呼ばれる装置を皮膚の上にあて、体内の様子をリアルタイムで観察します。

この検査により、しこりが液体で満たされた袋状の構造(嚢胞性病変)であるか、それとも固形の腫瘍であるかを判別できます。

ガングリオンは、特徴的な黒い影(無エコー像)として映し出されます。

また、周囲の血管との位置関係も評価できるため、安全な穿刺(せんし:注射針で刺すこと)を行う際のガイドとしても役立ちます。

MRI検査による詳細な評価

MRI検査は、磁気と電波を使って体の断面を撮影する検査で、ガングリオンの診断における最も強力なツールの一つです。

超音波検査よりもさらに詳しく、ガングリオンの正確な大きさ、形状、関節とのつながり(茎)、そして周囲の神経や筋肉、骨との位置関係を立体的に把握できます。

特に、股関節の深部にあるガングリオンや、関節内にある小さなガングリオンの描出に優れています。

また、変形性股関節症や関節唇損傷など、他の股関節疾患の合併がないかも同時に評価できるため、治療方針を決定する上で極めて重要な情報を提供します。

各種画像検査の比較

検査方法わかること利点と欠点
レントゲン検査骨の変形、関節の隙間の状態ガングリオン自体は写らない。骨の異常を除外するために行う。
超音波検査しこりが液体か固形かの判別、大きさ簡便で無侵襲。深部や骨の裏側は見えにくいことがある。
MRI検査大きさ、位置、関節とのつながり、周囲組織との関係最も詳細な情報が得られる。検査時間が長く、費用が高い。

他の疾患との鑑別診断

股関節周辺の痛みやしこりを引き起こす病気はガングリオンだけではありません。正確な治療を行うためには、これらの病気としっかり区別すること(鑑別診断)が大切です。

例えば、滑液包炎、腸腰筋炎などの炎症性疾患、脂肪腫などの良性腫瘍、そして稀ですが悪性軟部腫瘍の可能性も念頭に置く必要があります。

また、腰椎椎間板ヘルニアなどの腰の病気が、股関節の痛みやしびれとして感じられることもあります。

問診、身体所見、そして画像検査を組み合わせることで、これらの疾患との鑑別を進めていきます。

  • 滑液包炎
  • 脂肪腫などの良性腫瘍
  • 悪性軟部腫瘍(肉腫)
  • 腰椎疾患(椎間板ヘルニアなど)
  • 血管腫やリンパ管腫

股関節ガングリオンの治療方針の立て方

診断が確定したら、次に治療をどうするかを考えます。股関節ガングリオンの治療は、必ずしも手術が必要なわけではありません。

症状の有無や程度、ガングリオンの状態、そして何よりも患者さん自身の生活状況や希望を総合的に考慮して、一人ひとりに合った治療方針を立てることが重要です。

症状の有無と程度に応じた判断

治療方針を決定する上で最も重要な要素は、「症状があるかどうか」です。

偶然発見されただけで全く症状がない無症候性のガングリオンであれば、積極的に治療する必要はなく、経過観察が第一選択となります。

一方、痛みやしびれ、可動域制限など、日常生活に支障をきたす症状がある場合は、治療の対象となります。

その際も、症状の強さや頻度によって、まずは負担の少ない保存的治療から始めるか、あるいは早期の症状改善を目指して外科的治療を検討するかを判断します。

ガングリオンの大きさと位置の重要性

ガングリオンの大きさと、それが存在する位置も治療方針に大きく影響します。例えば、小さなガングリオンであっても、神経のすぐ隣にあれば強いしびれを引き起こすことがあります。

逆に、大きなガングリオンでも、重要な組織から離れた場所にあれば無症状のこともあります。

MRIなどの画像検査で得られた情報をもとに、症状の原因がガングリオンによる圧迫である可能性が高いかどうかを慎重に評価し、治療の必要性や方法を検討します。

患者の年齢や活動レベルの考慮

治療方針は、患者さんの年齢や日常の活動レベルによっても変わってきます。

例えば、スポーツを活発に行う若者で、ガングリオンがパフォーマンスの妨げになっている場合は、再発率の低い根治的な外科的治療を早い段階で選択することがあります。

一方で、比較的高齢で活動性が高くない方の場合、症状が軽度であれば、手術のような体への負担が大きい治療は避け、穿刺などの対症療法で症状をコントロールしていく方針をとることもあります。

