股関節が不安定な状態|症状と治療の必要性
股関節に不安定感や違和感、痛みを感じる場合、それは股関節不全の状態を示しているかもしれません。
この状態は、股関節の骨格的なかみ合わせの浅さや、それを支える筋力の低下などが原因で起こります。
初期症状は「なんとなくおかしい」程度でも、放置すると軟骨がすり減り、変形性股関節症など、より深刻な状態に進行する可能性があります。
この記事では、股関節が不安定になる原因、主な症状、医療機関での診断方法、そして筋力訓練を中心とした治療や日常生活での注意点について、分かりやすく解説します。
早期に状態を理解し、適切に対処することが、将来的な股関節の健康を守る鍵となります。
目次
股関節が不安定な状態(股関節不全)とは
股関節が不安定な状態(股関節不全)とは、関節の「受け皿」となる骨盤側の臼蓋(きゅうがい)と、太ももの骨の先端にある「球」である大腿骨頭(だいたいこっとう)のかみ合わせが浅かったり、緩かったりすることで、股関節が正常な支持機能を果たしにくい状態を指します。
この状態は、股関節の機能不全とも言え、将来的に痛みや変形を引き起こすリスクをはらんでいます。
「股関節が不安定」の具体的な意味
股関節は、体重を支えながら「立つ」「歩く」「座る」といった多様な動きを可能にする、非常に重要な関節です。
この動きをスムーズかつ安定して行うためには、臼蓋が骨頭をしっかりと包み込んでいる構造が求められます。
しかし、「不安定」な状態では、この包み込みが不十分になります。歩行時や体重がかかった際に、骨頭が臼蓋の中でわずかにずれたり、ぐらついたりする感覚が生じることがあります。
これは、しっかりとはまり込んでいない状態であり、関節の特定の部分に過度な負担がかかりやすくなります。
股関節の構造と安定性の関係
股関節の安定性は、いくつかの要素が組み合わさって保たれています。まず、骨の形状による「静的な安定性」です。
臼蓋が深く、骨頭を広範囲に覆っているほど、構造的に安定します。次に、関節唇(かんせつしん)という軟骨組織が臼蓋の縁を取り囲み、吸盤のように骨頭を引きつけ、安定性を高めています。
さらに、関節包(かんせつほう)や靭帯(じんたい)がこれらを強固に補強しています。そして最も重要なのが、股関節周囲の筋肉、特にお尻の筋肉(中殿筋など)による「動的な安定性」です。
これらの筋肉が適切に働くことで、歩行時や動作時に関節のブレを防ぎます。
股関節の安定に関わる主な要素
| 要素 | 役割 | 不安定性への影響 |
|---|---|---|
| 骨格(臼蓋と骨頭) | 体重を支える土台となる。静的な安定性の基本。 | 臼蓋の被りが浅い(臼蓋形成不全)と、構造的に不安定になる。 |
| 関節唇・靭帯 | 関節の適合性を高め、可動域を制限し、脱臼を防ぐ。 | 損傷したり緩んだりすると、関節のぐらつきが生じやすくなる。 |
| 筋肉(殿筋群など) | 動作時の関節のブレを防ぐ。動的な安定性を担う。 | 筋力が低下すると、骨格への負担が増大し、不安定感が出る。 |
なぜ不安定な状態(股関節不全)が起こるのか
股関節不全が起こる背景には、さまざまな理由が考えられます。最も大きな要因の一つとして、生まれつき臼蓋の被りが浅い「臼蓋形成不全(きゅうがいけいせいふぜん)」が挙げられます。
これは、日本人女性に比較的多く見られ、若い頃は症状がなくても、年齢と共に筋肉が衰えたり、体重が増加したりすることで、徐々に関節への負担が蓄積し、不安定感や痛みとして現れてきます。
また、スポーツや事故によるケガで関節唇や靭帯を損傷した場合や、加齢に伴う筋力低下によって、関節を支える力が弱まることでも不安定性は生じます。
これらの要因が単独、あるいは複合的に関わり合い、股関節の機能不全を引き起こすのです。
股関節の不安定性(股関節不全)が引き起こす主な症状
股関節の不安定性(股関節不全)が引き起こす主な症状は、初期の段階では股関節の付け根(そけい部)の違和感や、歩き始めの軽い痛みです。
