股関節の軟骨に関する疾患と予防対策の実践法
「最近、股関節の付け根に違和感がある」「立ち上がる時にズキッとする」そんな不安を感じていませんか。
股関節の痛みや違和感は、多くの場合「軟骨」の問題と関連しています。この大切な軟骨は、一度すり減ると元に戻りにくい性質を持っています。
この記事では、股関節の軟骨がなぜ重要なのか、どのような疾患があり、すり減りを防ぐために日常生活で何ができるのかを詳しく解説します。
軟骨の仕組みを理解し、今日からできる予防対策を実践することが、将来の快適な歩行を守る第一歩です。あなたの股関節の健康を維持するための情報をお届けします。
目次
股関節の軟骨が果たす重要な役割
股関節の軟骨は、骨盤の骨(寛骨臼)と太ももの骨(大腿骨頭)の表面を覆っており、衝撃を吸収するクッションの役割と、関節の動きを滑らかにする潤滑の役割を担っています。
この弾力性のある組織のおかげで、私たちは体重を支えながらスムーズに歩いたり立ったりできます。
股関節の構造と軟骨の位置
股関節は、骨盤側のお椀のような形をした「寛骨臼(かんこつきゅう)」に、太ももの骨の先端にある球状の「大腿骨頭(だいたいこっとう)」がはまり込む形をしています。
この構造は「球関節」と呼ばれ、足を前後、左右、または回すといった非常に自由度の高い動きを可能にしています。
「関節軟骨」と呼ばれる組織は、この寛骨臼と大腿骨頭、両方の骨の表面を数ミリの厚さで覆っています。
軟骨は白く滑らかで、ガラスのようにツルツルしていることから「硝子軟骨(しょうしなんこつ)」とも呼ばれます。
この滑らかな表面同士が接することで、摩擦が最小限に抑えられ、股関節は滑らかに動くことができます。
軟骨が「すり減る」とはどういう状態か
軟骨が「すり減る」とは、この滑らかだった表面が傷つき、薄くなり、最終的には剥がれて失われていく状態を指します。初期の段階では、軟骨の表面が毛羽立ち、潤滑性が低下します。
進行すると、軟骨に亀裂が入り、さらに進むと軟骨が薄くなって下の骨が露出し始めます。
末期になると、軟骨が広範囲に失われ、骨同士が直接こすれ合うようになり、強い痛みや関節の変形を引き起こします。
軟骨自体には神経が通っていないため、初期の段階では痛みを感じにくいのが特徴です。
しかし、すり減りが進行し、軟骨の下にある骨(軟骨下骨)や、関節を包む膜(滑膜)に炎症が及ぶと、痛みとして自覚されるようになります。
軟骨の主成分と再生能力
関節軟骨は、主に水分、II型コラーゲン、そしてプロテオグリカンという3つの成分で構成されています。水分が最も多く、軟骨全体の約70%〜80%を占めています。
この豊富な水分が、衝撃を吸収するクッション機能の源となっています。
II型コラーゲンは、軟骨の「骨組み」となる線維組織です。プロテオグリカンは、このコラーゲンの骨組みの隙間を埋める物質で、非常に高い保水能力を持っています。
これらが組み合わさることで、軟骨特有の弾力性と強度が生み出されます。
関節軟骨の主要成分
| 成分 | 割合(重量比) | 主な役割 |
|---|---|---|
| 水分 | 約70%〜80% | 衝撃吸収、クッション機能 |
| II型コラーゲン | 約15%〜20% | 軟骨の形態維持、骨組み |
| プロテオグリカン | 約5%〜10% | 水分の保持、弾力性の維持 |
なぜ軟骨は再生しにくいのか
股関節の軟骨が一度すり減ると再生が難しい最大の理由は、軟骨組織内に「血管」が通っていないためです。
通常の皮膚や筋肉が怪我をした場合、血管を通って酸素や栄養素が運ばれ、修復細胞が集まることで組織が再生されます。
しかし、軟骨は血管を持たず、関節液と呼ばれる関節内の液体からわずかな栄養を得ているにすぎません。
この栄養供給の乏しさのため、軟骨細胞(軟骨を構成する唯一の細胞)は非常に新陳代謝が遅く、損傷が起きても活発に分裂・増殖して修復する能力が極めて低いのです。
そのため、加齢や負荷によってすり減った軟骨は、自然に元の状態に戻ることはほとんどありません。
股関節の軟骨がすり減る主な原因
股関節の軟骨がすり減る原因は一つに特定できるものではなく、多くの場合、複数の要因が長期間にわたって組み合わさることで発症します。
