股関節脱臼の予防と治療における整形外科の役割
股関節脱臼は、股関節の骨が正常な位置から完全にはずれてしまう状態を指します。
多くの場合、交通事故や高所からの転落といった強い外力によって発生し、激しい痛みと歩行困難を伴います。
また、乳幼児の発育性股関節形成不全や、人工股関節置換術後にも起こる可能性があります。「股関節 脱臼」と聞くと不安を感じるかもしれませんが、この状態は整形外科の専門領域です。
この記事では、股関節脱臼がどのような状態か、その原因、症状、そして診断から治療、さらには予防に至るまで、整形外科が担う重要な役割について詳しく解説します。
適切な知識を持つことが、万が一の際の迅速な対応と、治療後の順調な回復につながります。
目次
股関節脱臼とはどのような状態か
股関節は、私たちの体重を支え、歩行や走行、立ち座りといった基本的な動作を可能にする人体で最も大きな関節の一つです。
この重要な関節が正常な機能を失う「股関節脱臼」について、まずはその構造と脱臼が起こる背景を理解することが大切です。
股関節の構造と機能
股関節は、骨盤側のお椀のような形をしたくぼみ(寛骨臼)に、太ももの骨(大腿骨)の先端にある丸い部分(大腿骨頭)が深くはまり込む形をしています。
この構造は「球関節」と呼ばれ、脚を前後、左右、回旋させるなど、非常に自由度の高い動きを可能にしています。
関節の周囲は強靭な靭帯や筋肉によって補強されており、通常は安定性が高く、簡単にははずれません。
脱臼が起こる仕組み
股関節脱臼は、この安定した構造が破綻し、大腿骨頭が寛骨臼の受け皿から完全に逸脱した状態を指します。
多くの場合、非常に強い外力が加わることで、関節を包む袋(関節包)や靭帯が断裂して発生します。
大腿骨頭が寛骨臼から部分的(不完全)にはずれた状態は「亜脱臼」と呼び、完全な脱臼とは区別します。
股関節脱臼の種類
股関節脱臼は、大腿骨頭が寛骨臼に対してどの方向にはずれたかによって分類します。この分類は、症状や治療法、合併症のリスクを考える上で重要です。
股関節脱臼の主な分類
| 脱臼の種類 | 発生頻度 | 主な特徴 |
|---|---|---|
| 後方脱臼 | 最も多い(約80-90%) | 膝を曲げた状態でダッシュボードに強く打ち付ける(dashboard injury)などで発生。 |
| 前方脱臼 | 比較的稀 | 股関節が過度に開いたり、外側に捻られたりした際に発生。 |
| 中心性脱臼 | 稀 | 大腿骨頭が寛骨臼の底を突き破り、骨盤内に侵入する重篤な状態。寛骨臼骨折を伴う。 |
股関節脱臼の主な原因
股関節脱臼を引き起こす原因は一つではありません。強い外力によるものがよく知られていますが、それ以外にも年齢や背景によって異なる要因が存在します。
整形外科では、これらの原因を正確に把握することが、適切な治療方針を立てる第一歩となります。
外傷による脱臼
最も一般的な原因は、交通事故(特に自動車の正面衝突)、高所からの転落、スポーツ中の激しい接触(ラグビーやアメリカンフットボールなど)といった高エネルギー外傷です。
健康で強固な股関節であっても、これらの強大な外力によって靭帯や関節包が損傷し、脱臼に至ります。
この場合、股関節周辺の骨折(大腿骨頭骨折や寛骨臼骨折)を合併することも少なくありません。
赤ちゃん(乳幼児)の発育性股関節形成不全
乳幼児期に見られる股関節脱臼は、主に「発育性股関節形成不全」に関連して起こります。
これは、生まれつき寛骨臼の形成が不十分であったり、関節が緩かったりするために、大腿骨頭が正常な位置からはずれやすくなる状態です。
かつては「先天性股関節脱臼」と呼ばれていましたが、出生後に明らかになるケースも多いため、現在はこのように呼ばれます。
向き癖や、脚の動きを妨げるようなおむつの当て方、抱き方(脚をまっすぐ伸ばすような)が発症に関与すると指摘されています。
発育性股関節形成不全の予防で意識する点
| 項目 | 推奨されること | 避けるべきこと |
|---|---|---|
| 抱き方 | 赤ちゃんの股関節が自然に開く(M字型)抱き方。 | 脚をまっすぐに揃えて伸ばすような抱き方。 |
