股関節が痛くなる原因とその予防法
足の付け根やお尻周りに違和感を覚え、歩き出しや階段の上り下りでズキッとする痛みを感じることはありませんか。
股関節は上半身の重みを支え、歩行や立ち座りといった日常動作のすべてに関わる重要な関節です。
この部分に痛みが生じると、買い物や散歩といった楽しみだけでなく、家の中での移動さえも億劫になり、生活の質が大きく低下してしまいます。
股関節が痛くなる原因は、加齢による変形だけでなく、生まれつきの骨の形、日常の癖、あるいは腰など他の部位からの影響など多岐にわたります。
痛みの正体を正しく理解し、自分の状態に合った対処を早期に始めることが、長く元気に歩き続けるためには大切です。
本記事では、股関節の痛みの背景にある様々な要因と、今日からできる具体的な予防法について詳しく解説します。
目次
股関節の構造と負担がかかる仕組み
股関節は骨盤のくぼみに大腿骨の頭がはまり込む球関節であり、体重の数倍もの負荷に耐えながら滑らかに動く構造をしていますが、この精巧な仕組みゆえに一点に過度な力が集中しやすく、軟骨の摩耗や炎症を引き起こすことが痛みの根本的な理由です。
私たちの体の中で最大級の関節である股関節は、立っているだけでも大きな負荷がかかり続けています。
骨と骨の間にはクッションの役割を果たす軟骨が存在し、関節包という袋に包まれて関節液で満たされています。
これらが正常に働いているうちは痛みを感じることなく動かせますが、耐久性を超える負荷や経年劣化によってバランスが崩れると、痛み信号が出されます。
荷重分散の機能と限界
股関節は、球体である大腿骨頭が骨盤側の寛骨臼(かんこつきゅう)という受け皿に収まることで、多方向への動きを可能にしています。
健康な状態であれば、かかった圧力は関節面全体に均等に分散され、局所的なダメージを防ぐようにできています。
しかし、受け皿が浅かったり、噛み合わせが悪かったりすると、接触面積が狭くなり、特定の狭い範囲に体重が集中してしまいます。
この集中した圧力が長期間続くため、軟骨細胞が徐々に破壊され、骨自体が硬くなる硬化像や、骨棘(こつきょく)と呼ばれるトゲのような変形が生じ始めます。
姿勢や動作による股関節への負荷倍率
| 動作・姿勢 | 体重に対する負荷の倍率 | 影響の度合い |
|---|---|---|
| 両足で立つ | 約0.3倍〜0.4倍 | 比較的軽度だが長時間は負担 |
| 歩行時 | 約3倍〜4倍 | 一歩ごとに強い圧力がかかる |
| 階段昇降・ジョギング | 約4倍〜5倍以上 | 衝撃が加わり負担が激増する |
軟骨の役割と痛みの発生源
関節軟骨自体には血管や神経がほとんど通っていないため、軟骨がすり減った初期段階では痛みを感じることは稀です。これが股関節疾患の発見を遅らせる一因となっています。
痛みが自覚される頃には、軟骨がかなり摩耗し、その下にある軟骨下骨(なんこつかこつ)が露出したり、削れた軟骨の粉が関節包内を刺激して滑膜炎(かつまくえん)を起こしたりしている状態です。
つまり、痛みを感じた時点ですでに内部ではある程度の損傷が進行していると考えられます。
また、関節周辺の筋肉や腱が、不安定になった関節を支えようとして過緊張を起こし、筋肉性の痛みとして現れることも少なくありません。
関節液の潤滑機能の低下
関節の動きを滑らかにするエンジンオイルのような役割を持つのが関節液です。通常、動くたびに軟骨から滲み出し、摩擦を限りなくゼロに近い状態に保っています。
しかし、運動不足で関節を動かさない期間が長かったり、逆に炎症が起きて関節液の性質が変わったりすると、この潤滑機能が低下します。
潤滑が悪くなると、まるで錆びついた機械のように動きがギシギシとし、摩擦熱や微細な損傷が生じやすくなります。
朝起きた直後や長時間座った後に動き出す際、股関節が固まって痛むのは、この潤滑液が十分に行き渡っていないことが関係しています。
変形性股関節症による痛みの進行
股関節が痛くなる原因の代表格は変形性股関節症であり、長年の使用や構造的な弱さによって軟骨がすり減り、骨同士が直接ぶつかり合うことで慢性的な炎症と強い痛みが生じます。
日本国内には数百万人の患者がいると推計されており、特に女性に多い傾向があります。この病気は突然発症するものではなく、時間をかけて進行していく進行性の疾患です。
