整形外科で診る股関節の疾患|種類と特徴
股関節に痛みや違和感を抱えていませんか。
歩き始めの一歩が痛い、長時間座った後に立ち上がるとスムーズに動けない、靴下を履く動作が辛いなど、股関節の不調は日常生活のさまざまな場面で影響を及ぼします。
これらの症状は、単なる疲れや年齢のせいだと見過ごされがちですが、背景には整形外科で扱うべき疾患が隠れている可能性があります。
この記事では、股関節に起こりうる代表的な疾患の種類とその特徴について、詳しく解説します。ご自身の症状と照らし合わせながら、股関節の健康状態を理解するための一助としてください。
目次
股関節の基本構造と役割
私たちの体の中でも特に重要な関節の一つである股関節について、その構造と機能の基本を解説します。
股関節は、体重を支えながら、歩く、走る、座るといった日常の基本的な動作を可能にするための中心的な役割を担っています。
この部分の健康を維持することが、活動的な生活を送る上でいかに大切かを見ていきましょう。
骨盤と大腿骨をつなぐ球関節
股関節は、骨盤の寛骨臼(かんこつう)というお椀のような形のくぼみに、大腿骨(だいたいこつ)の先端にある球状の大腿骨頭(だいたいこっとう)がはまり込む形をしています。
この形状は「球関節」と呼ばれ、非常に広い可動域を持つことが特徴です。この構造のおかげで、脚を前後、左右、そして回すといった複雑な動きができます。
関節の表面は、衝撃を吸収し、動きを滑らかにするための軟骨で覆われています。
体重を支え、動きを生み出す
股関節の最も重要な役割は、上半身の体重を支え、それを両脚に伝えることです。
立っているだけでも股関節には大きな負荷がかかり、歩行時には体重の3倍から4倍、走行時にはさらに大きな負荷がかかるといわれています。
この強力な支持機能と、前述した広い可動域を両立させている点が、股関節の優れた点です。
関節の周りは、強靭な靭帯や多くの筋肉で補強されており、これらの組織が連携して安定性と運動性を確保しています。
股関節の主な役割
役割 | 内容 | 日常生活での動作例 |
---|---|---|
体重の支持 | 上半身の重さを支え、脚に伝える | 立つ、座る |
運動の起点 | 脚をさまざまな方向に動かす | 歩く、階段を上る |
衝撃の吸収 | 歩行や走行時の地面からの衝撃を和らげる | ジャンプ、走る |
股関節周辺の軟部組織
股関節の機能は、骨だけでなく、その周りを取り巻く軟部組織によっても支えられています。
関節を包む関節包(かんせつほう)、骨と骨をつなぐ靭帯(じんたい)、そして関節を動かすための筋肉や腱(けん)が複雑に連携しています。
また、寛骨臼の縁には股関節唇(こかんせつしん)という軟骨組織があり、関節の安定性を高める役割を果たしています。
これらの組織に何らかの問題が生じると、股関節の痛みや機能障害につながることがあります。
股関節の不調を示すサイン
股関節の疾患は、初期段階では気づきにくいことも少なくありません。しかし、体はさまざまなサインを発しています。
ここでは、股関節に何らかの問題が起きている可能性を示す代表的な症状を紹介します。これらのサインに早めに気づき、自分の体の状態を把握することが重要です。
痛みを感じる場所とタイミング
股関節の痛みの現れ方は多様です。
足の付け根(鼠径部)に痛みを感じることが最も一般的ですが、お尻や太もも、場合によっては膝に痛みを感じることもあり、股関節の問題が見逃される原因にもなります。
また、痛みが出るタイミングも重要です。動き始めに痛むのか、長時間歩いた後に痛むのか、あるいは安静にしていても痛むのかによって、考えられる疾患が異なります。
痛みの特徴から考えられること
痛みのタイミング | 主な特徴 | 考えられる状態 |
---|---|---|
動き始め(歩き始めなど) | 動作の開始時に痛み、動いているうちに和らぐ | 関節軟骨の摩耗の初期段階など |
長時間の活動後 | 長く歩いたり運動したりすると痛みが強くなる | 関節への負荷増大、炎症の可能性 |
安静時・夜間 | じっとしていても痛む、夜間に痛みで目が覚める | 炎症が強い状態、疾患の進行 |