特定の動作で引っかかる感じがすることもあります。この状態が続くと、軟骨のすり減りが進行し、痛みが強くなる、歩ける距離が短くなるなど、日常生活への支障が明確になります。
初期段階で感じる違和感や痛み
股関節不全の初期症状は、非常に軽微で見過ごされがちです。
「なんとなく股関節のあたりが重だるい」「長時間座った後、立ち上がって歩き出す時に少し痛む」「足を深く曲げると詰まるような感じがする」といった、はっきりしない違和感として現れることが多いです。
痛みが出たとしても、少し休めば治まるため、疲れや年齢のせいだと自己判断してしまうケースも少なくありません。
しかし、これは関節が不安定であるために、周囲の筋肉や軟骨に負担がかかり始めているサインです。
歩行時や動作時の特徴的なサイン
不安定性が存在すると、歩行時にも特徴的なサインが見られることがあります。例えば、体重をかけた側のお尻が横に揺れるような歩き方(トレンデレンブルグ歩行)になることがあります。
これは、股関節を支える中殿筋の筋力低下や、骨頭が臼蓋にうまく収まっていないために起こる現象です。
また、以下のような特定の動作で痛みや違和感を訴えることが多くなります。
痛みや違和感が出やすい動作
- 靴下を履く動作(足を深く曲げる)
- 車の乗り降り(足を開く、ひねる)
- 階段の上り下り(特に下り)
- あぐらをかく動作
これらの動作は、股関節に大きな力がかかったり、可動域の限界に近い動きをしたりするため、不安定な関節にとっては負担となりやすいのです。
症状が進行した場合の変化
初期の違和感を放置し、股関節不全の状態が続くと、関節軟骨の摩耗が進行します。軟骨は一度すり減ると元に戻らないため、クッション機能が失われていきます。
その結果、関節の骨同士が直接こすれ合うようになり、痛みはより強く、持続的になります。
安静にしていても痛む(安静時痛)、夜間に痛みで目が覚める(夜間痛)といった症状が現れると、かなり進行している可能性があります。
また、関節が動く範囲(可動域)も狭くなり、足が開なくなったり、爪切りが困難になったりします。
股関節不全の症状進行
| 段階 | 主な症状 | 日常生活 |
|---|---|---|
| 初期 | 歩き始めの痛み、違和感、だるさ。特定の動作での引っかかり。 | 大きな支障はないが、長時間歩くと疲れる。 |
| 進行期 | 痛みが持続的になる。歩行時に明らかな痛み。可動域制限が始まる。 | 階段や長距離歩行が困難になる。靴下が履きにくい。 |
| 末期 | 安静時痛、夜間痛。可動域が著しく制限される。 | 杖や手すりが必要。日常生活の多くの動作で介助が必要になる。 |
放置するリスクと日常生活への影響
股関節の不安定性を治療せずに放置する最大のリスクは、「変形性股関節症(へんけいせいこかんせつしょう)」へ進行することです。
これは、関節軟骨がすり減り、骨が変形してしまう病気です。変形性股関節症が進行すると、痛みによって歩行能力が著しく低下し、活動範囲が狭まります。
その結果、外出が億劫になり、社会的な孤立や、全身の筋力低下(サルコペニア)、骨粗しょう症などを招く恐れもあります。
股関節だけの問題が、最終的には全身の健康状態や生活の質(QOL)を大きく損なうことにつながるのです。
股関節不全の主な原因と要因
股関節不全の最も大きな原因は、生まれつきの骨盤の形状、特に臼蓋の被りが浅い「臼蓋形成不全」です。
これに加えて、加齢による筋力の低下や軟骨の質の変化、体重の増加、股関節に負担のかかる生活習慣、過去のケガなどが複合的に絡み合い、股関節の不安定性を引き起こし、症状を発現させます。
先天的な要因(臼蓋形成不全など)
股関節不全の背景にある最大の要因として、臼蓋形成不全が挙げられます。これは、股関節の受け皿である臼蓋の発育が不十分で、大腿骨頭を十分に覆えていない状態を指します。