初期の違和感を見逃さず、進行度に応じた適切なケアを行うことが、将来的な生活の質を保つ上で非常に重要です。
発症の背景にある一次性と二次性
変形性股関節症は、原因がはっきりしない加齢に伴う「一次性」と、何らかの基礎疾患や形態異常が原因となる「二次性」に大別されます。
日本では、圧倒的に二次性の割合が高く、その多くは「発育性股関節形成不全(臼蓋形成不全)」に起因します。
これは、生まれつき、あるいは発育過程で骨盤の受け皿(寛骨臼)が十分に育たず、屋根が浅い状態のことを指します。
屋根が浅いと大腿骨頭を十分に覆うことができず、接触面積が小さくなるため、体重による圧力が集中しやすくなります。
若い頃は筋肉でカバーできていても、筋力が低下する40代以降に症状が表面化することが多いのです。
病期ごとの痛みの特徴と変化
病気の進行は、レントゲン上の変化と自覚症状によっていくつかのステージに分けられます。初期段階である「前期」や「初期」では、起き上がりや歩き始めに痛む「始動時痛」が特徴です。
少し動いていると痛みが和らぐため、つい無理をしてしまいがちです。
しかし、進行して「進行期」に入ると、歩行中や動作中も常に痛むようになり、足の爪切りや靴下の着脱が困難になります。
さらに「末期」になると、安静にしていても痛む夜間痛が現れたり、関節が拘縮して動かなくなったりします。
この段階まで進むと、痛みを避けるために歩き方が変わり、反対側の足や腰にも負担が波及します。
病期進行に伴う主な状態の変化
| 病期(ステージ) | 関節と軟骨の状態 | 典型的な自覚症状 |
|---|---|---|
| 前期・初期 | 軟骨の厚みは保たれるが関節裂隙がわずかに狭小化 | 立ち上がりや動き始めの違和感・軽い痛み |
| 進行期 | 軟骨が明らかに摩耗し骨棘や骨嚢胞が出現 | 長時間の歩行が困難、可動域制限の自覚 |
| 末期 | 軟骨が消失し骨同士が直接接触する | 安静時や夜間の痛み、著しい歩行障害 |
放置した場合のリスク
「痛いけれど我慢できるから」といって治療や対策を行わずに放置すると、変形は確実に進行します。骨の変形が進むと、脚の長さが左右で異なってくることもあります。
患側の軟骨が減ることで脚が短くなり、それを補うために骨盤を傾けて歩くようになる影響で、背骨が曲がり、腰痛や肩こりといった全身の不調を引き起こします。
また、痛みのために活動量が減ると、心肺機能の低下や肥満、うつ傾向など、全身の健康状態にも悪影響を及ぼします。
早期に対策を講じることは、単に股関節を守るだけでなく、健康寿命を延ばすことにも繋がります。
変形性股関節症以外の疾患と原因
股関節の痛みは変形性股関節症以外にも、大腿骨頭壊死症や関節リウマチ、股関節インピンジメントなど様々な疾患によって引き起こされるため、自己判断せず痛みの性質を見極めることが必要です。
中には急速に進行して手術が必要になるものや、感染症による緊急性の高いものも含まれています。
それぞれの病気には特有の発症パターンや痛みの出方があるため、一般的な筋肉痛や加齢による痛みと混同しないよう注意を払う必要があります。
特発性大腿骨頭壊死症の特徴
大腿骨頭への血流が何らかの原因で途絶え、骨の組織が死んでしまう(壊死する)病気です。
壊死しただけでは痛みはありませんが、体重を支えきれずに壊死した部分が圧潰(あっかい)した瞬間に、激痛が生じます。
アルコールの多量摂取や、他の病気の治療でステロイド薬を大量に使用した経験がある人に発症リスクが高いとされています。
突然の痛みで発症することが多く、徐々に痛くなる変形性股関節症とは対照的です。
国の指定難病にも認定されており、早期発見と、骨が潰れるのを防ぐための免荷(体重をかけないこと)や手術などの専門的な治療が求められます。
関節リウマチと感染性疾患
関節リウマチは、免疫の異常によって自分自身の関節を攻撃してしまう全身性の病気ですが、股関節も例外ではありません。
滑膜が炎症を起こし、軟骨や骨を破壊していきます。左右両方の股関節に症状が出ることが多く、朝のこわばりや発熱、倦怠感を伴うことがあります。
また、細菌が股関節に入り込んで起こる化膿性股関節炎は、激しい痛みと高熱を伴い、急速に関節が破壊される緊急事態です。