加齢による自然な変化に加え、体重の負荷、骨格的な特徴、過去の怪我などが複合的に関わっています。
加齢による変化と軟骨の質の低下
年齢を重ねるとともに、体内の水分量が減少していくのと同様に、軟骨に含まれる水分量も減少していきます。
また、軟骨の弾力性を保つプロテオグリカンの質も低下し、衝撃を吸収する能力が弱まっていきます。
長年にわたって体重を支え、歩行による負荷を受け続けることで、軟骨は少しずつ摩耗していきます。これは避けられない側面もありますが、進行の速さには個人差があります。
体重増加が股関節に与える負荷
股関節は、体重を直接支える「荷重関節」です。立っているだけでも体重の負荷がかかりますが、動作によってはその数倍の力が加わります。
体重が増加すると、股関節の軟骨にかかる圧力は指数関数的に増大します。
例えば、体重が5kg増加すると、歩行時には15kg以上、階段の上り下りでは25kg以上の追加負荷が股関節にかかるとも言われています。
この過度な圧力が、軟骨のすり減りを加速させる大きな原因となります。
動作による股関節への負荷(体重比)
| 動作 | 股関節にかかる負荷(体重の約何倍か) |
|---|---|
| 立っている時 | 約0.3倍(片足の場合)〜1倍(両足) |
| 歩行時 | 約3倍〜5倍 |
| 階段昇降時 | 約4倍〜7倍 |
臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)の影響
日本人、特に女性において股関節の軟骨がすり減る原因として非常に多いのが「臼蓋形成不全」です。
これは、生まれつき、あるいは成長の過程で、骨盤側のお椀(寛骨臼)のかぶりが浅い状態を指します。通常よりも屋根が浅いため、大腿骨頭を十分に覆うことができません。
その結果、体重を支える面積が狭くなり、特定の狭い範囲の軟骨に集中的に圧力がかかってしまいます。
若い頃は筋肉が支えているため症状が出ないことも多いですが、中年期以降になると、長年の負荷の蓄積により軟骨が急速にすり減り、変形性股関節症を発症しやすくなります。
スポーツや事故による過去の外傷
若い頃のスポーツ活動(例えば、サッカー、ラグビー、柔道など)や、交通事故、転倒などで股関節に強い衝撃を受けた経験も、将来的な軟骨のすり減りに影響します。
明らかな骨折だけでなく、股関節の捻挫や打撲であっても、軟骨に微細な傷がついていることがあります。
その小さな傷が引き金となり、数年後、あるいは数十年後に軟骨の変性が進行することがあります。
特に、大腿骨頭と寛骨臼の縁が衝突する「大腿骨寛骨臼インピンジメント(FAI)」と呼ばれる状態は、スポーツ選手に多く見られ、軟骨損傷の原因となります。
股関節の軟骨に関連する代表的な疾患
股関節の軟骨がすり減ったり損傷したりすることによって引き起こされる疾患の中で、最も一般的で代表的なものが「変形性股関節症」です。
これは、軟骨の変性と摩耗が進行し、関節の変形や痛みを引き起こす状態を指します。
変形性股関節症の進行段階
変形性股関節症は、軟骨のすり減り具合や骨の変形の程度によって、いくつかの段階に分けられます。一般的には「前期」「初期」「進行期」「末期」という分類が用いられます。
レントゲン検査での所見(関節の隙間の広さや骨棘の有無)に基づいて判断されます。
変形性股関節症の進行度と主な所見
| 進行段階 | レントゲン所見 | 主な自覚症状 |
|---|---|---|
| 前期 | 軟骨は保たれているが、臼蓋形成不全などがある | 違和感、だるさ、長距離歩行後の疲労感 |
| 初期 | 関節の隙間がわずかに狭くなる、骨棘が少し見られる | 立ち上がりや歩き始めの痛み |
| 進行期 | 関節の隙間が明らかに狭くなる、骨棘が増加、骨嚢胞が見られる | 痛みが持続する、可動域制限(靴下が履きにくいなど) |
| 末期 | 関節の隙間が消失、骨同士が接触、骨の変形が著しい | 安静時痛、夜間痛、歩行が困難になる |
初期症状の見極め方
股関節の軟骨の異常は、非常にゆっくりと進行するため、初期症状は見逃されがちです。最も多い初期症状は「痛み」ですが、腰や膝の痛みと勘違いされることも少なくありません。
