股関節の変形症における治療方法の選択
股関節の痛みや違和感は、日常生活の質を大きく下げる要因となりますが、自身の状態を正しく把握し、適切な時期に適した治療法を選ぶことで、快適な生活を取り戻すことは十分に可能です。
変形性股関節症は進行性の疾患であるため、放置せずに早期から対策を講じることが重要です。
本記事では、股関節 変形 症 治療において、保存療法から手術療法まで幅広い選択肢を網羅し、それぞれのメリットやデメリット、選択の基準について詳しく解説します。
あなたがご自身のライフスタイルや年齢、症状に合わせて、医師と相談しながら納得のいく決断を下せるよう、判断材料となる情報を丁寧に整理しました。
目次
股関節変形症の基礎知識と進行度
股関節の変形は、関節軟骨の摩耗によって骨同士が直接ぶつかり合うことで生じ、進行度に応じて症状や必要な対処が変化するため、まずは自身の病期を正確に把握することが重要です。
股関節は体重を支える重要な関節であり、長年の使用や生まれつきの骨格形状によって負担がかかりやすい場所です。
病気の成り立ちと進行の様子を知ることは、これからの治療計画を立てる上での土台となります。
変形性股関節症の原因と関節の変化
変形性股関節症は、関節のクッションの役割を果たしている軟骨がすり減り、硬い骨同士が直接接触することで炎症や痛みが生じる疾患です。
日本においては、生まれつき寛骨臼(骨盤側の受け皿)が浅い「寛骨臼形成不全」が主な原因となっているケースが多く見られます。
受け皿が小さいと、狭い範囲に体重が集中してしまうため、通常よりも早く軟骨が摩耗してしまいます。
軟骨が摩耗すると、体は関節を安定させようとして骨棘(こつきょく)という骨のトゲを作り出します。また、骨嚢胞(こつのうほう)という空洞が骨の中にできることもあります。
これらの変化はレントゲン画像で確認することができ、病気の進行具合を判断する重要な指標となります。
原因が明確な二次性のものと、加齢や肥満などが絡み合って発症する一次性のものがありますが、いずれにしても関節内の環境が悪化していく過程は類似しています。
初期から末期までの進行段階の分類
病気の進行は、レントゲン上の所見に基づいて、前期、初期、進行期、末期の4つの段階に分けられます。この病期分類は、治療方針を決定する上で非常に重要な役割を果たします。
前期では軟骨のすり減りは目立ちませんが、受け皿の形に異常が見られます。初期に入ると関節の隙間がわずかに狭くなり始め、朝起きた時や動き始めに違和感を覚えるようになります。
進行期になると、軟骨の摩耗が明らかになり、関節の隙間がかなり狭くなります。この段階では骨棘の形成や骨硬化像も見られ、持続的な痛みを感じることが増えます。
末期では関節の隙間がほとんど消失し、骨同士が直接接して削れる状態になります。足の長さにも左右差が生じ、歩行が困難になることもあります。
自身の段階を知ることは、今やるべきことを明確にします。
病期分類ごとの特徴的な所見
病期ごとの状態を視覚的に理解しやすいよう、以下の表に主な特徴を整理しました。これらは一般的な目安であり、痛みの感じ方には個人差があります。
| 病期(ステージ) | レントゲンでの主な所見 | 自覚症状の特徴 |
|---|---|---|
| 前期・初期 | 関節の隙間は保たれているか、わずかに狭くなる。骨硬化が少し見られる場合がある。 | 動き始めや長時間歩行後のだるさ。休息すれば痛みは治まることが多い。 |
| 進行期 | 関節の隙間が明らかに狭くなる。骨棘(トゲ)や骨嚢胞(空洞)が確認できる。 | 痛みが頻繁になり、靴下の着脱や爪切りが困難になる。可動域が制限され始める。 |
| 末期 | 関節の隙間が消失する。骨の変形が著しく、大腿骨頭が押し潰されたような形状になる。 | 安静にしていても痛む。歩行時に体が揺れる。日常生活に大きな支障が出る。 |
主な症状と日常生活への具体的な影響
初期の段階では、立ち上がりや歩き出しの瞬間に鼠径部(脚の付け根)やお尻、太もも、膝などに痛みやこわばりを感じます。これを「始動時痛」と呼びます。
しばらく動いていると楽になることが多いですが、無理をして長時間歩き続けると再び痛みが強くなります。症状が進行すると、関節の動きが悪くなる「可動域制限」が現れます。
可動域制限が進むと、あぐらをかけなくなったり、足の爪を切る動作がつらくなったりします。
また、和式トイレの使用や正座が困難になるなど、日本の伝統的な生活様式において不便を感じる場面が増えます。
さらに進行すると、痛い足をかばって歩くために、腰や反対側の足、膝にも負担がかかり、体全体のバランスが崩れてしまうこともあります。
痛みを避けるために活動量が減り、筋力が低下するという悪循環に陥らないよう注意が必要です。
治療方針を決めるための診断と検査
適切な治療法を選択するためには、現在の股関節の状態を詳細に把握する精密な検査が必要であり、画像診断と身体所見の両面から総合的に判断します。
