股関節の剥離骨折における診断と治療の進め方
股関節の剥離骨折は、スポーツ活動などで強い力がかかった際、筋肉や腱が骨の一部を引き剥がすことで発生します。特に成長期の若年層に多く見られます。
主な症状は股関節周辺の急激な痛み、腫れ、歩行困難などです。診断にはレントゲンやCT、MRIなどの画像検査が重要で、骨片の大きさやずれ(転位)の程度を正確に把握します。
治療は、骨片のずれが小さい場合は安静や固定による保存的治療が中心です。ずれが大きい場合や、保存的治療で改善が見られない場合は、骨片を元の位置に戻して固定する手術的治療を検討します。
どちらの治療法でも、その後のリハビリテーションが機能回復と再発予防のために重要です。
目次
股関節の剥離骨折とはどのような状態か
股関節の剥離骨折は、股関節周辺の骨に付着している筋肉や腱が、急激な収縮や強い牽引力によって、その付着部ごと骨の一部を引き剥がしてしまう状態を指します。
通常の骨折が外部からの直接的な衝撃で骨が折れるのとは異なり、自分自身の筋力によって引き起こされるのが特徴です。
特にスポーツ動作中のダッシュやジャンプ、キック動作などで発生しやすい傾向があります。
剥離骨折の基本的な定義
剥離骨折(はくりこっせつ)は、医学的には「裂離骨折(れつりこっせつ)」とも呼ばれます。
これは、腱や靭帯が骨に付着する部分(付着部)で、急激な筋力の発生や関節への過度なストレスが加わったときに、腱や靭帯がその付着部の骨片を引き剥がすことによって生じます。
股関節周辺は、体幹と下肢をつなぐ強力な筋肉が多く付着しているため、剥離骨折が起こりやすい部位の一つです。
股関節で起こりやすい部位
股関節周辺には多くの筋肉が付着しており、剥離骨折は特定の部位で発生しやすいことが知られています。
ダッシュ動作に関連する筋肉が付着する骨盤の前面や、ジャンプやキック動作に関連する筋肉が付着する座骨(お尻の骨)などが代表的です。
これらの部位は、成長期のアスリートにおいて骨がまだ成熟していない(骨端線が閉じていない)ために、特に剥離骨折のリスクが高いと考えられています。
股関節周辺の剥離骨折 好発部位
| 好発部位 | 関連する主な筋肉 | 起こりやすい動作 |
|---|---|---|
| 上前腸骨棘 (ASIS) | 縫工筋・大腿筋膜張筋 | ダッシュ、ランニング |
| 下前腸骨棘 (AIIS) | 大腿直筋 | キック、ジャンプ |
| 坐骨結節 | ハムストリングス | ハードル、短距離走 |
主な原因と発生状況
股関節の剥離骨折の最も一般的な原因は、スポーツ活動中の急激な筋肉の収縮です。
例えば、サッカーでの強いキック、陸上競技でのスタートダッシュ、ハードルを越える際の股関節の急激な屈曲などが挙げられます。
これらの動作中、筋肉が爆発的な力を発揮する際に、その力が筋肉の付着部である骨に集中し、骨の強度がその力に耐えきれなくなると剥離骨折が発生します。
特に、筋肉の柔軟性が低下している状態や、ウォーミングアップが不十分な状態で急に強い運動を行うと、発生リスクが高まります。
股関節剥離骨折の初期症状と見極め方
股関節の剥離骨折を疑うべき最も重要なサインは、特定の動作(ダッシュやキックなど)を行った瞬間に股関節周辺に生じる「急激な痛み」です。
この痛みは非常に強く、「ブチッ」という断裂音や感覚を伴うこともあります。多くの場合、痛みによって即座に運動を続けることが困難になります。
初期症状を正しく認識し、早めに対応することが重要です。
気づきやすい主な症状
股関節剥離骨折の典型的な初期症状は、受傷直後の強い痛みです。
痛みは股関節の前面(鼠径部)や側面、あるいは殿部(お尻)に局在することが多く、骨折した部位によって痛む場所が異なります。
痛みに加えて、受傷部位には内出血による腫れや熱感が見られることもあります。
また、体重をかけると痛みが強くなるため、歩行が困難になったり、足を引きずったりする(跛行:はこう)ことも特徴的な症状です。