「なんとなく足の付け根(股関節の前側)がだるい」「長時間座った後の立ち上がりに違和感がある」「歩き始めに少し痛むが、歩いているうちに楽になる」といった症状が特徴です。
日常生活での小さなサインに気づくことが重要です。
股関節の初期症状セルフチェック
- 靴下を履く動作がやりにくくなった
- 足の爪が切りにくくなった
- あぐらをかくのがつらくなった
- 階段の上り下りで足の付け根が気になる
- 車や電車の乗り降りがスムーズにいかない
これらの動作に以前と比べて変化を感じたら、股関節の軟骨に何らかの変化が始まっている可能性があります。
進行期(中期・末期)の症状
初期の段階を過ぎ、軟骨のすり減りがさらに進むと、症状はより明確になります。進行期(中期)になると、歩き始めだけでなく、歩行中も痛みが続くようになります。
また、関節の動く範囲(可動域)が狭くなるのが特徴です。靴下を履く、爪を切る、あぐらをかくといった股関節を深く曲げる動作が困難になります。
関節の炎症が強くなると、安静にしていても痛む「安静時痛」や、夜寝ている時に痛む「夜間痛」が現れることもあります。
末期になると、軟骨がほぼ失われて骨同士が直接こすれ合うため、非常に強い痛みが生じます。歩行時には杖が必要になったり、短距離の移動も困難になったりします。
また、左右の足の長さに差が生じ(患側が短くなることが多い)、歩行時に体が大きく揺れる「跛行(はこう)」が目立つようになります。
その他の関連疾患(大腿骨頭壊死症など)
股関節の痛みの原因は変形性股関節症だけではありません。「大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)」も重要な疾患の一つです。
これは、何らかの原因で大腿骨頭への血流が途絶え、骨の組織が死んでしまう(壊死する)病気です。骨が壊死するとその部分の強度が弱くなり、体重を支えきれずに潰れて(陥没して)しまいます。
大腿骨頭が変形することで、軟骨も損傷を受け、痛みや可動域制限が引き起こされます。
アルコールの多飲やステロイド薬の大量使用と関連があることが知られていますが、原因不明の「特発性」も多くあります。
変形性股関節症と比べて、比較的若い年齢(30代〜50代)で発症することもあります。急速に症状が進行する場合があるため、注意が必要です。
軟骨の状態を知るための検査方法
股関節の軟骨の状態や関節の変形の程度を正確に評価するため、医療機関ではまず丁寧な問診と身体所見の確認を行い、その上で画像検査(レントゲンやMRI)を実施します。
これらの検査結果を総合的に判断して、現在の状態を診断します。
医療機関での問診と身体所見
診察室では、まず医師が患者さんから詳しい話を聞きます。
いつから、どのような時に、どこが痛むのか、といった症状の具体的な内容や、過去の病気や怪我、現在の職業やスポーツ歴、家族歴なども重要な情報となります。
これらの情報から、痛みの原因となっている疾患を推測します。
次に、医師が患者さんの股関節を実際に動かして、痛みの出る場所や可動域の制限の程度を確認します(身体所見)。
特定の動き(例えば、股関節を深く曲げて内側にひねる動作)で痛みが出るかどうかは、診断の大きな手がかりとなります。
また、歩き方(跛行の有無)や、左右の足の長さの違いなどもチェックします。
レントゲン(X線)検査でわかること
レントゲン検査は、股関節の診断において最も基本的で重要な画像検査です。骨の形状や状態を評価するのに優れています。
残念ながら、レントゲンでは軟骨そのものを直接映し出すことはできません。
しかし、軟骨がすり減ると、大腿骨頭と寛骨臼の骨の「隙間」(関節裂隙:かんせつれつげき)が狭くなって見えるため、軟骨の厚さを間接的に評価できます。
また、臼蓋形成不全の程度(かぶりの浅さ)や、骨の変形(骨棘:こつきょく)、骨の中にできる空洞(骨嚢胞:こつのうほう)の有無なども明確にわかります。
これらの所見から、変形性股関節症の進行度を診断します。
MRI検査が有効な理由
MRI検査は、磁気と電波を利用して体の断面を撮影する検査です。
レントゲンとは異なり、軟骨そのものの状態や、筋肉、腱、靭帯といった骨以外の「軟部組織」を詳しく観察できるのが最大の特徴です。