自己判断で痛みを我慢したり、市販薬だけで対処したりしていると、知らぬ間に病状が進行してしまう恐れがあります。
医療機関では、客観的なデータに基づいて、現在の痛みの原因が骨の変形によるものなのか、筋肉や神経によるものなのかを見極めます。
問診と身体所見で確認するポイント
診察室では、いつから痛むのか、どのような動作で痛みが強くなるのか、過去に股関節の病気をしたことがあるかなどを詳しく聞かれます。
これらは画像だけでは分からない生活への影響度を知るために大切です。
また、医師が実際に足を持って動かし、関節の動く範囲(可動域)や、特定の方向に動かしたときの痛みの有無(疼痛誘発テスト)を確認します。
脚の長さの差(脚長差)も重要なチェックポイントです。変形が進むと骨が削れたり位置がずれたりして、患側の脚が短くなる傾向があります。
歩き方の観察も行い、跛行(びっこを引くこと)の有無や程度、骨盤の傾きなどを評価します。
これらの身体所見は、手術が必要な時期かどうか、あるいはリハビリでどの程度の改善が見込めるかを判断する材料となります。
レントゲン検査で判明する骨の情報
レントゲン検査(単純X線撮影)は、股関節の診断において基本かつ重要な検査です。正面からだけでなく、脚を開いた状態など複数の角度から撮影することで、立体的な骨の形状を推測します。
この検査では、大腿骨と骨盤の隙間の広さ、骨の変形の程度、骨棘の有無、骨の密度などを確認します。
特に「CE角」や「シャープ角」といった専門的な計測を行うことで、臼蓋形成不全の程度を数値化し、将来的な進行リスクを予測することができます。
定期的に撮影を行い、過去の画像と比較することで、進行のスピードを把握することも可能です。多くの情報はレントゲンで得られますが、軟骨や筋肉、靭帯の状態までは詳細には分かりません。
MRIやCTによる精密検査の役割
手術を検討する場合や、レントゲンでは痛みの原因がはっきりしない場合には、CTやMRIといった精密検査が行われます。
CT検査は3次元的に骨の形を詳細に把握できるため、手術のシミュレーションや人工関節のサイズ選定に役立ちます。骨の形状が複雑な場合、CT画像は非常に有用な地図となります。
一方、MRI検査は骨以外の組織、つまり軟骨、筋肉、靭帯、関節唇(かんせつしん)などの状態を評価するのに優れています。
レントゲンでは異常が見当たらないのに痛みが強い場合、初期の軟骨損傷や骨の中の浮腫(むくみ)、関節唇損傷などが隠れていることがあり、これらを発見するにはMRIが適しています。
それぞれの検査には得意とする分野があり、目的に応じて使い分けられます。
画像検査の目的と得意分野
各検査方法がどのような情報を得るために行われるのか、その違いを明確にします。医師がなぜその検査をオーダーしたのかを理解する助けになります。
| 検査方法 | 主に確認できるもの | 検査の目的とメリット |
|---|---|---|
| レントゲン(X線) | 骨の形、関節の隙間、骨棘 | 全体の骨格バランスや進行度の基本評価を行う。手軽で迅速。 |
| CT検査 | 骨の3次元的な形状 | 骨盤の傾きや複雑な変形を正確に把握し、手術計画を立てる。 |
| MRI検査 | 軟骨、靭帯、筋肉、関節唇 | レントゲンには写らない初期の病変や、炎症の広がりを評価する。 |
保存療法による痛みの緩和と機能維持
変形性股関節症と診断された場合でも直ちに手術となるわけではなく、まずは薬や運動などを組み合わせた保存療法で痛みをコントロールし、関節の機能を長く保つことを目指します。
多くの患者が、適切な保存療法を継続することで、手術を回避したり、手術までの期間を数年から数十年延ばしたりすることに成功しています。
自身の治癒力や身体機能を最大限に活かすアプローチです。
薬物療法の種類と期待できる効果
痛みが強いと筋肉が緊張し、血行が悪くなってさらに痛みが増すという悪循環が生じます。薬物療法はこの悪循環を断ち切るために行われます。
主に使用されるのは非ステロイド性消炎鎮痛薬(NSAIDs)で、炎症を抑えて痛みを和らげます。内服薬だけでなく、湿布や塗り薬などの外用薬も併用されることがあります。
長期間の服用で胃腸障害や腎機能への影響が懸念される場合は、アセトアミノフェンや、神経障害性疼痛に作用する薬剤など、異なる作用機序を持つ薬を選択することもあります。
また、関節内にヒアルロン酸やステロイドを注射することで、直接的に炎症を抑えたり動きを滑らかにしたりする方法も選択肢の一つです。
薬は痛みをゼロにする魔法ではありませんが、リハビリを行うためのコンディション作りに役立ちます。
運動療法とリハビリテーションの実践
保存療法の中核を担うのが運動療法です。
股関節周りの筋肉、特にお尻の筋肉(中殿筋)や太ももの筋肉(大腿四頭筋)を鍛えることで、関節にかかる負担を筋肉が肩代わりし、痛みを軽減させる効果があります。