痛み以外のサイン
強い痛みと歩行困難が最も目立つ症状ですが、それ以外にも注意すべきサインがあります。
例えば、特定の方向に足を動かそうとすると激痛が走る(運動時痛)ことや、骨折部を押すと強く痛む(圧痛)ことがあります。
また、内出血が広がると、数日後になって皮膚の表面にあざ(皮下出血斑)が現れることもあります。
これらの症状が組み合わさって現れた場合、剥離骨折の可能性を考える必要があります。
初期症状のチェックポイント
- スポーツ動作中の急激な痛み
- 受傷直後からの歩行困難
- 局所的な強い圧痛
- 腫れや熱感
他の股関節の痛みとの違い
股関節周辺の痛みは、剥離骨折以外にも筋肉の肉離れ、打撲、関節炎など、さまざまな原因で生じます。
これらの疾患と剥離骨折を見分けることは容易ではありませんが、いくつかの違いがあります。
通常の肉離れ(筋損傷)と比較して、剥離骨折は骨の損傷であるため、圧痛点が骨の上にはっきりと存在することが多いです。
また、レントゲン検査で骨片が確認できる点が決定的な違いとなります。
受傷時の状況(急激な動作)と症状の強さから、単なる筋肉痛や軽い打撲とは異なる強い損傷が疑われる場合は、医療機関での精査が重要です。
症状が出た時の応急処置
股関節周辺に急激な痛みが発生し、剥離骨折が疑われる場合は、直ちに運動を中止し、応急処置を行うことが大切です。
応急処置の基本は「RICE(ライス)処置」として知られています。これは、Rest(安静)、Ice(冷却)、Compression(圧迫)、Elevation(挙上)の頭文字をとったものです。
股関節の場合、完全な挙上は難しいかもしれませんが、できるだけ安静にし、患部を氷のうなどで冷却します。冷却は痛みの軽減と内出血の抑制に役立ちます。
ただし、これらはあくまで応急処置であり、症状が強い場合は自己判断せず、速やかに整形外科などの医療機関を受診してください。
医療機関で行う診断の流れ
股関節剥離骨折の診断は、患者さんからの詳しい話(問診)と、医師による身体所見(視診・触診)、そして画像検査を組み合わせて行います。
特に、骨の損傷を直接確認できる画像検査は診断を確定するために必要です。これらの情報を総合的に評価し、骨折の有無、部位、骨片のずれの程度を正確に把握します。
診断の第一歩 問診と身体所見
医療機関を受診すると、まず医師が問診を行います。
「いつ、どこで、何をしている時に痛くなったか」「どのような痛みか」「痛みを感じた瞬間に何か音はしたか」など、受傷時の状況を詳しく確認します。
この情報は、剥離骨折を疑う上で非常に重要です。
その後、身体所見として、股関節のどのあたりに痛みがあるか(圧痛点の確認)、腫れや内出血の有無、関節を動かせる範囲(可動域)、特定の動作で痛みが増強するかどうかなどを丁寧に診察します。
画像診断の重要性
問診と身体所見で剥離骨折が強く疑われた場合、診断を確定し、治療方針を決定するために画像診断を行います。画像診断は、骨の状態を視覚的に確認するための唯一の方法です。
剥離した骨片の大きさや、元の位置からどれくらいずれているか(転位の程度)を評価することが、保存的治療か手術的治療かを選択する上で重要な判断材料となります。
レントゲン(X線)検査でわかること
レントゲン(X線)検査は、骨折診断の基本となる最も一般的な画像検査です。股関節周辺のレントゲン撮影により、骨から剥がれた小さな骨片を確認できる場合があります。
特に骨盤の前面(上前腸骨棘や下前腸骨棘)や坐骨結節など、好発部位を中心に撮影します。レントゲン検査は、骨片の有無やおおよその位置、大きさを把握するのに役立ちます。
また、左右の股関節を比較撮影することで、わずかな異常を発見しやすくなることもあります。
画像診断の比較
| 検査方法 | 主な目的 | 特徴 |
|---|---|---|
| レントゲン (X線) | 骨片の有無、位置の確認 | 基本的検査。簡便で迅速。 |
