股関節の可動域が狭いときの原因と治療方針
股関節の動きが悪くなり、靴下が履きにくい、足が開かないといった症状が現れる場合、その背後には骨の変形や軟部組織の硬化など、明確な原因が存在します。
放置すると腰や膝への負担が増大し、日常生活の質を大きく低下させる要因となります。
本記事では、可動域制限が生じる医学的な理由から、保存療法や手術療法といった具体的な解決策までを網羅的に解説します。
自身の状態を正しく理解し、適切な医療介入やセルフケアを行うことで、痛みの緩和と機能の維持を目指すことは十分に可能です。
目次
股関節の可動域制限が起こる主要な理由と病態
股関節の動きが制限される背景には、骨がぶつかり合う物理的な要因と、筋肉や関節包が硬くなる軟部組織の要因が複雑に関係しており、これらが合わさって症状を形成します。
骨や軟骨の変形による物理的な制限
股関節の可動域が狭くなる最も根本的な原因の一つは、関節自体の形状変化です。長年の使用や疾患によって関節軟骨が摩耗すると、骨同士が直接ぶつかり合うようになります。
生体は防御反応として、すり減った部分を補おうと骨棘(こつきょく)と呼ばれる余分な骨の突起を形成します。
この骨棘が本来スムーズに動くはずの関節の隙間を埋めてしまい、大腿骨を動かそうとした際に骨盤側の骨と物理的に衝突することで動きが止まります。
さらに、大腿骨頭が球形を保てなくなり、扁平化したり崩れたりすることも可動域制限の大きな要因です。
ボールとソケットの関係にある股関節において、ボールがいびつな形になれば、ソケットの中で滑らかに回転することができません。
このような骨性の変化による可動域制限は、リハビリテーションやストレッチだけで改善することは難しく、物理的な障害を取り除くための医学的な介入が必要となるケースが大半です。
組織の変化と可動域への影響比較
| 原因となる組織 | 主な状態変化 | 可動域への影響度 |
|---|---|---|
| 骨・軟骨 | 骨棘形成、変形、摩耗 | 物理的に骨が衝突し、特定の角度以上は全く動かなくなる(ハードエンドフィール)。 |
| 関節包・靭帯 | 肥厚、癒着、短縮 | ゴムが引っ張られるような抵抗感があり、動き全体が硬くなる。 |
| 筋肉 | 過緊張、短縮、スパズム | 動かした際に突っ張り感や痛みを伴い、徐々に動きが狭くなる。 |
関節包や靭帯の拘縮による動きの悪さ
骨そのものに大きな変形がなくても、関節を包み込んでいる組織の変化によって可動域が狭くなることがあります。
股関節は「関節包」という袋状の組織に覆われており、さらにその周りを強靭な靭帯が補強しています。
炎症が長く続いたり、痛みのために動かさない期間が長引いたりすると、これらの組織が繊維化し、硬く縮こまってしまいます。これを「拘縮(こうしゅく)」と呼びます。
関節包や靭帯は本来、柔軟性に富み、関節の動きに合わせて伸縮する性質を持っています。しかし、拘縮が起こると、まるで縮んだ服を着ているかのように、関節の動きを強く制限します。
特に股関節の前側や内側の組織が硬くなると、脚を後ろに伸ばしたり、外側に開いたりする動作が著しく困難になります。
このタイプの制限は、適切な理学療法を行うことで、ある程度の改善が見込める領域です。
筋肉の緊張と短縮が及ぼす影響
股関節の動きを制御している筋肉の状態も、可動域に深く関与します。股関節には多くの筋肉が付着しており、これらが協調して働くことで脚を動かしています。
しかし、痛みがあると人間は無意識に体に力を入れ、患部を守ろうとします。この防御性収縮が常態化すると、筋肉は常に緊張した状態となり、徐々に柔軟性を失って短縮します。
内側に引き寄せる内転筋群などが硬くなると、股関節を伸ばしたり開いたりする動作が制限されます。
筋肉が原因である場合、その筋肉自体が痛みを発するトリガーポイントとなることも多く、可動域制限と痛みの悪循環を形成します。