これらは血液検査や関節液の検査によって診断が可能であり、整形外科だけでなくリウマチ科などとの連携が重要になります。
主な股関節疾患と特徴的な症状
| 疾患名 | 痛みの特徴 | 発症しやすい背景 |
|---|---|---|
| 大腿骨頭壊死症 | 急激な発症、強い痛み | ステロイド使用歴、多量の飲酒 |
| 関節リウマチ | 朝のこわばり、安静時痛 | 多関節の痛み、全身倦怠感 |
| FAI(インピンジメント) | 深く曲げた時の詰まり感 | スポーツ活動、骨形状の個人差 |
FAI(股関節インピンジメント症候群)
近年注目されているのが、FAI(大腿骨寛骨臼インピンジメント)です。
これは、大腿骨と骨盤の骨の形状により、股関節を深く曲げたり捻ったりした際に骨同士が衝突(インピンジ)してしまう状態です。
この衝突が繰り返されることで、関節唇(かんせつしん)という軟骨組織が傷つき、痛みが発生します。スポーツ選手や活動的な若年層から中高年まで幅広く見られます。
あぐらをかいたり、車の乗り降りをしたりする時に鼠径部に鋭い痛みを感じるのが特徴で、放置すると将来的に変形性股関節症へ移行するリスクがあるため、早期の運動療法や動作改善が大切です。
日常生活の癖と姿勢が招く負担
無意識に行っている座り方や歩き方の癖が、知らず知らずのうちに股関節への偏った荷重を生み出し、痛みの発症や悪化の引き金となっています。
股関節は骨格の要であり、上半身と下半身をつなぐ交差点です。ここに歪みが生じると、その影響は全身に波及します。
逆に言えば、日頃のちょっとした動作を見直すだけで、股関節への負担を大幅に減らすことができます。
どのような生活習慣が股関節に悪影響を与えやすいのか、その特徴を確認しましょう。
座り方が及ぼす股関節へのねじれ
日本の生活様式では床に座ることが多いですが、座り方によっては股関節に強烈なねじれの力を加えてしまいます。
特に「横座り(お姉さん座り)」や「アヒル座り(ぺちゃんこ座り)」は、大腿骨を極端に内側に捻る動作を伴うため、関節包や靭帯を引き伸ばし、関節の安定性を損ないます。
また、足を組んで椅子に座る癖も、骨盤を傾け、片側の股関節だけに体重を乗せることになります。
常に同じ側で足を組んでいる場合、すでに骨盤のゆがみや筋肉の左右差が生じている可能性が高いです。
荷物の持ち方と重心の偏り
通勤や買い物で持つバッグの種類や持ち方も重要です。
常に同じ側の肩にショルダーバッグをかけていたり、重い荷物を片手だけで持っていたりすると、体はバランスを取ろうとして無意識に反対側へ傾きます。
この傾きを支えるために、股関節周りの筋肉(中殿筋など)は常に緊張状態を強いられます。筋肉が硬くなると関節への衝撃吸収能力が落ち、骨への負担が増します。
リュックサックを利用して左右均等に荷重するか、手持ちの場合は頻繁に左右を持ち替える意識を持つことが、股関節を守る第一歩です。
見直すべき日常の動作習慣
- 椅子に座るたびに無意識に足を組んでしまう
- 床座りの際に横座りやアヒル座りを長時間続ける
- 常に同じ側の肩に重いバッグをかけている
- 立っている時に片足に重心を乗せる「休めの姿勢」をとる
- かかとが高く不安定な靴を頻繁に履いている
歩き方と靴の影響
ヒールの高い靴や底の硬い靴は、地面からの着地衝撃を吸収しきれず、その衝撃を股関節までダイレクトに伝えてしまいます。
また、痛みがあるとかばうような歩き方(逃避性跛行)になり、膝が曲がったまま歩いたり、体を左右に揺らして歩いたりするようになります。
このような歩行は、本来使われるべきお尻の筋肉を使わず、太ももの外側や前側の筋肉ばかりを酷使するため、関節への圧力を高める悪循環を生みます。
痛みがなくても、靴底の減り方が左右で極端に違う場合は、歩行バランスが崩れているサインです。
腰痛や他部位からの関連痛
股関節部分に痛みを感じていても、その原因が実は股関節自体にはなく、腰の神経圧迫や内臓疾患からくる「関連痛」であるケースも珍しくありません。
人間の神経ネットワークは複雑で、痛みの信号が脳に伝わる過程で、発生源とは違う場所が痛いと錯覚することがあります。
