股関節の炎症性疾患における症状と治療選択
股関節に痛みや違和感を覚えたとき、それが一時的な疲れなのか、治療が必要な病気なのかを判断することは容易ではありません。
特に「炎症」が関わる疾患は、放置すると関節の破壊が進み、将来的な歩行機能に大きな影響を及ぼす可能性があります。
しかし、正しく病態を知り、適切な時期に医療機関を受診することで、痛みをコントロールし、普段通りの生活を守ることができます。
この記事では、股関節で起こる炎症の正体から、具体的な疾患の種類、そして保存療法から手術に至るまでの選択肢を網羅的に解説します。
目次
股関節の炎症とは何か
股関節における炎症は、組織の損傷や異変に対して身体が防御反応を示すことで生じ、主な原因を特定することが治療の第一歩となります。
股関節は人体の中で最も大きな関節の一つであり、体重を支えながら歩く、走る、座るといった基本的な動作をすべて担っています。
この関節は、大腿骨の先端にある球状の「骨頭」と、それを受け止める骨盤側のくぼみである「寛骨臼」から成り立ち、その表面は滑らかな軟骨で覆われています。
さらに、関節全体は関節包という袋に包まれ、その内側には滑膜が存在します。
炎症とは、何らかの刺激に対して生体組織が反応し、防御しようとする働きです。股関節において炎症が起こると、滑膜が厚くなったり、関節液が過剰に分泌されて水がたまったりします。
これが内圧を高め、強い痛みや腫れを引き起こします。原因は細菌感染、自己免疫の異常、あるいは長年の使用による摩耗など多岐にわたります。
炎症が持続すると、軟骨の変性や骨の破壊が進行します。初期段階では安静にすることで痛みが治まることもありますが、炎症の根本原因を取り除かない限り、再発を繰り返す傾向があります。
そのため、単なる「痛み」として処理せず、「炎症のサイン」として捉え、早期に対処することが重要です。
滑膜炎と関節破壊の関係
関節包の内側にある滑膜は、通常、関節の動きを滑らかにする滑液を分泌しています。
しかし、ここで炎症(滑膜炎)が起きると、滑膜自体が増殖し、炎症性サイトカインという物質を放出します。この物質が軟骨を溶かし、骨を侵食し始めます。
つまり、滑膜炎をコントロールすることが、関節破壊を食い止めるための鍵となります。
健康な股関節と炎症を起こした股関節の違い
| 比較項目 | 健康な股関節 | 炎症を起こした股関節 |
|---|---|---|
| 滑膜の状態 | 薄く、適度な滑液を分泌 | 厚く腫れ上がり、充血している |
| 関節液の量 | 少量で潤滑油の役割 | 過剰に溜まり、関節内圧が上昇 |
| 軟骨の表面 | 滑らかで弾力がある | 粗造になり、すり減りが見られる |
代表的な炎症性疾患の種類
股関節に炎症を引き起こす疾患は多岐にわたり、自己免疫疾患から加齢による変化、細菌感染まで、その背景によって治療方針が大きく異なります。
股関節の痛みを引き起こす病気は一つではありません。炎症の起こり方や進行スピード、影響を受ける年齢層などが疾患ごとに異なります。
最も代表的なものは変形性股関節症ですが、炎症そのものが主体となる関節リウマチや、緊急を要する化膿性関節炎なども存在します。
これらを混同せず、どのタイプに当てはまるかを見極めることが大切です。
日本人の場合、骨格的な特徴から特定のリスクを抱えていることが多く、幼少期の発育性股関節形成不全などが背景にあるケースも少なくありません。
それぞれの疾患特性を理解することで、医師の説明をより深く理解できるようになります。
関節リウマチ
免疫の異常により、自分自身の細胞を攻撃してしまう自己免疫疾患の一つです。手足の指だけでなく、股関節にも症状が現れます。
滑膜が激しく炎症を起こし、急速に軟骨や骨が破壊されるリスクがあります。朝のこわばりや全身の倦怠感を伴うことが多いのが特徴です。
変形性股関節症
長年の使用による軟骨の摩耗や、骨盤の形成不全が主な原因です。一次的には「変性」が主体ですが、進行過程で滑膜炎を併発し、炎症による強い痛みが生じます。
日本国内で最も多い股関節疾患であり、進行すると骨棘(こつきょく)という骨のトゲが形成されます。