筋肉の短縮は骨の変形とは異なり、可逆的な変化であるため、ストレッチやマッサージなどのアプローチが有効に作用します。
可動域が狭くなる代表的な股関節疾患
可動域制限を引き起こす主な疾患は、進行のスピードや制限される動作の特徴がそれぞれ異なり、変形性股関節症や大腿骨頭壊死症などが代表的です。
変形性股関節症の進行と可動域の変化
日本国内で最も多い股関節疾患が変形性股関節症です。
初期段階では、朝起きたときや動き始めに違和感を覚える程度ですが、進行するにつれて関節軟骨の摩耗が進み、関節の隙間が狭くなっていきます。
この疾患の特徴は、時間をかけて徐々に可動域が狭くなっていく点です。
特に制限されやすいのは、股関節を内側に捻る「内旋」や、外側に開く「外転」、脚を後ろに引く「伸展」の動きです。
病期が進行期から末期に至ると、あらゆる方向への動きが制限され、最終的には拘縮によって特定の角度で固まってしまうこともあります。
痛みから逃れるために、股関節を軽く曲げて外に開いた状態で歩くようになるのも、この疾患特有の代償動作です。
疾患別の可動域制限の特徴
| 疾患名 | 好発年齢層 | 特徴的な可動域制限 |
|---|---|---|
| 変形性股関節症 | 40代〜高齢者 | 徐々に内旋、外転、伸展が悪化。最終的に全方向へ制限。 |
| 大腿骨頭壊死症 | 30代〜50代 | 骨頭圧潰に伴い急激に可動域が低下。屈曲時の痛みが強い。 |
| インピンジメント症候群 | 10代〜40代 | 深く曲げた際や内側に捻った際の詰まり感と制限。 |
特発性大腿骨頭壊死症における特徴
大腿骨頭への血流が途絶え、骨組織が壊死してしまう疾患です。
ステロイド薬の大量投与やアルコールの多飲に関連して発症することが多いとされていますが、はっきりとした原因が特定できない場合もあります。
初期にはX線での変化が見られず、痛みだけが先行することがあります。
壊死した部分が潰れて(圧潰して)しまうと、急激に股関節の適合性が悪くなり、強い痛みとともに可動域制限が出現します。
変形性股関節症と比較すると、発症から可動域制限に至るまでの期間が比較的短く、痛みの程度も強い傾向があります。
骨頭の圧潰が進むと、脚の長さが短くなったように感じたり、歩行時に大きく体が揺れたりするようになります。
股関節インピンジメント症候群の病態
股関節インピンジメント症候群(FAI)は、大腿骨と骨盤の骨が構造的にぶつかりやすくなっている状態を指します。
骨の形状によって、大腿骨側の出っ張りが原因の場合(カム型)と、骨盤側の被りが深すぎることが原因の場合(ピンサー型)、およびその混合型があります。
この疾患では、深くしゃがみ込んだり、脚を内側に捻ったりした際に、骨同士やその間にある関節唇が挟み込まれて痛みや動きの制限が生じます。
若年層やスポーツ愛好家にも見られることが特徴で、放置すると将来的に変形性股関節症へ移行するリスクがあります。
可動域全体が狭くなるというよりは、特定の角度で「詰まる感じ」や鋭い痛みを訴えることが一般的です。
関節リウマチや炎症性疾患の影響
関節リウマチは、免疫の異常により自身の関節を攻撃してしまう全身性の疾患です。股関節に炎症が起こると、滑膜が増殖し、軟骨や骨を破壊していきます。
リウマチによる股関節障害の特徴は、炎症が強いために関節全体が腫れぼったくなり、痛みと共にあらゆる方向への可動域制限が早期から現れることです。
そのほか、強直性脊椎炎などの炎症性疾患でも、股関節が侵されることがあります。
これらの疾患では、炎症が治まった後に骨同士が癒合してしまい、関節が完全に動かなくなる「強直」という状態に至ることもあります。
薬物療法で炎症をコントロールすることが重要ですが、一度破壊された関節機能を取り戻すためには手術が必要になることが多いです。
日常生活で気づく可動域制限のサイン
靴下の着脱困難や歩行時の違和感など、日々の何気ない動作の中に可動域低下の兆候は隠れています。
靴下の着脱や爪切りが困難になる