レントゲンでは異常が見られないようなごく初期の軟骨損傷や、関節唇(寛骨臼の縁にある軟骨組織)の損傷も検出できます。
また、大腿骨頭壊死症の早期診断にも非常に有効です。レントゲンでは骨が潰れるまで変化が現れませんが、MRIでは血流が途絶えて壊死が始まったごく初期の段階で異常を発見できます。
痛みの原因をより詳細に特定するために、MRI検査は重要な役割を果たします。
レントゲン検査とMRI検査の比較
| 検査項目 | レントゲン(X線)検査 | MRI検査 |
|---|---|---|
| 観察対象 | 骨の形状、骨の隙間(間接的に軟骨を評価) | 軟骨、筋肉、腱、靭帯、骨の内部 |
| 得意なこと | 変形性股関節症の進行度評価、骨折の診断 | 初期の軟骨損傷、関節唇損傷、大腿骨頭壊死症の早期発見 |
| 放射線被曝 | あり(微量) | なし |
検査を受ける適切なタイミング
「年のせいだろう」「もう少し様子を見よう」と自己判断して痛みを我慢し続けることは、症状の悪化を招く可能性があります。
特に、以下のようなサインが見られたら、一度専門の医療機関(整形外科)を受診することを推奨します。
医療機関の受診を検討するタイミング
- 立ち上がりや歩き始めの痛みが数週間続いている
- 靴下を履く、爪を切るなどの動作がやりにくくなった
- 安静にしていても、あるいは夜間に痛みがある
- 股関節だけでなく、お尻や太もも、膝のあたりまで痛みが広がる
- 歩くと体が左右に揺れるようになった(と他人に指摘された)
早期に正確な診断を受けることで、適切な対策を早く始めることができ、軟骨のすり減りの進行を遅らせる可能性が高まります。
股関節の軟骨を守るための基本的な考え方
一度すり減ると再生が難しい股関節の軟骨を長持ちさせるためには、日々の生活の中で股関節への負担を減らし、同時に関節を支える筋力を適切に維持することが基本的な戦略となります。
これを「保存療法」と呼び、症状の進行を防ぐ上で非常に重要です。
日常生活での負担軽減(保存療法)
保存療法の第一歩は、股関節の軟骨に過度な圧力をかけないように生活環境を見直すことです。痛みを感じる動作は、可能な限り避けるか、やり方を工夫する必要があります。
特に、日本の生活習慣に多い「しゃがみ込む」「床に座る」「正座する」といった動作は、股関節を深く曲げるため、軟骨への負担が大きくなります。
日常生活では、できるだけ椅子やベッドを使用する「洋式の生活」に切り替えることが推奨されます。
また、重い物を持つ作業や、長距離の歩行、急な坂道や階段の上り下りも、股関節への負荷が大きいため、痛みの程度に応じて調整することが大切です。
日常生活での負担軽減の工夫例
| 負担の大きい動作 | 推奨される対策 |
|---|---|
| 床からの立ち座り、正座、あぐら | 椅子、ソファ、ベッドを使用する(洋式生活) |
| 長距離の歩行 | 痛む場合は無理をせず休憩を挟む、杖を使用する |
| 重い荷物を持つ | 荷物を小分けにする、カートを利用する |
| 階段の上り下り | 手すりを利用する、エレベーターやエスカレーターを利用する |
筋力トレーニング(運動療法)の重要性
股関節への負担を減らすことだけを考えて安静にしすぎると、逆効果になることがあります。動かさないでいると、股関節周囲の筋力が低下し、関節を支える力が弱まってしまいます。
筋力が低下すると、歩行時などの衝撃が直接軟骨に伝わりやすくなり、かえってすり減りを助長することにもなりかねません。
重要なのは、軟骨に負担をかけない方法で、股関節を支える筋肉(特にお尻の筋肉である中殿筋や、太ももの筋肉である大腿四頭筋)を鍛えることです。
適切な筋力トレーニング(運動療法)は、股関節の安定性を高め、軟骨を保護する「天然のサポーター」の役割を果たします。
体重管理と食生活の見直し
股関節の軟骨を守る上で、体重の管理は最も重要な要素の一つです。前述の通り、体重がわずかに増加するだけで、股関節にはその数倍の負荷がかかります。
もし体重が標準よりも多い場合は、適正な体重に近づける努力が必要です。
ただし、無理な食事制限による急激なダイエットは、筋肉量まで減少させてしまう恐れがあるため推奨されません。