| おむつ・衣服 | 股関節や膝の自由な動きを妨げない、ゆとりのあるもの。 | 脚の動きを制限するようなきついおむつや衣服。 |
| 向き癖 | 定期的に赤ちゃんの向きを変え、片方ばかり向かないようにする。 | 常に同じ方向を向かせたままにすること。 |
人工股関節置換術後の脱臼
変形性股関節症や大腿骨頭壊死などで人工股関節置換術を受けた後、合併症の一つとして脱臼が起こる可能性があります。
特に手術後間もない時期は、周囲の組織がまだ安定しておらず、リスクが高まります。また、特定の動作(股関節を深く曲げる、内側にひねるなど)が引き金になることもあります。
人工関節の設置角度や筋力の状態も影響します。
人工股関節術後の脱臼原因
| 要因 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 患者側の要因 | 筋力低下、認知機能の低下、特定の危険動作 |
| 手術側の要因 | インプラントの設置角度、手術方法(後方アプローチなど) |
股関節脱臼を見分ける症状
股関節脱臼は、非常に強い症状を伴うことが特徴です。特に外傷による脱臼では、その症状は明らかであり、緊急の対応を要します。
整形外科医は、これらの特徴的な症状から股関節脱臼を強く疑います。
強い痛みと可動域の制限
股関節脱臼の最も顕著な症状は、受傷直後から発生する激しい痛みです。股関節部に耐え難い痛みが生じ、患者さんは自力で立ち上がったり、脚を動かしたりすることがほぼ不可能になります。
少しでも動かそうとすると激痛が走るため、多くの場合、救急車で搬送されます。
脚の変形と短縮
脱臼した側の脚は、特徴的な見た目の変化を示します。
最も多い後方脱臼の場合、股関節は曲がった(屈曲)、内側に入った(内転)、内側に捻じれた(内旋)状態となり、健常な側と比べて脚が短く見えます(短縮)。
前方脱臼の場合は、逆に股関節が開いた(外転)、外側に捻じれた(外旋)状態になるなど、脱臼の方向によって異なる変形を示します。
股関節脱臼の主な症状
| 症状 | 具体的な内容 |
|---|---|
| 激しい痛み | 股関節部や鼠径部、臀部(おしり)に耐え難い痛みが生じる。 |
| 運動制限 | 自力でも他動的でも、股関節をほとんど動かすことができない。 |
| 変形・短縮 | 脱臼の方向に応じた特徴的な脚の変形(肢位異常)と、見た目の短縮。 |
感覚の異常や麻痺
股関節の後方には、下肢の感覚や運動を司る重要な神経である「坐骨神経」が走行しています。
後方脱臼の際に、この坐骨神経が圧迫されたり、引き伸ばされたりして損傷を受けることがあります。
この坐骨神経麻痺により、足首や足指が動かしにくくなったり、すねや足の感覚が鈍くなったりすることがあり、整形外科医が注意深く確認する点の一つです。
股関節脱臼が疑われる場合の初期対応
もしご自身や周囲の人が股関節脱臼を疑うような状況(強い外傷と激しい股関節の痛み、動かせない状態)に遭遇した場合、慌てず適切な初期対応をとることが、その後の治療と回復に大きく影響します。
自己判断での処置は禁物です。
安静にして動かさない
最も重要なことは、脱臼した可能性のある脚を無理に動かさないことです。元の位置に戻そうと試みる(整復しようとする)ことは、絶対に行ってはいけません。
骨折を伴っている可能性や、神経・血管をさらに損傷させてしまう危険性があります。患者さんにとって最も楽な姿勢を保ち、動かさずに安静を保ちます。
冷却と圧迫(応急処置)
もし可能であれば、痛みと腫れを和らげるために、患部を氷のうや冷却パックなどで冷やします。
ただし、直接氷を当てるのではなく、タオルなどで包んで当ててください。圧迫については、専門知識がない場合は無理に行う必要はありません。冷却と安静を優先します。
初期対応のポイント
- 無理に動かさない、戻そうとしない
- 楽な姿勢で安静を保つ
- 可能なら患部を冷却する
- 速やかに救急車を呼ぶか、整形外科のある病院へ連絡する
速やかに整形外科を受診する重要性
股関節脱臼は緊急性の高い外傷です。脱臼した状態が長く続くと、大腿骨頭への血流が途絶え、骨が壊死してしまう「大腿骨頭壊死」という重篤な合併症を引き起こすリスクが高まります。