股関節の機能低下を最も自覚しやすいのが、足先に手が届きにくくなる動作です。
靴下を履く、足の爪を切る、あるいは和式トイレを使用するといった動作には、股関節を深く曲げ(屈曲)、さらに外側に開く(外旋)という複合的な動きが必要です。
可動域が狭くなると、股関節だけでこれらの動作を行うことができなくなります。その結果、背中や腰を過剰に丸めて代償しようとします。
靴下を履くたびに息が切れるほど苦労したり、足の爪を切る際に誰かの手助けが必要になったりする場合、股関節の屈曲および外旋可動域が著しく低下している証拠です。
これは生活の自立度に関わる重要なサインと言えます。
あぐらや正座ができなくなる
床での生活において、座り方の変化も重要な指標です。
あぐらをかくためには股関節を外側に大きく開く(外転・外旋)必要がありますが、可動域制限がある側の膝は床につかず、高く浮いた状態になります。
無理に膝を押し下げようとすると股関節の付け根に痛みを感じることがあります。
また、正座をする際には股関節を深く折りたたむ必要がありますが、可動域が狭いと完全にお尻を踵につけることができなくなります。
これを回避するために、横座り(お姉さん座り)や長座(足を前に投げ出す座り方)を好むようになります。
和室での生活が中心の人にとっては、立ち座りの動作自体が大きな負担となり、生活様式の変更を迫られるきっかけとなります。
日常生活に現れる具体的な制限サイン
- 足の爪を切る際、不自然な姿勢をとらなければならない。
- 靴下を履くのに時間がかかり、毎朝ストレスを感じる。
- あぐらをかくと、悪いほうの膝が高く浮いてしまう。
- 正座ができなくなり、椅子中心の生活を好むようになった。
- ズボンやスカートを履くとき、片足立ちでバランスが取れない。
- 車や自転車の乗り降りの際、脚が上がらず引っかかることがある。
歩行時の歩幅減少と跛行の出現
歩いているときの感覚や他人からの指摘で気づくこともあります。股関節を後ろに引く(伸展)可動域が狭くなると、十分に地面を蹴り出すことができず、歩幅が極端に狭くなります。
ちょこちょこと小股で歩くようになり、歩行速度も低下します。
さらに、痛みや可動域制限をかばうために、上半身を左右に揺らしながら歩く「跛行(はこう)」が見られるようになります。
これは、股関節を支える中殿筋の機能不全や、脚長差(見かけ上の脚の長さの違い)によって生じます。
信号を渡りきるのが怖くなったり、長時間歩くことが億劫になったりするのは、単なる体力の衰えではなく、股関節の可動域制限による歩行効率の悪化が原因である場合が多いです。
病院で行う検査と診断の流れ
正確な原因特定のためには、レントゲンでの骨評価に加え、必要に応じてMRIや詳細な可動域測定を行い、総合的に診断を下します。
主な検査の種類と目的
| 検査項目 | 主な確認対象 | 得られる情報 |
|---|---|---|
| 単純X線(レントゲン) | 骨 | 関節裂隙(隙間)の狭小化、骨棘、骨嚢胞、骨頭の変形など、骨の構造的変化。 |
| MRI検査 | 軟部組織・骨内部 | 軟骨の摩耗具合、関節唇損傷、筋肉や腱の異常、骨髄浮腫、初期の壊死。 |
| CT検査 | 骨(3次元) | 骨の変形を3次元的に把握。手術計画を立てる際に骨の形状を精密に計測するために使用。 |
単純X線検査でわかる骨の状態
診断の基本となるのが、レントゲンとも呼ばれる単純X線検査です。この検査では、骨の形状、関節の隙間の広さ、骨棘の有無、骨の密度などを2次元の画像で評価します。
変形性股関節症であれば、関節の隙間が狭くなっている様子や、骨頭が変形している様子が明瞭に写し出されます。
X線撮影は、正面からだけでなく、脚を開いた状態など複数の角度から撮影することで、より詳細な情報を得ることができます。
多くの股関節疾患は、このX線検査によって診断がつきます。被曝量は極めて微量であり、迅速に結果が得られるため、初診時には必ず行われる検査です。