栄養バランスの取れた食事を心がけ、摂取カロリーが消費カロリーを上回らないように調整することが基本です。
特に、筋肉の材料となるタンパク質(肉、魚、大豆製品、卵など)をしっかり摂りつつ、脂質や糖質を控えることが効果的です。
体重管理のための食生活のポイント
- 高タンパク・低脂質の食材を選ぶ(鶏むね肉、白身魚、豆腐など)
- 野菜や海藻類を積極的に摂り、満腹感を得る
- 間食や甘い飲み物を控える
- よく噛んでゆっくり食べる
自宅でできる股関節の予防対策と実践法
股関節の軟骨のすり減りを予防し、進行を遅らせるためには、医療機関での治療と並行して、自宅で継続的に行うセルフケアが非常に重要です。
主に「ストレッチ」による柔軟性の維持と、「筋力トレーニング」による関節の安定化が柱となります。
股関節周囲の筋肉をほぐすストレッチ
股関節に痛みや違和感があると、周囲の筋肉が緊張して硬くなりがちです。筋肉が硬くなると、関節の動きがさらに悪くなり、血流も低下して悪循環に陥ります。
無理のない範囲でストレッチを行い、筋肉の柔軟性を保つことが大切です。
特にお尻の筋肉(殿筋群)や太ももの裏側(ハムストリングス)、内側(内転筋群)は硬くなりやすいため、重点的にほぐしましょう。
ストレッチは、反動をつけず、「痛気持ちいい」と感じる程度でゆっくりと20秒〜30秒ほど伸ばすのがポイントです。お風呂上がりの体が温まっている時に行うとより効果的です。
お尻や太ももの筋力を鍛える運動
股関節を安定させるために最も重要な筋肉は、お尻の横側にある「中殿筋」です。この筋肉が弱ると、歩行時に体が左右に揺れやすくなり、股関節への負担が増大します。
中殿筋を鍛える代表的な運動として「横向きで寝た状態での足の開閉運動(クラムシェル)」や「横向きでの足の持ち上げ(サイドライイングヒップアブダクション)」があります。
また、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)も、体重を支える上で重要です。仰向けで寝た状態や椅子に座った状態で、膝を伸ばして数秒間キープする運動が効果的です。
これらの運動は、股関節に体重がかからない状態(非荷重位)で行うため、軟骨への負担が少なく安全です。
股関節に推奨される運動と注意したい運動
| 運動の種類 | 推奨される運動例 | 注意が必要な運動例 |
|---|---|---|
| 筋力トレーニング | 中殿筋の運動(非荷重位)、大腿四頭筋の運動 | スクワット(特に深くしゃがむ動作)、ランジ |
| 有酸素運動 | 水中ウォーキング、水泳(クロール、背泳ぎ)、エアロバイク | ランニング、ジャンプの多いスポーツ、平泳ぎ |
有酸素運動としては、浮力によって股関節への負担が大幅に軽減される「水中ウォーキング」や「水泳」が最も推奨されます。
自転車(エアロバイク)も、サドルの高さを適切に調整すれば、良好な運動になります。
痛みがある時の運動の注意点
運動療法やストレッチは、軟骨を守るために重要ですが、やり方を間違えると逆効果になります。最も大切な原則は「痛みを感じたら無理をしない」ことです。
運動中や運動後に痛みが強くなるようであれば、それは負荷が強すぎるか、方法が間違っているサインです。
運動の強度を落とす、回数を減らす、あるいはその運動を一時的に中断する勇気も必要です。
特に、股関節を深く曲げたり、強くひねったりする動作は、軟骨や関節唇を痛める可能性があるため避けるべきです。
自己流で行うことに不安がある場合は、医師や理学療法士に相談し、自分に合った正しい運動方法の指導を受けることが賢明です。
和式から洋式への生活スタイルの変更
日常生活の動作を見直すことも、重要な予防対策の一つです。
床に座る、正座する、和式トイレを使用するといった「しゃがみ込む」動作は、股関節に体重の数倍の負荷をかけながら深く曲げるため、軟骨にとって非常に過酷です。
できる限り、椅子やベッド、洋式トイレを使用する「洋式の生活スタイル」へ移行することを強く推奨します。
推奨される生活スタイルの変更点
- 布団 → ベッド
- 座卓・こたつ → ダイニングテーブル・椅子