正常な股関節では、骨頭の80%以上が臼蓋に覆われていますが、臼蓋形成不全ではその割合が低くなります。
このため、体重を支える面積が狭くなり、単位面積あたりにかかる圧力が非常に高くなります。
若い頃は周囲の筋力や丈夫な軟骨でカバーできていても、30代後半から40代以降、加齢や出産などを機に筋力が低下すると、カバーしきれなくなり、軟骨がすり減り始め、痛みや不安定感といった症状が出現します。
加齢による関節の変化
年齢を重ねると、全身の筋力が徐々に低下していきます。
特に股関節を安定させる上で重要な中殿筋や深層外旋六筋といったインナーマッスルが弱くなると、関節の「動的な安定性」が失われ、骨や軟骨への負担が直接的にかかりやすくなります。
また、関節軟骨自体の質も変化し、水分量が減少して弾力性が失われ、すり減りやすくなります。
これらの加齢に伴う変化が、もともとあった臼蓋形成不全などの素因と組み合わさることで、股関節不全が顕在化します。
生活習慣や特定の動作の繰り返し
日常生活での何気ない動作や姿勢も、股関節不全の発症や進行に影響を与えます。
例えば、和式の生活様式(床に座る、あぐら、横座り、正座)や、重い物を頻繁に持ち運ぶ仕事、しゃがみ込む作業の繰り返しは、股関節に大きな負担をかけ続けます。
特に、股関節を深く曲げたり、ひねったりする動作は、関節唇や軟骨へのストレスを増大させます。また、肥満は股関節への負担を直接的に増加させる大きな要因です。
歩行時には股関節に体重の約3〜5倍の負荷がかかると言われており、体重が5kg増えれば、股関節には15kg〜25kgもの追加負担がかかり続けることになります。
股関節不全の主な原因
| 分類 | 具体的な要因 | 概要 |
|---|---|---|
| 先天性・発育性 | 臼蓋形成不全 | 生まれつき臼蓋の被りが浅く、骨頭を十分に覆えていない状態。 |
| 後天性・環境要因 | 加齢 | 筋力低下(特に殿筋群)や軟骨の質の低下。 |
| 生活習慣・体重 | 和式生活、過度な運動、肥満による関節への継続的な負荷。 |
外傷やケガによる影響
頻度としては多くありませんが、交通事故やスポーツ中の転倒などで股関節を強く打ち付けたり、無理な力が加わったりすることで、股関節不全が引き起こされることもあります。
具体的には、大腿骨頭が臼蓋から外れかける(亜脱臼)や、臼蓋の縁にある関節唇を損傷する(関節唇損傷)、あるいは骨折などが該当します。
これらの外傷によって関節の構造的な安定性が損なわれると、将来的に不安定性や痛みを残し、変形性股関節症に進行する原因となることがあります。
自分が股関節不全かを知るためのセルフチェック
股関節に問題があるかどうかは、日常生活での特定のサインや、痛みが出る動作、関節の動く範囲(可動域)を自分で確認することで、ある程度の目安をつけることができます。
ただし、これらのセルフチェックはあくまで「気づき」のためのものであり、正確な診断を下すものではありません。
日常生活で注意すべきサイン
まずは、日常生活の中で以下のようなサインがないか振り返ってみましょう。これらは股関節に何らかの負担がかかっている可能性を示唆しています。
日常生活でのチェックポイント
- 左右の足の長さが違うように感じる(靴下の減り方が違うなど)
- 片足立ちでふらつきやすい(特に痛みのある側で立った時)
- 長時間歩くと、股関節の付け根や太ももの外側、お尻が痛む・だるくなる
- 以前はできていた「あぐら」がかけなくなった、または痛む
簡単な動作確認(痛みや可動域)
次に、安全な場所でゆっくりといくつかの動作を行い、痛みが出ないか、左右で動きに差がないかを確認します。無理は絶対にしないでください。
股関節の動作セルフチェック
| 動作 | 確認する点 | 不安定性(股関節不全)の可能性 |
|---|---|---|
| 靴下履き(椅子使用) | 椅子に座り、片方の足首を反対側の膝に乗せられるか。 | 足が上がりにくい、股関節や付け根に痛みや詰まり感が出る。 |