MRI検査による軟部組織の評価
X線では骨の状態はわかりますが、軟骨、関節唇、筋肉、靭帯などの柔らかい組織の状態は写りません。そこで、より詳細な評価が必要な場合にはMRI検査が行われます。
特に、大腿骨頭壊死症の極めて初期の段階や、X線では異常が見当たらない股関節痛の原因精査において、MRIは強力な力を発揮します。
関節の中に水(関節液)が溜まっているか、骨の中に出血や浮腫(むくみ)があるかといった情報も得られます。
可動域制限の原因が、骨の変形によるものなのか、あるいは軟部組織の炎症や損傷によるものなのかを鑑別するために、MRIは非常に重要です。
可動域測定と理学所見の重要性
画像検査と並んで重要なのが、医師や理学療法士が直接患者の体に触れて行う理学所見です。角度計を用いて、股関節がどの方向に何度動くのかを正確に測定します(ROM測定)。
屈曲、伸展、内転、外転、内旋、外旋の6方向を計測し、健側(悪い方ではない脚)と比較します。
そのうえで、特定の動かし方をしたときに痛みが出るかどうかを調べる誘発テストも行われます。例えば、脚を曲げて内側に倒した時に痛みが出るか(パトリックテストなど)を確認します。
これにより、画像には写らない機能的な障害や、痛みの発生源を推測します。画像所見と理学所見を突き合わせることで、初めて正確な診断と治療方針の決定が可能になります。
保存療法による可動域改善のアプローチ
手術を行わない保存療法では、薬物による疼痛管理と理学療法士による運動療法を組み合わせ、可動域の維持と拡大を目指します。
保存療法の主な手段と期待される効果
| 療法 | 具体的な手段 | 期待される効果 |
|---|---|---|
| 薬物療法 | 内服薬、湿布、関節内注射 | 炎症の沈静化、疼痛の緩和、リハビリ遂行の補助。 |
| 運動療法 | 可動域訓練、筋力増強訓練 | 関節柔軟性の向上、関節支持性の強化、正しい動作の習得。 |
| 物理療法 | 温熱、電気、超音波 | 筋緊張の緩和、血流改善、疼痛閾値の上昇。 |
薬物療法による痛みのコントロール
可動域訓練を行うためには、まず痛みがある程度コントロールされている必要があります。
痛みが強い状態で無理に動かそうとすると、防御性収縮によってかえって筋肉が硬くなってしまうからです。
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの消炎鎮痛剤を内服し、炎症と痛みを抑えます。
内服薬だけでなく、湿布などの外用薬も補助的に使用されます。また、痛みが局所的で強い場合には、関節内にヒアルロン酸やステロイドを注射することもあります。
薬物療法はあくまで対症療法ですが、痛みの悪循環を断ち切り、リハビリテーションを円滑に進めるための重要な土台作りとなります。
理学療法士による運動療法とストレッチ
保存療法の中心となるのが運動療法です。専門知識を持つ理学療法士が、患者一人ひとりの状態に合わせて徒手療法や運動指導を行います。
硬くなった関節包や筋肉を、愛護的にゆっくりと伸張させることで柔軟性を取り戻します。
可動域を広げるだけでなく、股関節を支える筋力を強化することも重要です。特に中殿筋や大腿四頭筋の筋力が向上すると、関節への負担が減り、安定性が増します。
自分の力で動かせる範囲を広げる自動運動と、理学療法士の力で動かす他動運動を組み合わせ、関節機能の改善を図ります。
温熱療法や物理療法の併用
リハビリテーションの効果を高めるために、物理療法が併用されます。温熱療法(ホットパックなど)で患部を温めることで、血行を良くし、筋肉の緊張を緩和させます。
組織は温まると伸びやすくなる性質があるため、運動療法の前に行うことが効果的です。
さらに、電気刺激療法や超音波療法などを用いて、深部の組織に働きかけ、疼痛の緩和や組織の修復を促します。