- 和式トイレ → 洋式トイレ
- 床掃除 → スティック型掃除機やモップの使用
これらの変更は、股関節への日々の負担を確実に減らし、軟骨の摩耗を遅らせるのに役立ちます。
医療機関で行われる股関節軟骨への対応
セルフケアや生活習慣の改善(保存療法)を続けても痛みが改善しない場合や、すでに軟骨のすり減りが進行している場合には、医療機関での専門的な対応が必要となります。
対応は、薬物療法、リハビリテーション、そして手術療法に大別されます。
保存療法(薬物療法とリハビリ)
医療機関で行う保存療法の中心は、痛みの管理と機能の維持・改善です。痛みが強い時期には、まず炎症を抑えて痛みを和らげることが優先されます。
このために、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬や貼り薬、塗り薬が用いられます。
痛みが少し落ち着いたら、理学療法士による専門的なリハビリテーションが始まります。
リハビリでは、個々の患者さんの状態に合わせて、股関節周囲の筋肉を安全かつ効果的に鍛える運動療法の指導や、硬くなった筋肉をほぐすストレッチ、関節の可動域を広げるための徒手的なアプローチが行われます。
また、杖の正しい使い方や、日常生活での動作指導(ADL指導)なども行い、股関節になるべく負担のかからない生活を送るためのサポートをします。
手術療法の選択肢
保存療法を数ヶ月続けても痛みがコントロールできず、日常生活に大きな支障が出ている場合や、レントゲン検査で軟骨のすり減りが末期(骨と骨がこすれ合っている状態)まで進行している場合には、手術療法が検討されます。
手術の方法は、患者さんの年齢、活動レベル、骨の状態、変形の程度などによって異なります。
代表的な手術には、自分の骨を温存する「骨切り術(こつきりじゅつ)」や、傷んだ関節を人工の関節に置き換える「人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)」があります。
代表的な手術療法の種類と特徴
| 手術法 | 主な対象 | 概要 |
|---|---|---|
| 関節鏡視下手術 | 比較的初期、関節唇損傷やFAIなど | 小さなカメラで関節内を観察し、損傷した軟骨や関節唇を処置する。 |
| 骨切り術 | 比較的若年者、軟骨がまだ残っている場合 | 骨盤や大腿骨の骨を切って角度を変え、体重のかかる位置をずらす。 |
| 人工股関節置換術 | 進行期〜末期、高齢者、痛みが強い場合 | 傷んだ股関節全体を金属やセラミックなどでできた人工の関節に交換する。 |
人工股関節置換術とは
人工股関節置換術は、変形性股関節症や大腿骨頭壊死症などによって高度に破壊された股関節の軟骨と骨を取り除き、金属やポリエチレン、セラミックなどで作られた人工の関節(インプラント)に置き換える手術です。
この手術の最大のメリットは、痛みの原因である傷んだ関節表面そのものを交換するため、非常に高い除痛効果が期待できることです。
多くの場合、手術後は「杖なしで歩けるようになった」「痛みのない生活が戻ってきた」といった劇的な改善が見られます。
近年、インプラントの耐久性も向上しており、20年以上にわたって良好な成績が報告されています。
手術後のリハビリも重要で、安定した歩行機能を再獲得するために、筋力トレーニングや歩行訓練を行います。
軟骨を守るための自己判断の危険性
股関節の痛みや違和感を感じた時、「まだ大丈夫」と自己判断で放置したり、インターネットの情報だけを頼りに不適切なセルフケア(例えば、痛みを我慢しての過度な運動やマッサージ)を続けたりすることは、かえって症状を悪化させる危険性があります。
特に、痛みの原因が変形性股関節症ではなく、急速な対応が必要な大腿骨頭壊死症や、まれに感染や腫瘍である可能性もゼロではありません。
股関節の軟骨を守るための第一歩は、まず自分の股関節が今どのような状態にあるのかを正確に知ることです。
違和感が続くようであれば、一度は整形外科を受診し、専門家による診断とアドバイスを受けることが、将来の健康な股関節を維持するために最も重要なことです。
Q&A
股関節に違和感があったらすぐに運動をやめるべきですか?