特に腰と股関節は神経の支配領域が重なっている部分が多く、鑑別が難しい領域です。股関節の精密検査をしても異常がない場合は、視野を広げて他の部位を疑う必要があります。
腰椎疾患による神経症状
腰椎椎間板ヘルニアや腰部脊柱管狭窄症といった背骨の病気では、足へ向かう神経が腰の部分で圧迫されます。
この神経の走行に沿って、お尻や太もも、鼠径部に痛みやしびれが出ることがあります。これを坐骨神経痛や大腿神経痛と呼びます。
特徴としては、股関節を動かしても痛みの強さがあまり変わらず、むしろ腰を前屈させたり反らせたりした時に痛みが再現されることが多いです。
また、痛みだけでなく「しびれ」や「感覚の鈍さ」を伴う場合は、関節そのものよりも神経のトラブルである可能性が高まります。
股関節由来と腰由来の痛みの見分け方
| チェック項目 | 股関節由来の可能性が高い | 腰由来の可能性が高い |
|---|---|---|
| 痛む動作 | 靴下の着脱、あぐら、歩行時の着地 | 長時間立つ、前かがみ、腰を反る |
| 可動域 | あぐらがかきにくい、足が開かない | 股関節の動き自体はスムーズ |
| 随伴症状 | 鼠径部(コマネチライン)の痛み | お尻から足先にかけてのしびれ |
鼠径ヘルニアや婦人科系疾患
いわゆる「脱腸」と呼ばれる鼠径ヘルニアも、足の付け根に膨らみと痛みを引き起こします。
腸が腹壁の隙間から皮膚の下に出てくる病気で、立ったりお腹に力を入れたりすると膨らみ、寝ると戻るのが典型的です。
また、女性の場合は子宮筋腫や卵巣嚢腫などの婦人科系の病気や、リンパ節の炎症が股関節周辺の痛みとして感じられることがあります。
痛みの場所が股関節の奥深いところなのか、表面的なのか、あるいは周期的なものなのかを観察し、整形外科的なアプローチで改善が見られない場合は、内科や婦人科の受診を検討することも大切です。
筋肉の付着部炎
関節の中ではなく、関節を動かす筋肉の腱が骨にくっつく部分で炎症が起きることもあります。
例えば、長内転筋などの内ももの筋肉の付け根や、大腿直筋という太もも前の筋肉の付け根です。これらはスポーツによる使いすぎや、柔軟性の低下によって引き起こされます。
この場合、レントゲンで骨に異常は見られず、特定の筋肉をストレッチしたり力を入れたりした時に痛みが走ります。
このタイプの痛みは、適切な休養とストレッチ、理学療法によって比較的良好に回復します。
性別や年齢による発症傾向
股関節のトラブルは、骨盤の形状やホルモンバランス、生活環境の違いにより、性別や年代で発症のリスクや原因となる疾患の傾向が大きく異なります。
一般的に女性は男性に比べて骨盤が広く、股関節にかかる力学的負荷が不利に働きやすい構造をしています。
また、ライフステージごとの身体の変化も関節の状態に影響を与えます。自分自身がどのリスク群に属しているかを知ることは、適切な予防策を講じる上で非常に有益です。
女性に多い理由とホルモンの影響
変形性股関節症の患者の8割以上は女性と言われています。これには「臼蓋形成不全」が女性に多いという先天的な理由に加え、女性ホルモンの影響が関係しています。
女性ホルモン(エストロゲン)には、骨や軟骨の健康を保つ働きがありますが、更年期を迎えてこの分泌が急激に減少すると、骨密度が低下し、軟骨の質も変化してもろくなります。
また、出産時には骨盤を開くために靭帯を緩めるホルモンが分泌されますが、産後のケアが不十分だと骨盤の不安定性が残り、将来的な股関節痛のリスクを高める要因となります。
年代・性別ごとのリスク要因
- 40代以降の女性:ホルモン減少による軟骨・骨の脆弱化
- 臼蓋形成不全の既往がある人:加齢に伴う二次性関節症の発症
- 肥満傾向の中高年男性:体重負荷による物理的な関節破壊
- スポーツ活動が盛んな若年層:オーバーユースやFAIによる損傷
- 骨粗鬆症のある高齢者:微細な骨折や急速な変形の進行
加齢による筋肉量の減少
年齢とともに筋肉量が減っていく現象をサルコペニアと呼びますが、股関節を守るための筋肉(特に中殿筋や大殿筋)が衰えると、歩行時の衝撃を筋肉で吸収できなくなり、骨や軟骨への負担が激増します。
高齢者の場合、単に関節が悪いだけでなく、この筋力低下が痛みを増幅させているケースが多々あります。