これらの物理療法単独で可動域が劇的に改善するわけではありませんが、運動療法と組み合わせることで、より効率的に治療を進めることが可能になります。
手術療法が必要となるタイミングと術式
保存療法で改善が見られず生活に支障がある場合は、人工股関節全置換術などの手術により、痛みの除去と劇的な機能回復を図ります。
- 安静にしていても痛みが強く、夜も眠れない日が続く。
- 保存療法(薬やリハビリ)を3ヶ月以上続けても改善が見られない。
- 可動域制限が強く、靴下が履けないなど日常生活動作(ADL)が著しく低下している。
- 痛みのために外出を控え、活動量が極端に減ってしまった。
- X線検査で関節の隙間が消失し、骨の変形が進行していることが確認される。
人工股関節全置換術(THA)の適応
変形性股関節症の末期や、広範囲の大腿骨頭壊死などで関節が破壊されている場合、最も確実な結果が期待できるのが人工股関節全置換術(THA)です。
傷んだ骨と軟骨を取り除き、金属やセラミック、ポリエチレンで作られた人工の関節に置き換えます。
この手術の最大のメリットは、痛みが劇的に消失することです。痛みがなくなることで、術後のリハビリテーションも進みやすく、可動域も大幅に改善します。
特に、近年では筋肉を切らずに手術を行う低侵襲手術(MIS)が普及しており、術後の回復が早く、脱臼のリスクも低減されています。
高齢者であっても、全身状態が許せば手術を受けることが可能です。
骨切り術による関節温存の可能性
比較的年齢が若く(多くは50代以下)、変形が初期〜進行期までの段階であれば、自分の関節を残す「骨切り術(こつきりじゅつ)」が選択されることがあります。
これは、骨盤や大腿骨の一部を切って角度を変え、関節の噛み合わせを良くする手術です。
自分の骨を活かせるため、将来的にスポーツや肉体労働に復帰できる可能性が高く、人工関節の耐久性を気にする必要がありません。
ただし、骨が癒合するまでに時間がかかるため、リハビリ期間が長くなる傾向があります。
可動域に関しては、骨の形を変えることで物理的なインピンジメント(衝突)を回避し、改善を図ります。
股関節鏡視下手術の役割
股関節インピンジメント症候群(FAI)や関節唇損傷など、骨の変形が軽度な場合には、内視鏡を用いた関節鏡視下手術が行われます。
皮膚に小さな穴を数箇所開け、そこからカメラと器具を挿入して処置を行います。
余分な骨の出っ張り(骨棘)を削ったり、損傷した関節唇を縫合したりすることで、痛みの原因を除去し、可動域を回復させます。
体への負担が非常に少なく、早期の社会復帰が可能です。ただし、すでに関節の軟骨が大きく摩耗している場合には適応とならないことが多いため、専門医による慎重な判断が必要です。
自分でできる可動域維持・改善のためのセルフケア
日々のストレッチや適切な運動、そして体重管理といった地道なセルフケアが、股関節の可動域を守り、痛みの悪化を防ぐ鍵となります。
股関節周りの筋肉をほぐすストレッチ
自宅で行うケアの基本はストレッチです。特にお尻の筋肉(殿筋群)や太ももの付け根(腸腰筋)、内もも(内転筋)の柔軟性を保つことが重要です。
お風呂上がりなど、体が温まっているタイミングで行うと、筋肉が伸びやすく効果的です。
ただし、痛みを我慢して強い力でグイグイと押すようなストレッチは逆効果です。
組織を傷め、防御性収縮を招く恐れがあります。「痛気持ちいい」と感じる程度で止め、呼吸を止めずにゆっくりと伸ばすことを意識してください。
例えば、仰向けに寝て片膝を胸に抱える運動や、足の裏を合わせて座り膝を揺らす運動などが有効です。
筋力を維持するための適度な運動
関節への負担を減らすためには、関節を支える筋肉の強さが必要です。痛みがない範囲での筋力トレーニングを取り入れましょう。
体重をかけずに行う運動であれば、関節への負担を最小限に抑えられます。
例えば、プールでのウォーキングは、浮力によって体重の負担が大幅に軽減されるため、陸上では痛くて歩けない人にも適した運動です。