| CT検査 | 骨片の大きさ、ずれの精査 | 骨の詳細な3D評価が可能。 |
| MRI検査 | 周囲の軟部組織の評価 | 筋肉や腱の損傷、微細な骨折も描出。 |
CT検査やMRI検査が必要な場合
レントゲン検査だけでは骨片がはっきりと確認できない場合や、骨片のずれ(転位)の程度をより正確に評価する必要がある場合には、CT検査が追加で行われます。
CT検査は骨を輪切りにしたような詳細な画像が得られるため、骨片の大きさや方向を立体的に把握でき、手術計画を立てる際にも有用です。
一方、MRI検査は、骨だけでなく筋肉や腱、靭帯といった周囲の軟部組織の状態を詳しく調べるのに適しています。
剥離骨折と同時に筋肉の損傷(肉離れ)を合併していないか、あるいはレントゲンではわからない微細な骨折(不全骨折)がないかなどを評価するために用いられることがあります。
剥離骨折の主な治療方針
股関節剥離骨折の治療方針は、主に剥離した骨片のずれ(転位)の大きさと、患者さんの年齢や活動レベル(スポーツ選手かどうかなど)を考慮して決定します。
治療の選択肢は、手術を行わない「保存的治療」と、手術によって骨片を固定する「手術的治療」の2つに大別されます。
どちらの治療法を選択するかは、専門医による正確な診断に基づいて判断します。
治療の2つの柱 保存的治療と手術的治療
保存的治療は、体にメスを入れず、安静や固定、リハビリテーションによって骨の癒合(骨がくっつくこと)と機能回復を目指す方法です。
一方、手術的治療は、ずれてしまった骨片を元の位置に戻し、ネジやワイヤーなどで固定することで、より確実な骨癒合と早期の機能回復を目指す方法です。
剥離骨折は関節近くで起こることが多く、骨片がずれたままになると将来的に股関節の機能に影響を与える可能性があるため、適切な治療法の選択が重要です。
保存的治療の具体的な内容
保存的治療の基本は、骨折部に負担をかけないための「安静」です。股関節の剥離骨折の場合、体重をかけないように松葉杖を使用することが一般的です。
痛みが強い期間は、安静を保ち、必要に応じて消炎鎮痛薬を使用します。骨片のずれが小さい場合は、骨が自然に癒合するのを待ちます。
痛みが落ち着いてきたら、医師の許可のもと、関節が硬くならないように、徐々にリハビリテーション(関節可動域訓練や筋力訓練)を開始します。
治療法の選択基準(目安)
| 治療法 | 主な対象 | 概要 |
|---|---|---|
| 保存的治療 | 骨片のずれ(転位)が小さい | 安静、松葉杖使用、リハビリ。 |
| 手術的治療 | 骨片のずれ(転位)が大きい | 骨片を元の位置に整復し、固定する。 |
手術的治療が選択される基準
手術的治療が選択される主な基準は、骨片の「ずれ(転位)の大きさ」です。
一般的に、骨片が一定以上(例えば1cm〜2cm以上、部位によって異なる)ずれている場合、骨が癒合しなかったり(偽関節)、癒合しても股関節の機能に支障が出たりするリスクが高まるため、手術が推奨されます。
また、骨片のずれが小さくても、早期のスポーツ復帰を強く希望するアスリートの場合や、保存的治療を続けても骨が癒合しない場合にも、手術的治療が検討されることがあります。
最終的な判断は、画像所見と患者さんの希望を総合して行います。
保存的治療(手術なし)の進め方
保存的治療(手術なし)は、剥離した骨片のずれが小さい場合に選択される治療法です。
この治療の成功は、骨が正しい位置で癒合(ゆごう:骨がくっつくこと)するために、骨折部をいかに安静に保てるかにかかっています。
安静期間の後は、慎重かつ計画的にリハビリテーションを進め、股関節の機能を回復させていきます。
安静と固定の重要性
保存的治療の初期段階で最も重要なのは「安静」です。股関節の剥離骨折は筋肉の力で引き起こされるため、原因となった筋肉を使わないようにすることが骨癒合の第一歩です。