その他の注意すべき疾患
細菌が関節内に侵入して起こる化膿性関節炎は、急速に骨を破壊するため緊急の処置が必要です。
また、高齢者に多いリウマチ性多発筋痛症なども、股関節周辺に強い痛みと炎症を引き起こします。
主な炎症性疾患の特徴
- 関節リウマチ:全身の関節に及びやすく、安静時でも痛むことが多い。
- 変形性股関節症:動作の開始時や運動後に痛みが強くなりやすい。
- 化膿性関節炎:発熱や激痛を伴い、時間単位で症状が悪化する。
- 特発性大腿骨頭壊死症:血流障害が原因だが、潰れた骨頭が炎症を誘発する。
初期から進行期に見られる症状
痛みは鼠径部から始まり、進行すると膝やお尻にまで広がるほか、可動域の制限や安静時の持続的な不快感が現れるようになります。
股関節の炎症による症状は、初期には「違和感」程度で済むことが多く、見過ごされがちです。しかし、病状が進行するにつれて痛みは鋭くなり、日常生活の動作に支障をきたすようになります。
痛む場所も股関節そのもの(足の付け根)だけでなく、関連痛として太ももの前や膝、お尻に現れることがあるため、膝の病気と勘違いされることもあります。
症状の変化を時系列で捉えることは、病気の進行度を医師に伝える上で非常に役立ちます。「いつ」「どのような時に」「どこが」痛むのかを整理しておくと良いでしょう。
痛みの性質と広がり
初期の段階では、動き始めに痛みを感じる「始動時痛」が特徴的です。椅子から立ち上がる時や、歩き出しの一歩目にズキッとした痛みを感じます。
しばらく動いていると痛みが和らぐこともありますが、無理をすると夕方や夜間に痛みがぶり返します。
炎症が強くなると、寝ている時にも痛む「夜間痛」や「安静時痛」が現れ、睡眠が妨げられるようになります。
可動域制限と機能障害
炎症が続くと関節包が硬くなり、筋肉も委縮するため、股関節の動く範囲が狭くなります。靴下が履きにくい、足の爪が切れない、正座ができないといった具体的な不便さが生じます。
また、痛みをかばって歩くため、独自の跛行(はこう:びっこを引くこと)が見られるようになります。
病期による主な症状の推移
| 病期 | 痛みの特徴 | 日常生活への影響 |
|---|---|---|
| 初期 | 立ち上がりや歩き始めの痛み | 長時間の歩行や激しい運動後に違和感が残る |
| 進行期 | 歩行中も痛みが持続する | 靴下の着脱が困難になり、足を引きずる |
| 末期 | 安静にしていても痛む | 近所の外出も億劫になり、筋力が低下する |
診断を確定するための検査方法
画像検査による骨や軟骨の評価と、血液検査による炎症数値の確認を組み合わせることで、原因疾患を特定し適切な治療方針を決定します。
股関節の痛みを訴えて受診した場合、医師はまず問診と触診を行い、可動域や痛みの出る動きを確認します。その後、客観的なデータを集めるために各種検査を行います。
単一の検査だけで確定診断に至ることは少なく、複数の検査結果を総合的に判断することが重要です。
特に炎症性疾患の場合、骨の形だけでなく、目に見えない「炎症の程度」を数値化したり、軟部組織の状態を可視化したりする必要があります。
正確な診断が、的確な治療への近道となります。
画像検査の役割
レントゲン(単純X線)検査は基本中の基本です。骨の隙間が狭くなっていないか、骨棘などの変形がないかを確認します。しかし、初期の炎症や軟骨、滑膜の状態はレントゲンには写りません。
そこでMRI検査を用います。MRIは骨の中の浮腫(むくみ)や関節液の貯留、滑膜の増殖を鮮明に映し出すことができ、早期発見に大いに役立ちます。
CT検査は骨の形状を立体的に把握するのに優れており、手術計画を立てる際などに活用されます。
血液検査と関節液検査
血液検査では、CRP(C反応性蛋白)や赤沈(血沈)といった炎症反応を示す数値をチェックします。これらが高い場合、関節リウマチや化膿性関節炎などの疑いが強まります。
また、関節に針を刺して水を抜く関節液検査を行うこともあります。関節液の色や混濁具合、細菌の有無を調べることで、感染症かどうかを即座に判定できます。
主な検査方法と目的
| 検査の種類 | 主な目的 | 分かること |