関節の動きの制限(可動域制限)
以前は問題なくできていた動作がしにくくなるのも、股関節疾患のサインの一つです。これを可動域制限といいます。
例えば、靴下を履く、足の爪を切る、あぐらをかくといった動作が困難になります。これは、関節の変形や周囲の組織の硬化によって、股関節がスムーズに動かなくなるために起こります。
痛みと同時に、こうした動きにくさを感じていないか確認してみましょう。
歩行時の異常(跛行)
股関節に問題があると、歩き方にも変化が現れることがあります。
痛みを避けるために、無意識のうちに患部をかばうような歩き方になり、体が左右に揺れたり、足を引きずったりするように見える状態を跛行(はこう)と呼びます。
家族や友人から「歩き方がおかしい」と指摘されて、初めて自覚するケースも少なくありません。歩行の変化は、客観的に股関節の状態を判断する上での重要な手がかりとなります。
整形外科で扱う代表的な股関節疾患
股関節の痛みを引き起こす疾患は多岐にわたります。
ここでは、整形外科の診療でよく見られる代表的な股関節の疾患をいくつか紹介します。それぞれの疾患には特徴的な原因や症状があり、適切な診断と治療が必要です。
ご自身の症状がどれに近いかを知るための参考にしてください。
変形性股関節症
変形性股関節症は、股関節の疾患の中で最も頻度が高いものです。関節の軟骨がすり減ることで骨が変形し、痛みや可動域制限を引き起こします。
加齢が主な要因ですが、生まれつき股関節の形状に問題がある場合(臼蓋形成不全)に発症しやすい傾向があります。
初期は動き始めの痛みが主ですが、進行すると安静時にも痛むようになり、歩行が困難になることもあります。
大腿骨頭壊死症
大腿骨頭壊死症は、大腿骨頭への血流が悪くなることで骨の組織が壊死し、骨が潰れてしまう疾患です。
原因が特定できない特発性のものが多く、30代から50代の比較的若い世代にも発症します。ステロイド剤の多用やアルコールの多飲が関連していると考えられています。
初期は無症状のこともありますが、壊死した部分が潰れると急激な痛みが生じ、関節の機能が著しく低下します。国の指定難病の一つです。
股関節唇損傷
股関節唇は、寛骨臼の縁を取り巻く軟骨様の組織で、関節を安定させる役割を担っています。この股関節唇が、スポーツ活動や日常生活の動作の中で損傷を受けることがあります。
特に、股関節を深く曲げたり、ひねったりする動作を繰り返すことで損傷しやすいです。足の付け根の鋭い痛みや、特定の動きで「引っかかる」ような感覚が特徴的な症状です。
その他の股関節疾患
- 関節リウマチ
- 大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)
- 化膿性股関節炎
- ペルテス病(小児の疾患)
変形性股関節症の進行段階
股関節疾患の中で最も多い変形性股関節症は、時間をかけてゆっくりと進行します。その進行度合いによって症状や対処法も変わってきます。
ここでは、変形性股関節症がどのように進行していくのかを、段階的に解説します。ご自身の状態がどの段階にあるのかを把握する目安にしてください。
初期段階
初期の段階では、関節軟骨が少しすり減り始めた状態です。症状としては、立ち上がりや歩き始めなど、動作を開始するときに足の付け根に軽い痛みを感じる程度です。
少し動いていると痛みは和らぐことが多いため、単なる疲れと勘違いして見過ごしやすい時期でもあります。この段階では、レントゲン写真でも明らかな変化が見られないこともあります。
進行期
進行期に入ると、軟骨の摩耗が進み、関節の隙間が狭くなってきます。痛みの頻度が増し、長時間歩いたり、階段の上り下りをしたりすると痛みが強くなります。
また、股関節の動きも徐々に悪くなり、靴下が履きにくい、あぐらがかけないといった可動域制限が現れ始めます。
痛みをかばうことで、歩き方に変化が見られるようになるのもこの時期です。
進行段階ごとの主な症状
進行段階 | 主な症状 | レントゲンでの所見 |
---|---|---|
初期 | 動き始めの軽い痛み、違和感 | 軽微な変化、または変化なし |
進行期 | 痛みの増強、可動域制限、跛行 | 関節裂隙の狭小化、骨棘の形成 |