| 足の爪切り | 足を引き寄せて爪を切る姿勢がとれるか。 | 股関節が曲がりにくく、その姿勢が苦痛、または痛む。 |
| 片足立ち | 目を開けたまま、片足で10秒程度立っていられるか。 | 支えている側の股関節がグラグラする、痛みが出る、お尻が横に落ちる。 |
これらの動作で明らかな痛みや左右差、可動域の制限を感じる場合は、股関節に問題が潜んでいる可能性があります。
特に、股関節を深く曲げたり開いたりする動作(屈曲・外転・外旋)で痛みや詰まり感(インピンジメント)が出る場合は注意が必要です。
セルフチェックの限界と注意点
セルフチェックは、股関節不全の「可能性」に気づくための有効な手段ですが、限界もあります。
まず、痛みや違和感の原因が股関節ではなく、腰(腰椎)や骨盤、あるいは筋肉の疲労にある可能性も否定できません。特に股関節の痛みは、腰から来る神経痛と間違われやすいこともあります。
また、臼蓋形成不全のような骨格的な問題は、外からのセルフチェックだけでは絶対に判断できません。
自己判断で「大丈夫だろう」と放置したり、逆に「重症に違いない」と過度に不安になったりするのは避けましょう。
セルフチェックで気になる点があれば、それは「専門家に相談するタイミング」のサインだと捉え、早めに整形外科を受診することが重要です。
専門医は、これらの症状を総合的に判断し、必要な検査へと進めます。
医療機関で行う股関節不全の診断方法
医療機関(整形外科)での股関節不全の診断は、まず患者さんからの詳しい話を聞く「問診」と、医師が直接股関節を動かしたり、歩き方を見たりする「身体診察」から始まります。
この時点で股関節の問題が強く疑われる場合、骨の状態を正確に把握するために「レントゲン(X線)検査」を行うのが一般的です。これらが診断の基本となります。
専門医による問診と身体診察
問診では、医師は次のようなことを詳しく尋ねます。
「いつから、どこが、どのように痛むのか」「どんな動作で痛みが強まるか」「日常生活で困っていることは何か」「過去に股関節のケガや病気をしたことはないか」「家族に股関節が悪い人はいないか」。
これらの情報は、症状の原因を探る上で非常に重要です。
続いて身体診察では、ベッドの上で仰向けやうつ伏せになり、医師が患者さんの股関節を他動的に動かし、関節がどのくらい曲がるか、開くか(可動域)、特定の動きで痛みや引っかかりが出ないか(誘発テスト)を確認します。
また、歩行時の様子(跛行の有無)や、片足立ちでの安定性なども観察し、股関節の機能不全の程度を評価します。
画像診断(レントゲン、MRIなど)の役割
問診と身体診察で股関節不全が疑われた場合、画像診断に進みます。最も基本となるのがレントゲン検査です。レントゲンでは、骨の形状を明確に確認できます。
股関節不全の診断において、臼蓋が骨頭をどの程度覆っているか(臼蓋形成不全の有無や程度)を客観的に評価するために必須の検査です。
また、骨同士の隙間(関節裂隙)が狭くなっていないか、骨の変形(骨棘)が起きていないかなど、変形性股関節症への進行度合いも判断できます。
一方で、レントゲンには軟骨や関節唇、筋肉、靭帯などは写りません。
これらの軟部組織の状態を詳しく調べる必要がある場合や、初期の軟骨損傷が疑われる場合には、MRI(磁気共鳴画像)検査が選択されます。
MRIは、レントゲンでは分からない関節唇損傷や、軟骨の早期の変性、骨の中の微細な変化を捉えることができます。
主な画像診断の比較
| 検査方法 | 主な目的 | 分かること(股関節) |
|---|---|---|
| レントゲン(X線) | 骨の形状と位置関係の確認。変形の評価。 | 臼蓋形成不全の程度、関節裂隙の狭小化、骨棘の有無。 |
| MRI | 軟部組織(軟骨、関節唇、筋肉)の評価。 | 関節唇損傷、軟骨のすり減り具合、骨の中の炎症。 |
| CT | 骨の立体的な形状や骨折の評価。 | レントゲンより詳細な骨の形態、微細な骨折線の確認。 |