必ずしも全ての運動をやめる必要はありませんが、痛みや違和感を悪化させるような運動(ランニング、ジャンプ、深くしゃがむ動作など)は避けるべきです。
一方で、水泳やエアロバイク、股関節に体重のかからない筋力トレーニングなど、負担の少ない運動は筋力維持のために推奨されます。
大切なのは、運動中に痛みが出ないか、運動後に痛みが長引かないかをご自身の体と相談しながら行うことです。判断に迷う場合は、専門家にご相談ください。
サプリメントで軟骨は再生しますか?
グルコサミンやコンドロイチン、ヒアルロン酸などのサプリメントが股関節の軟骨の健康に良いとして市販されています。
これらの成分は軟骨の構成要素ではありますが、現在のところ、経口摂取したサプリメントがすり減った股関節の軟骨を明確に再生させるという科学的根拠は確立されていません。
痛みを和らげる効果を感じる方もいるかもしれませんが、過度な期待はせず、あくまでも体重管理や運動療法などの基本的な対策の補助として考えるのが良いでしょう。
どのような靴を選ぶと股関節に良いですか?
股関節への負担を減らすためには、靴選びも重要です。最も推奨されるのは、クッション性が高く、靴底が適度に厚いウォーキングシューズやスニーカーです。
地面からの衝撃を靴が吸収してくれるため、股関節の軟骨にかかる負担を軽減できます。
逆に、靴底が薄く硬い靴や、かかとが不安定なハイヒールは、衝撃が直接伝わりやすいため、長時間の歩行には向きません。
また、ご自身の足に合っていない靴は、歩き方のバランスを崩し、股関節の痛みを助長する可能性があるので注意が必要です。
痛み止めを飲み続けても大丈夫ですか?
痛み止め(非ステロイド性抗炎症薬など)は、炎症を抑えて痛みを和らげるのに有効な手段であり、痛みのせいで運動療法が進まない場合には積極的に使用が検討されます。
ただし、漫然と長期間飲み続けることは、胃腸障害や腎機能障害などの副作用のリスクを高める可能性があります。
痛み止めは根本的な治療ではなく、あくまでも症状を抑えるためのものです。
痛みが続く場合は、薬だけに頼るのではなく、なぜ痛みが続くのかを医師と相談し、手術を含めた次の対応を検討することも大切です。
家族が股関節の疾患持ちの場合、自分もなりやすいですか?
股関節の疾患そのものが直接遺伝するわけではありませんが、「臼蓋形成不全」のような骨格的な特徴(寛骨臼のかぶりが浅いなど)は、家族内(特に母娘間)で似る傾向があることが知られています。
臼蓋形成不全は、将来的に変形性股関節症を発症する大きな要因の一つです。
もしご家族(特に母親や姉妹)に股関節の悪い方がいらっしゃる場合は、ご自身も同様の骨格的な素因を持っている可能性があります。
明らかな症状がなくても、一度レントゲン検査でご自身の股関節の形状を確認しておくことは、早期の予防対策を始める上で有益かもしれません。
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