末期 | 安静時痛、夜間痛、著しい機能障害 | 関節裂隙の消失、骨の変形・破壊 |
末期
末期になると、関節軟骨がほとんどなくなり、骨同士が直接こすれ合うようになります。
このため、じっとしていても痛む「安静時痛」や、夜中に痛みで目が覚める「夜間痛」が現れるようになります。
股関節の動きは著しく制限され、歩行も困難になります。日常生活に大きな支障をきたし、杖などの補助具が必要になることも少なくありません。
レントゲンでは、関節の隙間が消失し、骨の変形がはっきりと確認できます。
股関節疾患の診断方法
股関節の痛みや不調の原因を正確に特定するためには、専門的な検査が必要です。
整形外科では、患者さんの症状を詳しく聞いた上で、いくつかの画像検査などを組み合わせて総合的に診断します。
ここでは、股関節疾患の診断のために行われる主な検査について解説します。
問診と身体診察
診断の第一歩は、医師による問診です。いつから、どのような時に、どこが痛むのか、日常生活で困っていることなどを詳しく伝えます。
その後、医師が股関節を動かして可動域を調べたり、痛みが出る動きを確認したりする身体診察を行います。
これにより、問題の原因となっている部位や疾患の種類をある程度推測することができます。
画像検査
問診や身体診察で得られた情報をもとに、より詳しく関節の状態を調べるために画像検査を行います。代表的なものにレントゲン検査、MRI検査、CT検査があります。
主な画像検査とその目的
検査方法 | 主な目的 | わかること |
---|---|---|
レントゲン検査 | 骨の状態を調べる | 骨の変形、関節の隙間の広さ、骨折の有無 |
MRI検査 | 軟骨や筋肉などの軟部組織を調べる | 軟骨の損傷、股関節唇損傷、大腿骨頭壊死の早期発見 |
CT検査 | 骨の立体的な構造を詳しく調べる | 複雑な骨折、骨の変形の詳細な評価 |
その他の検査
場合によっては、他の検査が必要になることもあります。例えば、関節リウマチや感染症が疑われる場合には、血液検査で炎症反応などを調べます。
また、超音波(エコー)検査を用いて、関節内の水分の貯留や、筋肉・腱の状態をリアルタイムで観察することもあります。これらの検査結果を総合的に判断し、最終的な診断を確定します。
股関節疾患の治療の選択肢
股関節疾患の治療法は、疾患の種類や進行度、患者さんの年齢や活動レベルなどを考慮して決定します。治療の目的は、痛みを和らげ、股関節の機能を改善し、生活の質を向上させることです。
ここでは、主な治療の選択肢である「保存療法」と「手術療法」について解説します。
保存療法
保存療法は、手術以外の方法で症状の改善を目指す治療法です。多くの股関節疾患では、まず保存療法から開始します。主な目的は、痛みのコントロールと疾患の進行予防です。
保存療法の主な内容
種類 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
運動療法 | 筋力トレーニング、ストレッチ、水中運動など | 関節の安定化、可動域の維持・改善 |
薬物療法 | 消炎鎮痛薬(内服薬、外用薬)、注射など | 痛みの軽減、炎症の抑制 |
生活指導 | 体重管理、杖の使用、動作の工夫など | 股関節への負担軽減 |
これらの方法を組み合わせることで、症状をコントロールし、手術を回避できる場合も少なくありません。
特に運動療法は、股関節周囲の筋力を強化して関節を安定させる上で非常に重要です。
手術療法
保存療法で十分な効果が得られない場合や、疾患が進行して日常生活に大きな支障が出ている場合には、手術療法を検討します。
手術の方法は、疾患や患者さんの状態によってさまざまです。
代表的な手術療法
- 関節鏡視下手術
- 骨切り術
- 人工股関節置換術
例えば、股関節唇損傷などには、小さなカメラを関節内に入れて行う関節鏡視下手術が選択されることがあります。
変形性股関節症が進行し、関節の変形が著しい場合には、傷んだ関節を金属やポリエチレンなどでできた人工の関節に置き換える人工股関節置換術が有効な治療法となります。
どの手術が適しているかは、専門医と十分に相談して決定することが大切です。