また、時間が経過するほど筋肉の緊張が強くなり、整復(元の位置に戻すこと)が困難になります。
そのため、股関節脱臼が疑われたら、一刻も早く整形外科の専門医がいる医療機関を受診することが重要です。
整形外科で行う股関節脱臼の診断
医療機関に到着後、整形外科医は迅速かつ正確に状態を把握するため、体系的な診察と検査を進めます。
股関節脱臼の診断は、主に問診、身体診察、そして画像検査によって確定します。
医師による問診と身体診察
まず、医師は患者さんや救急隊員から、いつ、どこで、どのようにして怪我をしたのか(受傷機転)を詳しく聞き取ります。
交通事故、転落、スポーツ中など、具体的な状況は診断の大きな手がかりとなります。続いて、脱臼した脚の状態を注意深く観察します。
前述のような特徴的な変形(肢位異常)や短縮の有無、腫れ、皮膚の色調変化を確認します。
また、足の感覚や運動機能(足首や足指を動かせるか)を調べ、坐骨神経麻痺などの合併症がないか評価します。
レントゲン(X線)検査の役割
股関節脱臼の診断において、レントゲン検査は基本的かつ最も重要な検査です。
股関節を正面および側面(または軸射)から撮影し、大腿骨頭が寛骨臼からどの方向にはずれているかを確認します。
この検査により、脱臼の有無と種類(前方・後方)がほぼ確定します。同時に、大腿骨頭や寛骨臼に骨折が起きていないかどうかも評価します。
多くの外傷性股関節脱臼では、このレントゲン検査で診断が確定し、迅速な治療(整復)へと移ります。
CT検査やMRI検査が必要な場合
レントゲン検査で骨折が疑われた場合や、脱臼を整復した後に骨片(骨のかけら)が関節内に残っていないか(関節内遊離体)を確認するため、CT検査を追加で行うことがよくあります。
CT検査は骨の状態をより詳細に3次元的に評価するのに優れています。
MRI検査は、外傷の急性期に緊急で行うことは少ないですが、靭帯や関節唇(寛骨臼の縁にある軟骨)といった軟部組織の損傷を詳しく評価したい場合や、整復後に大腿骨頭壊死のリスクを評価するために行うことがあります。
股関節脱臼の主な検査法
| 検査法 | 主な目的 | わかること |
|---|---|---|
| レントゲン検査 | 脱臼の確定診断、骨折の有無 | 大腿骨頭の位置、脱臼の方向、大きな骨折 |
| CT検査 | 骨折の詳細な評価、関節内骨片の確認 | 微細な骨折、骨片の位置と大きさ、寛骨臼骨折の形態 |
| MRI検査 | 軟部組織の評価、合併症の評価 | 靭帯・関節唇の損傷、大腿骨頭の血流状態(壊死の評価) |
股関節脱臼に対する整形外科の治療法
股関節脱臼の診断が確定したら、整形外科医は可及的速やかに治療を開始します。治療の第一目標は、はずれた大腿骨頭を安全かつ確実に元の寛骨臼の中に戻すこと(整復)です。
その後、再脱臼を防ぎ、合併症を最小限に抑えるための治療へと続きます。
徒手整復(麻酔下での整復)
外傷による股関節脱臼の基本的な治療は、手術をしない「徒手整復術」です。
これは、医師が患者さんの脚を適切な方向に牽引したり、回旋させたりする手技によって、大腿骨頭を元の位置に戻す方法です。
ただし、股関節周囲は非常に強力な筋肉に囲まれており、脱臼による痛みで筋肉が極度に緊張しています。そのため、患者さんが意識のある状態での整復は困難であり、強い苦痛を伴います。
したがって、この処置は通常、救急室や手術室で、鎮静薬や筋弛緩薬を用いたり、全身麻酔や下半身麻酔(脊椎麻酔)を行ったりして、患者さんの苦痛を取り除き、筋肉の緊張を十分に緩めた状態で行います。
整復が成功すると、特有の「整復音」を感じることがあり、脚の変形が矯正され、痛みが劇的に軽減します。
整復後は、必ずレントゲン検査で正しい位置に戻っていることと、整復操作によって新たな骨折が起きていないかを確認します。
股関節脱臼の治療選択
| 状態 | 主な治療法 | 目的 |
|---|---|---|
| 単純な股関節脱臼(骨折なし) | 徒手整復術(麻酔下) | 早期の関節整復、合併症(大腿骨頭壊死)の予防 |