診断確定までの流れ
一般的な診断の流れとしては、まず問診と身体診察で症状の原因が股関節にあると絞り込みます。
次に、レントゲン検査を行い、臼蓋形成不全などの骨格的な素因や、変形性股関節症の進行度を評価します。多くの股関節不全は、この段階で診断がつきます。
例えば、「臼蓋形成不全を背景とした、初期の変形性股関節症」といった診断になります。
もし、レントゲンでは明らかな異常がないにもかかわらず、痛みが強い場合や、スポーツ選手などで関節唇損傷が強く疑われる場合には、追加でMRI検査を行い、より詳細な診断を追求します。
これらの情報を総合して、現在の股関節の状態(不安定性の程度、軟骨の損傷度合い)を正確に把握し、治療方針を決定していきます。
股関節の不安定性に対する治療アプローチ
股関節の不安定性(股関節不全)に対する治療は、まず関節の状態を悪化させないこと、そして痛みをコントロールすることが基本です。
治療の根幹は、股関節周囲の筋力を強化し、関節の「動的な安定性」を高める「保存療法(リハビリテーション)」です。
痛みが強い場合は、薬物療法を併用してリハビリが行える状態を目指します。
これらの保存療法で改善が見られない場合や、軟骨のすり減りが進行した場合には、手術療法が検討されます。
保存療法(リハビリテーション・運動療法)
股関節不全の治療において、リハビリテーションは最も重要な柱です。
骨格的な不安定性(臼蓋形成不全など)があったとしても、股関節を支える筋肉(特に中殿筋やインナーマッスル)を鍛えることで、骨頭を臼蓋の正しい位置に安定させ、軟骨への過度な負担を減らすことができます。
理学療法士などの専門家の指導のもと、現在の筋力や痛みの程度に合わせて、適切な運動プログラム(例:横向きでお尻の筋肉を鍛える運動、体幹トレーニングなど)を行います。
また、股関節に負担をかけない日常生活動作(立ち座り、階段昇降の方法など)の指導も受けます。重要なのは、痛みが出ない範囲で、正しいフォームで、継続することです。
自己流の筋トレは、かえって痛みを悪化させることもあるため注意が必要です。
薬物療法や注射による痛みの管理
痛みが強くて日常生活に支障が出ている場合や、リハビリテーションを行うこと自体が困難な場合には、薬物療法を併用します。
一般的には、まず炎症を抑え痛みを和らげる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の飲み薬や貼り薬を使用します。
これらで痛みが十分にコントロールできない場合は、股関節内にヒアルロン酸やステロイドの注射を行うこともあります。
ただし、これらの薬物療法は、あくまで症状を一時的に緩和するための「対症療法」です。
痛みの原因である不安定性そのものを治しているわけではないことを理解し、痛みが和らいだ時期にこそ、根本的な対策であるリハビリテーションに積極的に取り組む必要があります。
保存療法の主な内容
| 治療法 | 目的 | 具体的な内容 |
|---|---|---|
| リハビリテーション | 股関節の動的な安定性の獲得、負担軽減。 | 中殿筋や深層筋の筋力強化、可動域訓練、動作指導。 |
| 薬物療法・注射 | 炎症を抑え、痛みを緩和する(対症療法)。 | 非ステロイド性抗炎症薬(内服・外用)、ヒアルロン酸注射など。 |
手術療法が必要となるケース
保存療法(リハビリテーションや薬物療法)を数ヶ月間しっかりと継続しても痛みが改善しない場合、あるいは、診断の時点ですでに軟骨のすり減りが進行し、変形性股関節症が末期に近い状態である場合には、手術療法が検討されます。
手術が検討される主な状態
- 安静時や夜間にも強い痛みがある
- 歩行能力が著しく低下し、日常生活(買い物、家事など)が困難
- レントゲンで関節の隙間がほぼ無くなっている(末期の変形性股関節症)