具体的には、体重をかけないように松葉杖を使用します。期間は骨折の部位や状態によりますが、数週間から1ヶ月程度、松葉杖が必要になることが多いです。
この期間に無理をして体重をかけたり、足を動かしたりすると、骨片がさらにずれたり、骨癒合が妨げられたりする可能性があるため、医師の指示を厳守することが大切です。
痛みを管理する方法
受傷直後は、炎症による強い痛みや腫れを伴います。この痛みは、安静を保つことや、患部を冷却(アイシング)することで和らげることができます。
痛みが強い場合には、医師の処方により非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの消炎鎮痛薬(飲み薬や貼り薬)を使用して、痛みを管理します。
痛みを我慢しすぎると、無意識に体をかばうことで他の部位に負担がかかったり、リハビリテーションへの移行が遅れたりすることもあるため、適切に痛みをコントロールすることも治療の一環です。
保存的治療の段階
| 時期 | 主な目的 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 急性期 (受傷直後〜) | 安静・鎮痛 | 松葉杖使用、アイシング、鎮痛薬 |
| 回復期 (数週後〜) | 関節機能の維持 | 体重をかけない範囲での関節可動域訓練 |
| リハビリ期 (骨癒合後〜) | 筋力・機能回復 | 筋力訓練、段階的な荷重、動作訓練 |
リハビリテーションの開始時期
「安静」が必要な期間であっても、医師や理学療法士の指導のもと、骨折部に負担をかけない範囲でリハビリテーションを開始することがあります。
例えば、股関節以外の関節(膝や足首)が硬くならないように動かす運動や、骨折に関係しない筋肉のトレーニング(例:上半身や反対側の足)です。
痛みが落ち着き、レントゲン検査で骨の状態を確認しながら、徐々に股関節自体の関節可動域訓練(足をゆっくり動かす練習)を開始します。
この時期の自己判断でのストレッチや運動は危険なため、必ず専門家の指導に従ってください。
骨癒合までの期間の目安
剥離骨折が癒合するまでの期間は、骨折した部位、骨片の大きさ、年齢、全身の状態などによって個人差があります。
一般的には、レントゲン検査で骨の修復(仮骨形成)が確認できるようになるまで、少なくとも4〜6週間程度はかかると考えられています。
スポーツ活動への完全な復帰には、骨が完全に癒合し、さらにリハビリテーションによって股関節の機能(筋力や可動域)が受傷前のレベルまで回復する必要があるため、通常は3〜6ヶ月程度の期間を見込むことが多いです。
手術的治療(手術あり)の進め方
手術的治療は、剥離した骨片のずれが大きい場合や、高い活動レベルへの早期復帰を目指す場合に選択されます。
手術の目的は、ずれた骨片を解剖学的に正しい位置(元の場所)に戻し、金属製のネジやピン、ワイヤーなどで内側からしっかりと固定することです。
これにより、確実な骨癒合を促し、股関節の機能を最大限に回復させることを目指します。
代表的な手術方法
股関節剥離骨折に対する手術は、多くの場合「観血的整復固定術(かんけつてきせいふくこていじゅつ)」と呼ばれる方法で行います。
これは、皮膚を切開して骨折部を直接目で確認しながら、剥がれた骨片を元の位置に正確に戻し(整復)、スクリュー(ネジ)やワイヤー、プレートなどの固定材料(インプラント)を用いて固定する手術です。
使用する固定材料は、骨片の大きさや部位によって使い分けます。
主な固定材料
- スクリュー (ネジ)
- K-ワイヤー (鋼線)
- アンカー (糸付きのネジ)
最近では、内視鏡(関節鏡)を用いて、より小さな傷で手術を行う方法が選択できる場合もありますが、骨片の大きさや位置によっては適さないこともあります。
手術に伴う一般的なリスク
どのような手術であっても、一定のリスクや合併症の可能性は伴います。股関節剥離骨折の手術に特有なものではありませんが、一般的なリスクとして理解しておくことが大切です。