|---|---|---|
| 単純X線 | 骨の形状確認 | 関節の隙間の広さ、骨の変形、骨棘の有無 |
| MRI | 軟部組織の評価 | 滑膜の炎症、関節液の貯留、骨髄の異常 |
| 血液検査 | 全身状態の把握 | 炎症の強さ(CRP等)、リウマチ因子の有無 |
保存療法による痛みの緩和と改善
手術以外の方法で炎症を抑え、リハビリテーションによって関節機能の維持を目指すことが、治療の基本かつ最初の選択肢となります。
診断がついたからといって、すぐに手術となるわけではありません。まずは保存療法と呼ばれる、手術を行わない治療から開始します。
多くの炎症性疾患は、適切な薬物療法とリハビリテーションを組み合わせることで、症状をコントロールし、生活の質を改善できます。
保存療法の目的は二つあります。一つは「今ある痛みを取り除くこと」、もう一つは「関節の機能を温存し、進行を遅らせること」です。
患者自身の主体的な取り組みが治療効果を左右するため、医師や理学療法士と協力して進めることが大切です。
薬物療法のアプローチ
痛みと炎症を抑えるために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)が広く処方されます。湿布や塗り薬などの外用薬も補助的に使用します。
痛みが強く日常生活が困難な場合は、関節内にステロイド薬やヒアルロン酸を注射することもあります。
特にステロイド注射は強力な抗炎症作用を持ちますが、頻繁に行うと副作用のリスクがあるため、回数や間隔には慎重な判断が必要です。
関節リウマチの場合は、生物学的製剤などの専門的な薬を使用し、免疫異常そのものに働きかけます。
運動療法と生活指導
痛いからといって動かさないでいると、関節はさらに硬くなり、筋力も衰えてしまいます。
理学療法士の指導のもと、股関節周りの筋肉(中殿筋や腸腰筋など)を強化し、関節への負担を減らすトレーニングを行います。
また、プールでの水中ウォーキングは浮力を利用できるため、関節に負担をかけずに運動できる優れた方法です。
保存療法の主な手段
- 内服薬:消炎鎮痛剤で痛みと炎症のサイクルを断ち切る。
- 関節内注射:患部に直接薬剤を届け、速やかに炎症を鎮める。
- 理学療法:ストレッチと筋力トレーニングで関節を安定させる。
- 物理療法:温熱療法などで血流を良くし、痛みを緩和する。
手術療法が必要となるタイミング
保存療法を行っても十分な効果が得られず、痛みによって日常生活や社会活動が著しく制限される場合に、手術による根本的な解決を検討します。
保存療法を続けても痛みが改善しない場合や、関節の破壊が進んで歩行が困難になった場合は、手術療法が視野に入ります。
手術は決して「最終手段としての諦め」ではなく、「活動的な生活を取り戻すための積極的な選択」です。
手術のタイミングは、レントゲン上の変形の度合いだけでなく、患者本人の「困り度合い」が重要な指標になります。
「旅行に行きたい」「仕事を続けたい」といった希望と、現在の症状を天秤にかけ、医師と相談して決定します。近年は手術技術や人工関節の性能が向上し、長期的な成績も安定しています。
骨切り術(こつきりじゅつ)
自分の骨を活かす手術法です。骨盤や大腿骨の一部を切り、角度を変えて固定することで、関節の接触面を増やし、負荷を分散させます。
比較的若年で、軟骨がある程度残っている場合に適応となります。自分の関節を残せるメリットがありますが、リハビリ期間は比較的長くかかります。
人工股関節置換術(THA)
傷んだ関節を取り除き、金属やセラミック、ポリエチレンでできた人工の関節に置き換える手術です。除痛効果が非常に高く、術後早期から歩行が可能になります。
高齢者や関節破壊が進行したケースで第一選択となります。近年では低侵襲手術(MIS)が普及し、筋肉へのダメージを最小限に抑えることで、早期退院が可能になっています。
主な術式と適応の目安
| 術式 | 主な対象 | 特徴 |
|---|---|---|
| 骨切り術 | 若年~中年層・初期~進行期 | 自分の骨を温存できるが、回復に時間を要する |