また、横向きに寝て上の脚を持ち上げる「外転運動」は、歩行の安定に不可欠な中殿筋を効果的に鍛えることができます。
筋力がつくことで関節が安定し、結果として可動域を使った動作がスムーズになります。
日常生活での注意点と対策
| 項目 | 具体的な対策 | 注意点 |
|---|---|---|
| 体重管理 | バランスの良い食事、間食を控える。 | 急激な減量は筋力低下を招くため、月1kg程度の減量を目指す。 |
| 生活様式 | 椅子・ベッドの使用、洋式トイレへの変更。 | 座面の低い椅子は立ち上がりの負担が大きいため、高めの椅子を選ぶ。 |
| 荷物の持ち方 | リュックサックやキャリーバッグの使用。 | 片手で重い荷物を持つと、対側の股関節に強い圧力がかかるため避ける。 |
負担を減らすための体重管理と生活環境
股関節には、歩行時に体重の約3〜4倍、階段昇降時には約6〜8倍もの負荷がかかります。体重が1kg増えるだけで、股関節にはその数倍の負担が追加されることになります。
したがって、適正体重を維持することは、股関節を守るための最も基本的かつ重要なセルフケアです。
また、生活環境を見直すことも大切です。床に座る生活(和式生活)は股関節を深く曲げる必要があるため負担が大きくなります。
椅子やベッドを使用する洋式生活に切り替えることで、股関節への過度な屈曲ストレスを避けることができます。
トイレや浴室に手すりを設置することも、安全な動作を助け、関節への負担を分散させるのに役立ちます。
Q&A
患者様から頻繁に寄せられる疑問について、可動域改善の可能性や治療選択の基準を中心にお答えします。
痛みがないのに股関節の可動域が狭いのはなぜですか?
痛みを感じなくても、関節包や筋肉が硬くなる「拘縮」が起きている可能性があります。また、過去の怪我や先天的な骨の形状によって、物理的に動く範囲が制限されているケースもあります。
痛みがなくても、可動域制限が進行すると将来的に他の部位(腰や膝)に負担がかかるため、一度整形外科で骨の状態を確認することをお勧めします。
ストレッチや運動をすれば必ず可動域は広がりますか?
原因が筋肉や関節包の硬さ(軟部組織性)であれば、適切なストレッチや運動で可動域の改善が期待できます。
しかし、骨の変形や骨棘同士の衝突(骨性)が原因である場合、運動だけで可動域を広げることには限界があります。
無理に動かすと炎症を悪化させる恐れがあるため、自分の制限因子が何であるかを診断してもらうことが重要です。
治療のために整骨院と整形外科のどちらに行くべきですか?
まずは整形外科を受診してください。可動域制限の原因を特定するためには、レントゲンやMRIなどの画像診断が必要です。
整骨院(接骨院)では画像診断や投薬、手術を行うことはできません。
整形外科で診断を受け、医師の指示のもとで治療方針(リハビリが必要か、手術が必要か)を決定するのが確実なルートです。
手術をしたら正座はできるようになりますか?
人工股関節全置換術を受けた場合、一般的に正座は推奨されません。深い屈曲動作は人工関節の脱臼リスクを高めるためです(ただし、術式や機種によっては許可される場合もあります)。
骨切り術の場合は、関節の可動域が十分に回復すれば正座が可能になることもありますが、個人差が大きいため、術前に主治医と生活スタイルの希望についてよく相談することが大切です。
患部を冷やすのと温めるのではどちらが良いですか?
基本的には、慢性的な固さや重だるさがある場合は「温める」ことが有効です。温めることで血流が良くなり、筋肉や組織が柔らかくなります。
一方、急に痛みが強くなった時や、熱感・腫れがある時(炎症が強い時)は「冷やす」ことで炎症を抑えます。
お風呂に入って調子が良くなるなら温め、逆に痛むなら冷やすという判断も一つの目安になります。
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