| 整復困難または不安定な脱臼 | 観血的整復術(手術) | 障害物の除去、確実な整復、関節の安定化 |
| 人工股関節術後の脱臼 | 徒手整復術(多くは麻酔下) | 人工関節の整復(繰り返す場合は手術も検討) |
整復後の固定と安静
無事に整復が完了した後も、すぐに体重をかけて歩けるわけではありません。脱臼によって損傷した関節包や靭帯が修復されるまで、関節を安定させる期間が必要です。
そのために、数週間、股関節を特定の角度に保つための装具を用いたり、ベッド上での安静や、体重をかけない(免荷)期間を設けたりします。
牽引(脚を持続的におもりで引く治療)を行うこともあります。この期間は、脱臼の重症度や合併症の有無によって整形外科医が判断します。
手術が必要となるケース
多くは徒手整復で対応可能ですが、以下のような場合には手術(観血的整復術)が必要となります。
整復困難な場合
徒手整復を試みても大腿骨頭が元の位置に戻らない場合があります。
これは、骨折した骨片や断裂した靭帯、関節唇、筋肉などが関節の間にはまり込み、整復を妨げている(整復障害)ことが原因です。
この場合、手術で関節を開き、これらの障害物を直接取り除いた上で整復します。
合併症がある場合
大腿骨頭骨折や寛骨臼骨折など、関節内での大きな骨折を伴う場合、徒手整復だけでは関節の安定性が得られなかったり、骨折のズレが残ったりします。
この骨折により、将来的に変形性股関節症へ進行するリスクが高いため、骨折部を正確な位置に戻して金属(プレートやスクリュー)で固定する手術が必要となります。
また、坐骨神経麻痺が整復後も改善しない場合や、血管損傷が疑われる場合も、緊急手術の対象となることがあります。
手術が検討される主なケース
| 状況 | 理由 | 治療内容例 |
|---|---|---|
| 徒手整復が不可能 | 骨片や軟部組織の介在(整復障害) | 観血的整復術、介在物の除去 |
| 整復後も関節が不安定 | 重度な靭帯損傷、寛骨臼後壁骨折 | 観血的整復術、骨折部の内固定術 |
| 大きな関節内骨折を伴う | 関節面の不適合、変形治癒の予防 | 観血的整復術、骨接合術 |
人工股関節術後の脱臼治療
人工股関節置換術後に脱臼した場合も、まずは徒手整復を試みます。
多くは麻酔下での整復が可能です。しかし、脱臼を繰り返す(反復性脱臼)場合は、人工関節の設置角度の問題や、周囲の筋力の低下が要因となっている可能性があります。
この場合、日常生活動作の再指導やリハビリ強化を行いますが、それでも改善しない場合は、より脱臼しにくいタイプの人工関節に入れ替える「再置換術」という手術を検討します。
治療後のリハビリテーションと予防
股関節脱臼の治療は、整復や手術が完了したら終わりではありません。
損傷した関節の機能を回復させ、日常生活やスポーツへの復帰を果たし、そして何よりも再脱臼を防ぐために、整形外科医の管理のもとで行うリハビリテーションが極めて重要です。
関節機能の回復を目指すリハビリ
整復後の安静期間が過ぎると、理学療法士の指導のもとでリハビリテーションを開始します。最初はベッドサイドで、体重をかけずに股関節を動かす訓練(可動域訓練)から始めます。
その後、股関節周囲の筋力を回復させるための筋力増強訓練、バランス訓練へと段階的に進めていきます。
整形外科医は、レントゲン検査などで骨や関節の状態を定期的に確認しながら、体重をかけ始める時期(荷重時期)を慎重に判断します。
リハビリテーションの段階例(外傷性後方脱臼・骨折なしの場合)
| 時期(目安) | 目的 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 急性期(整復直後~) | 安静、疼痛管理、合併症予防 | ベッド上安静、患部外の運動(足首など)、免荷 |
| 回復期(数週~) | 関節可動域の改善、筋力維持 | 他動的・自動的可動域訓練(非荷重)、筋力訓練(非荷重) |
| 機能回復期(1~3ヶ月~) | 筋力強化、歩行能力の再獲得 | 部分荷重開始、徐々に全荷重へ、股関節周囲の筋力強化 |
日常生活で注意すべき動作