| 人工股関節置換術 | 高齢者・末期変形・リウマチ | 痛みが劇的に改善し、早期社会復帰が可能 |
| 股関節鏡視下手術 | 関節唇損傷・インピンジメント | 小さな傷で行う内視鏡手術。適応は限られる |
日常生活で注意すべき動作と工夫
股関節にかかる負荷を物理的に減らす工夫と、体重管理を徹底することで、痛みの悪化を防ぎ、治療効果を最大限に高めることができます。
どのような治療を受けていても、日常生活での自己管理は必要です。股関節には歩行時に体重の約3倍、階段昇降時には数倍の力がかかると言われています。
この負荷を少しでも減らす工夫を生活に取り入れることが、関節を守ることにつながります。
「股関節に優しい生活」を習慣化することは、決して難しいことではありません。道具を使ったり、動作のパターンを少し変えたりするだけで、驚くほど楽に過ごせるようになります。
杖の使用と荷物の持ち方
杖(ステッキ)は、股関節への負担を劇的に減らす強力な味方です。痛い側と反対の手で杖を持つことで、テコの原理が働き、股関節にかかる荷重を大幅に軽減できます。
恥ずかしがらずに積極的に使用することをお勧めします。また、重い荷物はキャリーバッグを利用するか、リュックサックで背負うようにし、手で提げる動作は避けましょう。
住環境と姿勢の改善
和式生活よりも洋式生活の方が股関節への負担は少なくなります。布団ではなくベッドを使用し、トイレも洋式を選びます。
椅子に座る際は、股関節が膝より低くならないよう、座面の高い椅子やクッションを活用してください。
深くしゃがみ込む動作や、重いものを床から持ち上げる動作は、股関節に強い圧力をかけるため、できるだけ避けるように工夫します。
そして、何より重要なのが体重コントロールです。体重が1kg増えると、股関節への負担は数kg分増大します。適正体重を維持することは、最も効果的な「治療」の一つです。
股関節を守る生活のポイント
| 場面 | 推奨される行動(〇) | 避けるべき行動(×) |
|---|---|---|
| 座り方 | 座面の高い椅子、貧乏ゆすり(ジグリング) | 正座、横座り、低いソファに沈み込む |
| 移動 | 杖の使用、エレベーター・エスカレーター | 重い荷物を持っての長距離歩行、階段 |
| 家事 | 柄の長い掃除道具を使う、椅子に座って調理 | 雑巾がけ、低い位置での草むしり |
Q&A
股関節の症状に関して、患者様から頻繁に寄せられる疑問点について、医学的な観点から簡潔に解説します。
股関節の炎症は自然に治りますか?
一時的な過労による軽い炎症であれば、安静にすることで症状が治まる可能性はあります。
しかし、変形性股関節症や関節リウマチなどの疾患が背景にある場合、自然治癒することは極めて稀です。
放置すると炎症が慢性化し、関節破壊が進行するリスクが高いため、自己判断せず医療機関で検査を受けることが重要です。
運動はしたほうが良いのでしょうか?
炎症が強く、熱感や激痛がある急性期は安静が必要です。
しかし、痛みが落ち着いている時期に過度に安静にしすぎると、筋力が低下し、かえって関節への負担が増してしまいます。
医師や理学療法士の指導のもと、関節に負担をかけすぎない適切な運動(水中ウォーキングや寝た状態での筋トレなど)を継続することが大切です。
温めるべきですか、冷やすべきですか?
原則として、急に痛みが強くなり、患部が熱を持っているような急性炎症の時期は「冷やす(アイシング)」ことが有効です。
一方で、慢性の痛みや、朝のこわばり、筋肉の緊張が強い場合は「温める」ことで血流が改善し、症状が緩和されることが多いです。
入浴後に楽になるようであれば、温めることが適しています。
サプリメントは効果がありますか?
グルコサミンやコンドロイチンなどのサプリメントが市販されていますが、これらを摂取することで軟骨が再生したり、変形が治ったりするという明確な医学的エビデンス(証拠)は現時点では確立されていません。
あくまで補助的な食品として捉え、治療の代わりにはならないことを理解しておく必要があります。
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