日常生活で股関節への負担を減らす工夫
股関節の疾患の進行を抑え、痛みを和らげるためには、治療と並行して日常生活を見直すことも大切です。
ここでは、日々の暮らしの中で股関節への負担を軽くするための具体的な工夫を紹介します。少しの心がけが、股関節の健康維持につながります。
適正体重の維持
体重が増えると、その分だけ股関節にかかる負担も増大します。特に歩行時には体重の数倍の負荷がかかるため、体重管理は非常に重要です。
バランスの取れた食事を心がけ、過度な体重増加を避けることが、股関節を長持ちさせることにつながります。もし体重が多い場合は、無理のない範囲で減量を目指しましょう。
動作の工夫
日常の何気ない動作も、やり方によっては股関節に大きな負担をかけています。少し工夫するだけで、負担を大幅に減らすことができます。
負担を減らす動作の例
場面 | 負担の大きい動作 | 負担を減らす工夫 |
---|---|---|
床からの立ち座り | 低い位置からの直接の立ち座り | 椅子や手すりを利用する |
重い物を持つ | 床から直接持ち上げる | 一度膝をついてから持ち上げる、台車を利用する |
長時間の立ち仕事 | 同じ姿勢を続ける | 時々休憩する、足台を利用する |
靴の選択と杖の使用
履物も股関節の負担に影響します。クッション性の良い、かかとが安定した靴を選ぶことで、歩行時の衝撃を和らげることができます。ハイヒールなど不安定な靴は避けましょう。
また、痛みが強い場合には、杖を使用することも有効です。痛い方の脚と反対側の手で杖を持つことで、股関節にかかる負担を約30%軽減できるといわれています。
我慢せずに補助具を上手に活用することが重要です。
よくあるご質問
ここでは、股関節の疾患に関して患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。疑問や不安の解消にお役立てください。
Q. 股関節の痛みに湿布は効果がありますか?
A. 湿布に含まれる消炎鎮痛成分が、股関節周囲の筋肉の炎症や痛みを和らげる効果は期待できます。特に、使いすぎによる一時的な痛みなどには有効な場合があります。
ただし、湿布はあくまで対症療法であり、疾患の根本的な原因を治療するものではありません。
痛みが続く場合や、だんだん強くなる場合は、自己判断で様子を見ずに整形外科を受診することをお勧めします。
Q. 股関節に良い運動と悪い運動はありますか?
A. 股関節に良い運動は、関節に過度な負担をかけずに周囲の筋力を強化できる運動です。代表的なものに、水中ウォーキングや水泳、エアロバイクなどがあります。
これらの運動は、浮力や機械の補助によって体重の負荷を減らしながら、安全に筋力アップを図ることができます。
一方、ジャンプや急な方向転換を伴うスポーツ、長距離のランニングなどは、股関節への衝撃が大きいため、症状によっては避けた方が良い場合があります。
どのような運動が適しているかは、ご自身の状態によって異なるため、医師や理学療法士に相談しましょう。
運動の選択の目安
推奨される運動 | 注意が必要な運動 |
---|---|
水中ウォーキング、水泳 | ランニング、ジャンプを伴うスポーツ |
エアロバイク | サッカー、バスケットボール |
股関節周囲の筋力トレーニング | 過度なストレッチ |
Q. サプリメントは股関節に効果がありますか?
A. グルコサミンやコンドロイチンなどのサプリメントが、関節の健康維持に役立つとして市販されています。
これらの成分は関節軟骨の構成要素であり、一部の患者さんで痛みの軽減効果が報告された研究もあります。しかし、すり減った軟骨を再生させるような医学的に明確な効果は証明されていません。
サプリメントはあくまで健康食品であり、医薬品とは異なります。使用を考える場合は、治療の基本である運動療法や生活習慣の改善を優先し、補助的なものとして捉えるのが良いでしょう。
また、服用前にかかりつけの医師に相談することをお勧めします。
以上
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