特に人工股関節置換術後の患者さんは、再脱臼を防ぐために日常生活で避けるべき特定の動作(危険肢位)があります。
手術のアプローチ方法(前方か後方か)によって注意点は異なりますが、一般的に以下のような動作指導を受けます。
人工股関節術後に注意する動作の例
- 床に座る、正座、あぐら
- 和式トイレの使用
- 脚を組む動作
- 深々と腰をかがめる(靴下を履く、床の物を拾う)
- 低い椅子やソファへの着座
これらの動作は、股関節が不安定になりやすい角度(過度な屈曲、内転、内旋など)を強いるためです。
整形外科医や理学療法士は、安全な動作方法(洋式トイレの使用、椅子での生活、自助具の活用など)を具体的に指導します。
再脱臼を防ぐための筋力強化
股関節の安定性を高めるためには、関節を支える筋肉、特に殿部(おしり)の筋肉(中殿筋など)の筋力を維持・強化することが重要です。
リハビリでは、これらの筋肉を効果的に鍛える運動を学びます。退院後も自宅で継続的にこれらの運動を行うことが、長期的な安定と機能維持につながります。
外傷性脱臼の場合も、筋力を回復させることが関節の負担を減らし、将来的な変形性股関節症への進行を予防する一助となります。
股関節脱臼に関するよくある質問
股関節脱臼と診断されたり、その可能性を指摘されたりすると、多くの方が様々な疑問や不安を抱えます。
ここでは、整形外科の診療でよく尋ねられる質問についてお答えします。
股関節脱臼は癖になりますか?
いわゆる「癖になる」(反復性脱臼)状態は、肩関節ではよく見られますが、外傷による股関節脱臼では比較的稀です。股関節はもともと骨の構造が安定しているためです。
ただし、脱臼の際に寛骨臼の骨折や関節唇の損傷が大きい場合、または乳幼児期の発育性股関節形成不全が背景にある場合は、不安定性が残り、反復性に移行する可能性があります。
一方、人工股関節置換術後の脱臼は、一度起こすと再脱臼しやすい傾向があります。このため、前述した日常生活での注意動作の遵守と、股関節周囲の筋力強化が非常に重要となります。
治療にかかる期間はどれくらいですか?
治療期間は、脱臼のタイプ、骨折などの合併症の有無、治療法(徒手整復のみか、手術か)、そして患者さんの年齢や元の活動レベルによって大きく異なります。
合併症のない単純な外傷性脱臼で、徒手整復のみで治療した場合、整復後の安静・免荷期間が数週間から1ヶ月半程度、その後リハビリを行い、スポーツや重労働への復帰には3〜6ヶ月程度を要することが一般的です。
骨折を伴う手術を行った場合は、さらに長期間のリハビリが必要となります。
赤ちゃんの股関節脱臼(発育性股関節形成不全)で気をつけることは何ですか?
発育性股関節形成不全の最も重要な対策は、早期発見と早期治療です。乳幼児健診(特に3〜4ヶ月健診)での股関節のチェックは必ず受けてください。
健診で異常を指摘された場合、または「脚の開きが悪い」「左右の脚のしわの数が違う」「脚の長さが違う」といったサインに気づいた場合は、速やかに小児整形外科の専門医に相談することが重要です。
日常生活では、股関節の自然な動きを妨げないことが予防につながります。
抱っこは股関節がM字型に開く「コアラ抱っこ」を心がけ、おむつ交換の際に脚を無理にまっすぐ引っ張らないように注意します。
高齢者の場合、どのような注意が必要ですか?
高齢者の股関節脱臼は、若い人と同様に交通事故などで起こることもありますが、転倒によって人工股関節が脱臼するケースや、転倒時に寛骨臼骨折を伴って中心性脱臼を起こすケースが目立ちます。
特に人工股関節置換術を受けている高齢者の方は、脱臼の危険動作を避けることに加え、転倒しないための環境整備(段差の解消、手すりの設置、滑りにくい履物)と、バランス能力や筋力を維持する運動(リハビリ)を継続することが大切です。
また、骨粗しょう症がある場合は骨が脆弱になっているため、転倒による骨折リスクが非常に高くなります。
骨粗しょう症の治療も併せて行うことが、股関節周辺の重篤な外傷を防ぐ上で重要です。
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