例えば、手術部位の感染、出血、麻酔に伴う合併症、あるいは固定した骨片が再びずれたり、骨がうまく癒合しなかったりする(偽関節)可能性もゼロではありません。
また、股関節の近くには重要な神経や血管が走行しているため、それらを損傷しないよう細心の注意を払って手術を行います。
手術前には、担当の医師からこれらのリスクについて十分な説明を受けてください。
手術後の一般的な経過
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 入院期間 | 手術方法や術後の状態による (数日〜数週間程度) |
| 術後の安静 | 手術直後は安静。徐々に荷重を開始。 |
| 抜糸 | 手術から約1〜2週間後 (皮膚の傷の状態による) |
手術後のリハビリテーション
手術的治療の大きな利点の一つは、骨片が強固に固定されることにより、保存的治療に比べて早期からリハビリテーションを開始できる可能性があることです。
手術後のリハビリテーションは、手術翌日や数日後から、ベッドサイドでできる軽い運動(足首を動かすなど)から始まります。
その後、理学療法士の指導のもと、関節が硬くなるのを防ぐための関節可動域訓練や、筋力が落ちないようにするための筋力訓練を段階的に進めていきます。
体重をかけるタイミング(荷重開始時期)は、骨の固定状態や骨折部位によって異なるため、医師の指示に従うことが絶対的に重要です。
スポーツや日常生活への復帰
手術後の日常生活への復帰は、まず松葉杖なしで安定して歩けるようになることが目標です。
デスクワークなど、股関節に負担のかからない仕事であれば、比較的早期に復帰できる場合もあります。
スポーツ活動への復帰は、骨折部の完全な骨癒合がレントゲンやCTで確認され、かつ、股関節の機能(筋力、可動域、柔軟性)が十分に回復してからとなります。
焦って早期に復帰すると再骨折や他の部位の怪我につながるため、医師や理学療法士によるメディカルチェックを受け、許可が出てから段階的に競技に復帰します。
復帰までの期間は、一般的に3〜6ヶ月程度が目安とされますが、競技レベルや種目によって異なります。
リハビリテーションの具体的な内容と目的
股関節剥離骨折の治療において、リハビリテーションは保存的治療であっても手術的治療であっても、失われた機能を取り戻し、安全に日常生活やスポーツ活動へ復帰するために非常に重要な役割を果たします。
リハビリテーションの目的は、単に痛みをなくすことだけではなく、関節の柔軟性(可動域)の回復、筋力の再強化、そして股関節の正しい使い方(動作)を再学習することにあります。
リハビリテーションの全体像
リハビリテーションは、骨折部の状態や時期(急性期、回復期、復帰期)に合わせて、段階的に進められます。
初期段階では、安静を保ちつつも関節が硬くならないように(拘縮予防)、痛みや骨折部に負担のない範囲で関節を動かすことから始めます。
骨の癒合が進むにつれて、徐々に筋力トレーニングや体重をかける訓練(荷重訓練)へと移行し、最終的には日常生活やスポーツ特有の動作が行えるように、より実践的な訓練を行います。
この一連のプログラムは、理学療法士などの専門家が個々の状態に合わせて計画します。
リハビリテーションの主な段階
| 段階 | 目的 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 初期 (急性期) | 炎症の鎮静、拘縮予防 | 安静、アイシング、他関節の運動 |
| 中期 (回復期) | 関節可動域の回復、筋力維持 | 他動的・自動的関節可動域訓練 |
| 後期 (復帰期) | 筋力強化、動作改善 | 抵抗運動、バランストレーニング、動作指導 |
関節可動域訓練
長期間の安静や固定により、股関節は硬くなりやすく、動かせる範囲(関節可動域)が狭くなってしまいます。
関節可動域訓練は、この硬くなった関節を徐々にほぐし、元の柔軟性を取り戻すための訓練です。