手術方法には、自分の関節を温存する「骨切り術(こつきりじゅつ)」(臼蓋形成不全が主な原因で、軟骨がまだ残っている比較的若い年齢層が対象)や、傷んだ関節を人工の関節に置き換える「人工股関節置換術(じんこうこかんせつちかんじゅつ)」(軟骨のすり減りが著しい場合が主な対象)などがあります。
どの手術を選択するかは、年齢、活動レベル、骨の状態、変形の程度などを総合的に考慮して決定します。
治療を選択する上での考え方
股関節不全の治療において最も大切なのは、現在の自分の股関節の状態を正確に知ることです。
骨の形状、軟骨のすり減り具合、筋力の状態を把握した上で、医師と相談しながら治療方針を決定します。
初期の段階であれば、リハビリテーションと日常生活の改善で、症状の進行を遅らせ、痛みと上手に付き合いながら生活を続けることが十分に可能です。
すぐに手術が必要となるケースは稀です。まずは保存療法をしっかり試みること。
そして、もし将来的に手術が必要になったとしても、現在は手術技術や人工関節の耐久性も向上しているため、過度に恐れる必要はありません。
自分のライフプランや「どのくらい活動的な生活を送りたいか」という希望も踏まえ、納得のいく治療法を選択することが重要です。
股関節の安定性を高めるための日常生活の工夫
股関節の不安定性(股関節不全)と診断された場合、あるいはその予防のために、日常生活で股関節への負担を減らし、安定性を高める工夫をすることが非常に重要です。
適切な運動で筋力を維持・向上させ、体重をコントロールし、股関節に悪い動作や姿勢を避けることが基本となります。
推奨される運動とエクササイズ
股関節の安定性を高めるためには、股関節を支える筋肉、特にお尻の横側にある「中殿筋」を鍛えることが効果的です。
また、体幹(インナーマッスル)を鍛えることも、体の軸を安定させ、股関節への負担を減らすのに役立ちます。ただし、痛みがある時に無理に行うのは禁物です。
また、関節に体重の負荷がかかりにくい運動を選ぶことも大切です。
股関節に優しい運動と避けるべき運動
| 推奨される運動 | 避けるべき運動(または注意が必要な運動) |
|---|---|
| 水中ウォーキング、水泳(クロール、背泳ぎ) | ランニング、ジャンプを伴うスポーツ(バスケットボールなど) |
| エアロバイク(サドルを高めにする) | 水泳(平泳ぎ ※股関節を開くため) |
| 専門家指導のもとでの筋力トレーニング(中殿筋など) | ゴルフ(腰を大きくひねるため ※注意が必要) |
水中では浮力が働くため、股関節に体重の負担をかけずに筋力を鍛えることができます。エアロバイクも、サドルを調整して股関節が深く曲がりすぎないようにすれば、良い運動になります。
どのような運動が自分に合っているか、どの程度の強度で行うべきかについては、必ず医師や理学療法士に相談してください。
避けるべき動作や姿勢
日常生活で股関節に負担をかける動作を無意識に繰り返していると、不安定性や痛みを助長してしまいます。
特に、日本の生活様式に多い「床に座る」動作は注意が必要です。
日常生活で避けたい動作・姿勢
- 床への直接座り(あぐら、横座り、正座)
- 和式トイレの使用(深くしゃがみ込む)
- 低い椅子からの立ち上がり
- 重い物を床から持ち上げる動作
これらの動作は、股関節を深く曲げたり、ひねったりする力が加わりやすいためです。できるだけ生活様式を洋式(椅子、テーブル、ベッド)に変える工夫が求められます。
床に座る必要がある場合は、お尻の下に座布団やクッションを高く敷き、股関節が深く曲がりすぎないようにします。
また、立ち上がる際は、近くの家具に手をついて股関節の負担を減らすなど、動作の一つひとつを見直すことが大切です。
体重管理と股関節への負担軽減
股関節の負担を減らす上で、体重管理は非常に効果的な方法の一つです。前述の通り、歩行時には体重の何倍もの負荷が股関節にかかります。
体重が適正範囲を超えている場合、減量に取り組むことは、薬物療法やリハビリテーションと同等、あるいはそれ以上に重要な治療となります。