治療のメリットとデメリットを十分に理解した上で選択することが大切です。

治療方針を決定する際の考慮点

要素考慮する内容方針への影響
症状痛み、しびれ、可動域制限の有無と程度症状がなければ経過観察。症状があれば治療を検討。
ガングリオンの状態大きさ、位置、神経や血管との近さ神経圧迫が明らかな場合は、より積極的な治療を検討。
患者背景年齢、活動レベル、職業、治療への希望生活への影響度に応じて治療の積極性を調整する。

治療のゴールを共有する

最終的な治療方針は、医師が一方的に決めるものではありません。

医師は、医学的な見地から考えられる選択肢(経過観察、保存的治療、外科的治療)それぞれの利点と欠点、そして将来的な見通しを分かりやすく説明します。

その上で、患者さん自身が何を最も改善したいのか(痛みをなくしたい、スポーツに復帰したいなど)、どのような治療を受けたいのかという意向を尊重し、双方が納得できる治療のゴールを設定します。

この相互理解が、満足のいく治療結果につながります。

股関節ガングリオンの保存的治療

症状がある場合でも、すぐに手術となるわけではありません。多くの場合、まずは体に負担の少ない「保存的治療」から開始します。

保存的治療は、ガングリオンそのものを完全に取り去ることを目的とするのではなく、症状を和らげ、日常生活の質を改善することを目指す治療法です。

無症状の場合の経過観察

前述の通り、痛みやしびれなどの症状が全くないガングリオンは、治療の必要はありません。

ガングリオンは悪性化することがないため、放置しても健康上の大きな問題になることはほとんどありません。この場合の方針は「経過観察」となります。

定期的に診察を受ける必要もありませんが、もし将来的にガングリオンが大きくなってきたり、痛みなどの症状が現れたりした場合には、再度医療機関を受診することを勧めます。

注射器による内容物の穿刺吸引

症状がある場合の保存的治療として、最も一般的に行われるのが「穿刺(せんし)」です。

これは、外来の診察室で簡単に行える処置です。局所麻酔をした後、超音波検査でガングリオンの位置を確認しながら、注射針を刺して中のゼリー状の内容物を吸引します。

内容物を抜き取ることで、ガングリオンのサイズが小さくなり、神経や周囲組織への圧迫が軽減されるため、痛みやしびれの即時的な改善が期待できます。処置自体は数分で終了します。

穿刺治療のメリット・デメリット

項目内容
メリット外来で簡便に実施可能、体への負担が少ない、症状の即時改善が期待できる
デメリット再発率が高い、内容物が硬いと吸引できないことがある、感染のリスクがゼロではない

穿刺後の再発の可能性

穿刺は症状緩和に有効な方法ですが、大きな欠点があります。それは「再発率が高い」ことです。

穿刺は、袋の中身を吸い出すだけで、ガングリオンの袋そのものや、関節とつながる茎を取り除いているわけではありません。

そのため、時間が経つと再び関節液が袋に溜まり、元の大きさに戻ってしまうことがしばしばあります。再発率は50%以上とも言われ、複数回の穿刺が必要になることも珍しくありません。

この再発の可能性については、処置を受ける前によく理解しておく必要があります。

薬物療法やリハビリテーションの限界

ガングリオンに対して、飲み薬や貼り薬で直接的に小さくする効果が証明されているものはありません。

痛みに対して鎮痛薬(痛み止め)を使用することはありますが、これはあくまで対症療法です。

また、リハビリテーションによってガングリオンがなくなるわけではありませんが、ガングリオンの発生要因となった股関節周囲の筋肉のバランスを整えたり、関節の柔軟性を改善したりすることは、症状の軽減や再発予防に一定の役割を果たす可能性があります。

しかし、これらだけで症状が完治することは難しいのが実情です。

股関節ガングリオンの外科的治療

保存的治療で症状が改善しない場合や、症状が非常に強い場合、また再発を繰り返す場合には、「外科的治療(手術)」が選択肢となります。

手術の目的は、症状の原因となっているガングリオンを、その発生源である茎を含めて完全に取り除くことです。

ここでは、どのような場合に手術が選択され、具体的にどのような方法があるのかを解説します。

手術が選択される場合

外科的治療を検討するのは、以下のような状況です。保存的治療を十分に行ったかどうかが一つの判断基準となります。

  • 保存的治療(穿刺など)を繰り返しても症状が改善しない、またはすぐに再発する。
  • 神経麻痺(著しい筋力低下や感覚障害)を伴うなど、症状が非常に重い。
  • 痛みが強く、日常生活や仕事、スポーツ活動に大きな支障が出ている。
  • 患者さん自身が、再発の心配をなくし、根治的な治療を強く希望する場合。