逆に言えば、高齢であっても適切なトレーニングで筋肉を維持・強化できれば、関節の変形があっても痛みをコントロールし、自立した生活を送ることが十分に可能です。
小児期や成長期の股関節痛
子供が股関節の痛みを訴える場合、大人とは異なる疾患を疑う必要があります。
例えば、単純性股関節炎は風邪などの後に一時的に股関節に水が溜まる病気で、安静にしていれば治ることが多いです。
しかし、ペルテス病(大腿骨頭への血流障害)や大腿骨頭すべり症といった、成長に影響を及ぼす重大な疾患が隠れていることもあります。
子供は痛みを正確に表現できないこともあるため、「膝が痛い」と言っていても実は股関節が原因だったということもあります。
子供の歩き方がおかしい場合は、様子を見すぎずに専門医に相談することが大切です。
効果的な予防とセルフケア(運動編)
股関節の痛みを予防し、進行を食い止めるために最も効果的で科学的根拠がある方法は、関節周囲の筋力を強化し、柔軟性を保つための継続的な運動習慣です。
薬や湿布は一時的な痛みの緩和には役立ちますが、関節を支える機能そのものを改善することはできません。
自分の筋肉を天然のコルセットとして鍛え上げることで、関節への負担を減らすことができます。
ただし、痛みが強い時期に無理に動かすと逆効果になることもあるため、痛みのない範囲で行うことが鉄則です。
中殿筋を鍛えて安定性を高める
歩く時に骨盤が左右にブレないように支えているのが、お尻の横にある中殿筋です。この筋肉が弱いと、一歩ごとに骨盤が傾き、股関節にせん断力(ずれる力)がかかってしまいます。
中殿筋を鍛える代表的な運動に、横向きに寝て上の足を天井に向かって持ち上げる「アブダクション」があります。
反動を使わずにゆっくりと行い、お尻の横がじわじわと熱くなるのを感じることがポイントです。テレビを見ながらでもできる運動ですので、毎日の習慣にすることをおすすめします。
推奨される運動とその効果
| 運動の種類 | 具体的な方法 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 貧乏ゆすり(ジグリング) | 座った状態で小刻みに踵を上げ下げする | 関節液の循環を促し軟骨に栄養を送る |
| 水中ウォーキング | プールの中で前歩き、横歩きをする | 浮力で負荷を減らしつつ筋力強化 |
| お尻上げ運動 | 仰向けで膝を立て、お尻を持ち上げる | 大殿筋を鍛え、直立姿勢を安定させる |
可動域を維持するストレッチ
股関節周りの筋肉、特に腸腰筋(太ももの付け根の奥にある筋肉)やハムストリングス(太ももの裏側)が硬くなると、骨盤の動きが悪くなり、股関節への圧力が強まります。
お風呂上がりなど体が温まっている時に、気持ちいいと感じる程度にゆっくりとストレッチを行うことが有効です。
例えば、仰向けに寝て片方の膝を胸に抱え込むストレッチは、お尻の筋肉を伸ばすのに効果的です。
ただし、股関節を無理に開いたり、痛みを我慢してグイグイ押したりするようなストレッチは、逆に関節を傷める原因になるので避けてください。
水中運動のメリット
すでに痛みがある人や肥満傾向の人にとって、陸上での運動は関節への負担が大きく、痛みを悪化させるリスクがあります。そこでおすすめなのがプールでの運動です。
水の中では浮力が働き、体重による股関節への負荷が陸上の数分の一から十分の一程度まで軽減されます。その一方で、水の抵抗があるため、効率的に筋力を鍛えることができます。
泳げなくても、水中を大股で歩くだけで十分な運動効果が得られます。関節に優しく、全身の血流もよくなる結果、理想的なリハビリテーション方法と言えます。
日常生活での予防と環境整備
運動と並んで重要なのが、日常生活における股関節への負担を物理的に減らす工夫と、体重コントロールです。私たちは一日の大半を「動く」か「座る」かして過ごしています。
この生活環境そのものを見直すことで、関節の寿命を延ばすことができます。特に「体重」は、歩行時の衝撃に直結する最大の要因です。
1kg体重が増えると、歩行時の股関節への負担は3kgから4kg増えると言われています。逆に言えば、1kg減らすだけで関節への負担を数kg分減らすことができるのです。
適正体重の維持と食事