最初は理学療法士が患者さんの足をゆっくり動かす「他動運動」から始め、痛みの様子を見ながら、徐々に患者さん自身の力で動かす「自動運動」へと移行していきます。
特に股関節を曲げる、伸ばす、開くといった動作の可動域を確保することが重要です。
筋力増強訓練
安静期間中、股関節周辺の筋肉、特に殿部(お尻)や太ももの筋肉(大腿四頭筋やハムストリングス)は急速に衰えていきます。
筋力が低下したままだと、歩行が不安定になったり、関節に負担がかかりやすくなったりし、再発のリスクも高まります。
筋力増強訓練は、まず体重をかけない状態(例:仰向けで足を上げる)での軽い運動から始め、骨の癒合状態に合わせて、徐々にゴムバンドなどで抵抗をかける運動(レジスタンストレーニング)や、体重をかけた状態での運動(スクワットなど)へと強度を高めていきます。
股関節周辺の主要な筋肉
- 大殿筋 (お尻)
- 中殿筋 (お尻の横)
- 大腿四頭筋 (太ももの前)
- ハムストリングス (太ももの裏)
日常生活動作への復帰訓練
関節の可動域と筋力が回復してきたら、次はそれらを実際の動作でうまく使えるようにする訓練が必要です。最初は「歩行訓練」から始めます。
松葉杖を使っていた場合は、まず体重をかける練習から始め、徐々に杖なしでの安定した歩行を目指します。
さらに、階段の上り下り、床からの立ち上がり、しゃがみ込みなど、日常生活で必要な動作の練習を行います。
この段階では、正しい体の使い方を意識し、股関節に負担のかからない動作パターンを身につけることが再発予防につながります。
よくある質問
子どもでも股関節の剥離骨折は起こりますか?
はい、股関節の剥離骨折は、むしろ子どもや若年層(特に10代のスポーツ選手)に多く見られる怪我です。
これは、成長期の子どもの骨はまだ完全に固まっておらず、筋肉が付着する部分(骨端核)が成人に比べて構造的に弱いためです。
急激なスポーツ動作によって、強い筋力がかかると、この弱い部分が剥がれやすくなります。
治療中に気をつけることは何ですか?
最も重要なことは、医師や理学療法士の指示を守り、自己判断で安静度を緩めたり、運動を再開したりしないことです。
特に保存的治療の場合、痛みが和らいできても骨はまだ癒合していない可能性があります。この時期に無理をすると、骨片がずれて手術が必要になることもあります。
また、手術後の場合も、決められた体重のかけ方(荷重制限)や動かす範囲を守ることが、確実な回復のために大切です。
完治までどのくらいかかりますか?
「完治」をどの状態(痛みがなくなる、骨が癒合する、スポーツに完全復帰する)と捉えるかによりますが、骨が癒合するまでには一般的に1.5ヶ月から3ヶ月程度かかります。
その後、リハビリテーションで筋力や関節の機能を回復させ、スポーツに完全復帰できるまでには、受傷から早くても3ヶ月、場合によっては6ヶ月以上かかることもあります。
状態や治療法によって個人差が大きいため、担当医の判断に従ってください。
回復期間の一般的な目安
| 項目 | 期間の目安 |
|---|---|
| 骨癒合(レントゲンで確認) | 1.5ヶ月 〜 3ヶ月 |
| 日常生活への復帰(歩行など) | 1ヶ月 〜 3ヶ月 |
| スポーツへの完全復帰 | 3ヶ月 〜 6ヶ月以上 |
再発の可能性はありますか?
適切な治療とリハビリテーションを行えば、骨折部が再発する可能性は低いと考えられます。
しかし、剥離骨折を起こした原因(例えば、柔軟性の不足、筋力バランスの不均衡、不適切なスポーツフォームなど)が改善されていない場合、反対側の股関節や他の部位を新たに痛めてしまう可能性はあります。
そのため、リハビリテーションを通じて、股関節の機能回復だけでなく、体全体の柔軟性や筋力バランスを整え、正しい動作を習得することが再発予防のために重要です。
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