体重減少と股関節への負荷軽減(目安)
| 体重減少量 | 歩行時の股関節への負荷軽減量(目安) |
|---|---|
| -3kg | 約-9kg 〜 -15kg |
| -5kg | 約-15kg 〜 -25kg |
| -10kg | 約-30kg 〜 -50kg |
食事内容を見直し、摂取カロリーをコントロールするとともに、前述のような股関節に負担のかからない運動を取り入れることで、体重の減少を目指します。
体重が減ることで、痛みが劇的に改善するケースも少なくありません。
靴選びとインソールの活用
日常生活で必ず行う「歩行」の質を高めることも重要です。
足元が不安定だと、その影響は膝や股関節にも及びます。靴を選ぶ際は、かかとがしっかりしていて、足の甲を紐やベルトで固定でき、クッション性の高いものを選びましょう。
ハイヒールや、底が硬く不安定な靴は避けるのが賢明です。
また、足のアーチ(土踏まず)が崩れている(扁平足など)と、歩行時の衝撃がうまく吸収できず股関節への負担が増えるため、専門家に相談の上で、自分の足に合ったインソール(足底挿板)を使用することも、不安定性の軽減に役立ちます。
よくある質問
股関節の不安定性は自然に治りますか?
臼蓋形成不全のような骨格的な要因による不安定性が、自然に「治る」(骨の形が変わる)ことはありません。
しかし、症状(痛みや違和感)については、リハビリテーションで股関節周囲の筋力を強化し、関節を動的に安定させることで、日常生活に支障がないレベルまで改善・管理することは十分に可能です。
痛み止めだけで様子を見ても良いですか?
痛み止めは、炎症を抑えて痛みを緩和する「対症療法」としては有効です。しかし、痛みの根本的な原因である股関節の不安定性(股関節不全)を解決するものではありません。
痛みが和らいだとしても、根本の原因が残っていれば、軟骨はすり減り続ける可能性があります。
痛みが軽減している時期こそ、リハビリテーションで筋力を強化するチャンスと捉えることが重要です。
運動はどの程度行うべきですか?
運動の頻度や強度は、その人の現在の痛みの程度、筋力、年齢、軟骨のすり減り具合によって全く異なります。一般的には「痛みが出ない範囲で、毎日継続できる」強度が望ましいです。
例えば、お尻の筋力トレーニングを10回3セット、水中ウォーキングを30分週2回などです。
自己流で行わず、医師や理学療法士の指導を受け、自分に合った運動プログラムを作成してもらうことが最も安全で効果的です。
手術を勧められた場合の判断基準は?
手術(骨切り術や人工股関節置換術)を勧められた場合、それは保存療法では痛みのコントロールが難しく、軟骨のすり減りが進行している状態だと考えられます。
最終的に手術を受けるかどうかは、ご自身の「生活の質(QOL)」を基準に判断します。
「痛みのせいで外出できない」「趣味を諦めなければならない」「夜も眠れない」といった状況が続くのであれば、手術によってそれらの問題が解決し、より活動的な生活を取り戻せる可能性が高いです。
医師から手術のメリットとデメリット(リスク)について十分な説明を受け、ご自身の希望と照らし合わせて決定することが大切です。
杖を使った方が良いですか?
歩行時に痛みを感じる場合や、片足立ちでふらつくような不安定感がある場合は、杖の使用を推奨します。
杖は、体重の一部を支えることで、痛みのある股関節にかかる負担を大幅に減らすことができます(一般的に、痛い方と反対側の手で持ちます)。
「杖をつくと年寄りに見える」と抵抗を感じる方もいますが、杖を使わずに痛みを我慢して歩き続けると、痛みをかばうために歩行バランスが崩れ、反対側の足や腰にも負担がかかる悪循環に陥ります。
痛みを軽減し、安全に歩行距離を延ばすための有効な道具として、積極的に活用を検討してください。
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