股関節にかかる負担を減らすための最も確実な方法は減量です。BMI(体格指数)が高い人は、そうでない人に比べて変形性股関節症の発症リスクが高いことが分かっています。
急激なダイエットは筋肉量まで落としてしまうため、バランスの取れた食事と適度な運動で、月に1kg程度の緩やかな減量を目指すことが大切です。
また、骨や軟骨の健康を維持するために、カルシウム、ビタミンD、タンパク質を積極的に摂取することも意識してください。
これらは骨粗鬆症の予防にもなり、骨折による寝たきりリスクも低減させます。
生活様式の見直しリスト
- 和式トイレを洋式トイレに変更し、深くしゃがむ動作を避ける
- 低い椅子やソファーを避け、膝や股関節が90度以上曲がらない高さの椅子を使う
- 布団ではなくベッドを使用し、起き上がりの負担を減らす
- 長時間歩く時は、杖(トレッキングポールなど)を使用して荷重を分散する
- 重い荷物はキャリーバッグやカートを利用して運ぶ
靴選びとインソールの活用
足元の環境を整えることも非常に重要です。クッション性が高く、かかとがしっかり固定されるスニーカーやウォーキングシューズを選んでください。
靴底が薄すぎる靴や、脱げやすいサンダルは足に余計な力が入り、股関節への衝撃吸収を妨げます。
また、すでに脚の長さに左右差がある場合や、偏平足がある場合は、靴の中にインソール(中敷き)を入れることで補正が可能です。
足の裏からの突き上げをマイルドにし、骨盤の傾きを調整することで、歩行時の股関節痛が驚くほど楽になることがあります。
「冷やさない」ことの重要性
寒さや冷えは血管を収縮させ、血流を悪くして痛みに敏感にさせます。
また、筋肉も硬くなり、関節の動きを悪くします。夏場でもエアコンの風が直接当たらないようにひざ掛けを使ったり、冬場は保温性の高い下着を着用したりして、股関節周りを常に温かく保つことが大切です。
入浴はシャワーだけで済ませず、湯船に浸かって芯から温まることで、筋肉の緊張がほぐれ、痛みの緩和とリラックス効果が得られます。
ただし、急性の炎症で熱を持っている場合に限り、一時的に冷やすことが有効な場合もあります。
よくある質問
急に股関節が痛くなった時の応急処置はどうすればよいですか?
痛みが強い場合は、まずは無理に動かさず、一番楽な姿勢で安静にしてください。
炎症が強く熱を持っているようなズキズキする痛みであれば、氷嚢などで15分程度冷やすと落ち着くことがあります。
逆に、慢性的な重だるい痛みやこわばりの場合は、温めることで血行が良くなり楽になることが多いです。
数日安静にしても痛みが引かない、あるいは足がつけないほどの痛みがある場合は、早急に整形外科を受診してください。
股関節に良い食べ物やサプリメントはありますか?
軟骨の成分であるグルコサミンやコンドロイチンなどのサプリメントは多く市販されていますが、摂取した成分がそのまま股関節の軟骨になるとは限らず、医学的な効果は個人差が大きいのが現状です。
サプリメントに頼りすぎず、骨を強くするカルシウム、カルシウムの吸収を助けるビタミンD、筋肉の材料となるタンパク質を毎日の食事からバランスよく摂ることが基本であり最も重要です。
変形性股関節症と診断されたら手術しか方法はないのでしょうか?
診断されたからといって、すぐに手術が必要なわけではありません。
初期や進行期の段階では、保存療法(運動療法、薬物療法、体重管理など)で痛みをコントロールしながら生活できるケースも多々あります。
手術は、保存療法を行っても痛みが取れず、日常生活に大きな支障が出ている場合の最終手段として検討されます。
ご自身のライフスタイルや年齢、痛みの程度を医師とよく相談して治療方針を決めていくことが大切です。
整骨院やマッサージに行っても良いですか?
筋肉の緊張をほぐすためのマッサージや施術は、一時的な痛みの緩和に有効な場合があります。しかし、股関節の変形そのものを手技で治すことはできません。
また、強い力で関節を矯正したり、無理に可動域を広げたりするような施術は、炎症を悪化させるリスクもあります。
まずは整形外科で正確な診断を受け、医師に相談した上で、補助的なケアとして利用するのが安全です。
以上
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