これらの点を総合的に判断し、手術のメリットがデメリットを上回ると考えられる場合に、外科的治療をお勧めします。

関節鏡視下手術(内視鏡手術)

近年、股関節ガングリオンの手術では「関節鏡視下手術」が主流となりつつあります。

これは、数カ所の小さな皮膚切開(それぞれ1cm程度)から、関節鏡(カメラ)と専用の手術器具を挿入し、モニター画面を見ながら行う低侵襲手術です。

この手術の大きな利点は、傷が小さく、術後の痛みが少なく、回復が早いことです。

また、関節鏡で股関節の内部を直接観察できるため、ガングリオンだけでなく、合併している可能性のある関節唇損傷などの他の病変も同時に診断し、治療することができます。

直視下摘出術

「直視下摘出術」は、従来から行われている手術方法です。ある程度の大きさの皮膚切開を加えて、筋肉の間を分けていき、ガングリオンを直接目で見て確認しながら摘出します。

関節鏡では到達しにくい場所にあるガングリオンや、非常に大きなガングリオンの場合に適応となることがあります。

関節鏡手術に比べて体への負担はやや大きくなりますが、病変を確実に摘出できるという利点があります。

どちらの術式を選択するかは、ガングリオンの場所や大きさ、術者の技術などを考慮して決定します。

関節鏡視下手術と直視下手術の比較

項目関節鏡視下手術直視下摘出術
傷の大きさ小さい(約1cmが数カ所)比較的大きい
術後の痛み少ない傾向多い傾向
入院期間短い傾向長い傾向
適応多くの股関節内・周囲のガングリオン関節外の大きなものや複雑なもの

手術に伴うリスクと合併症

どのような手術にも、リスクや合併症の可能性はゼロではありません。

股関節ガングリオンの手術においても、一般的な手術合併症である感染や出血、血栓症(エコノミークラス症候群)などのリスクがあります。

また、股関節周囲には重要な神経や血管が多いため、手術操作によってこれらを損傷してしまう可能性もわずかながら存在します。

手術を受ける前には、これらのリスクについて医師から十分な説明を受け、理解した上で臨むことが重要です。

手術は再発率が最も低い治療法ですが、それでも数%の確率で再発することがあります。

股関節ガングリオンに関するよくある質問

最後に、股関節ガングリオンに関して患者さんからよくいただく質問とその回答をまとめました。ご自身の状況と照らし合わせながら、参考にしてください。

Q. 放置するとどうなりますか?

A. ガングリオンは良性の腫瘤ですので、放置したからといって悪性化(がん化)することはありません。そのため、無症状であれば特に何もしないで経過を見ることが一般的です。

ただし、徐々に大きくなって神経を圧迫し始め、痛みやしびれなどの症状が出現する可能性はあります。

また、既に関節の変形がある場合は、その変形の進行とともにガングリオンも大きくなることがあります。何か変化を感じたときには、専門医に相談することをお勧めします。

Q. ガングリオンは自然に治りますか?

A. はい、自然に消滅して治ることがあります。

ガングリオンの袋が破れたり、関節との交通が途絶えたりすることで、中身が吸収されて小さくなる、あるいは完全になくなってしまうケースも珍しくありません。

特に、若い人の小さなガングリオンでは、自然治癒も期待できます。

しかし、必ずしも全てのガングリオンが自然に治るわけではなく、何年も大きさが変わらない、あるいは徐々に大きくなることも多いため、過度な期待は禁物です。

Q. 治療中に気をつけることはありますか?

A. 経過観察中や保存的治療中は、股関節に過度な負担をかける動作を避けることが望ましい場合があります。

痛みを誘発するような特定のスポーツや動作がわかっていれば、それを控えることで症状が和らぐことがあります。

手術後に関しては、医師や理学療法士の指示に従ってリハビリテーションを行うことが重要です。

術後早期は安静が必要ですが、その後は適切な時期から可動域訓練や筋力トレーニングを開始し、股関節の機能を回復させていきます。

自己判断で無理な運動をすると、回復を妨げる原因となるため注意が必要です。

Q. 何科を受診すればよいですか?

A. 股関節の痛みやしこり、足のしびれなどの症状がある場合は、「整形外科」を受診してください。整形外科は、骨、関節、筋肉、神経といった運動器の疾患を専門とする診療科です。

特に、股関節を専門とする医師や、関節鏡手術に精通した医師がいる医療機関を選ぶと、より専門的な診断と治療を受けることができます。

まずは近くの整形外科クリニックに相談し、必要に応じて専門的な医療機関を紹介してもらうという流れでもよいでしょう。

以上

参考文献

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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