また、ストレッチによって関節の柔軟性を保つことも重要です。関節が硬くなると、動かすたびに無理な力がかかり、変形を進行させてしまいます。
水中ウォーキングは浮力が働くため、体重の負担を減らしながら筋力強化と可動域訓練ができる非常に有効な運動です。
ただし、痛みが強い時に無理に動かすと逆効果になることもあるため、理学療法士などの専門家の指導のもと、正しいフォームと適切な負荷で行うことが大切です。
自宅でできる簡単なトレーニングを習慣化することが、長期的な関節の健康維持につながります。
推奨される運動と避けるべき動作
日常的に取り入れるべき運動と、股関節への負担が大きいため避けるべき動作をリストアップします。
- 推奨:水中ウォーキング(浮力で負担減)、貧乏ゆすり(ジグリングで関節液の循環促進)、仰向けでの脚上げ運動
- 注意・回避:重い荷物を持っての長距離歩行、階段の頻繁な昇り降り、深くしゃがみ込む動作、衝撃の強いスポーツ(ジャンプを伴うものなど)
- ポイント:痛みが出ない範囲で毎日コツコツ継続することが、筋力維持の鍵となります。
生活指導と装具療法による負担軽減
日常生活の動作を少し工夫するだけで、股関節への負担を劇的に減らすことができます。これを生活指導と呼びます。
例えば、床に座る生活から椅子とベッドの生活に変える、和式トイレを洋式に変える、靴をクッション性の高いスニーカーにするなどが挙げられます。
杖の使用も非常に有効です。痛い足と反対側の手に杖を持つことで、股関節にかかる荷重を分散させることができます。
体重コントロールも極めて重要です。歩行時には股関節に体重の3倍から4倍の力がかかると言われています。体重を1キロ減らすだけで、関節への負担は3キロから4キロも減ることになります。
肥満傾向にある場合、減量は最も副作用のない強力な治療法と言えます。
また、足の長さに差がある場合は、靴の中敷き(補高装具)を使って高さを調整し、骨盤のバランスを整えることも行われます。
手術療法を検討するタイミングと基準
保存療法を続けても十分な効果が得られず、痛みによって日常生活に大きな支障をきたすようになった場合は、手術療法への切り替えを前向きに検討する時期と言えます。
手術は決して最終手段としての「敗北」ではなく、より活動的な生活を取り戻すための「選択」です。
しかし、一度手術をすると元の状態には戻せないため、その決定は慎重に行う必要があります。
痛みの強さと日常生活の制限レベル
手術を決断する最大の要因は「痛み」です。安静にしていても痛む、夜間に痛みで目が覚める、痛み止めを飲んでも効かないといった状態は、生活の質を著しく低下させます。
また、歩ける距離が極端に短くなり、買い物や旅行に行けなくなるなど、やりたいことができなくなっている状態も手術を考える一つの基準です。
「15分以上続けて歩けない」「靴下が自分で履けない」「階段の昇降が手すりなしでは不可能」など、具体的な生活動作の制限がどの程度あるかを客観的に見つめ直すことが大切です。
痛みの感じ方は主観的なものですが、それが精神的なストレスとなり、うつ状態を引き起こすようであれば、積極的な介入が必要と考えられます。
年齢と活動レベルの考慮
かつては人工関節の耐久性の問題から、手術は60歳以降まで待つべきだという考え方が主流でした。
しかし、近年の技術進歩により人工関節の耐久性は飛躍的に向上しており、比較的若い世代でも手術を受けるケースが増えています。
若年層の場合は、骨切り術という自分の関節を残す手術が可能かどうかも含めて検討します。
一方で、高齢であっても全身状態が良好であれば、手術によって歩行能力を取り戻し、健康寿命を延ばすことが可能です。
逆に、あまりに高齢になって体力が低下してからでは、術後のリハビリが進まないリスクもあります。
単に暦年齢だけでなく、生理的な年齢や、「これからどのような活動をしたいか(スポーツ、旅行、仕事など)」というライフプランに合わせてタイミングを計ることが重要です。
保存療法と手術療法の比較検討
保存療法を継続する場合と、手術療法に踏み切る場合のそれぞれのメリットとデメリットを整理します。どちらが今の自分の価値観に合うかを考える材料にしてください。
| 比較項目 | 保存療法 | 手術療法 |
|---|---|---|
| メリット | 体への侵襲(傷)がない。入院の必要がない。合併症のリスクがない。 | 痛みが劇的に改善する可能性が高い。脚長差の補正が可能。可動域が改善する。 |
| デメリット | 根本的な治療ではないため、進行する可能性がある。通院の手間がかかる。 | 入院とリハビリが必要。感染症や脱臼などの合併症リスクがある。 |
| 向いている人 | 痛みが軽度〜中等度で、日常生活は何とか送れる人。手術に抵抗がある人。 | 痛みが強く、生活に大きな支障がある人。活動的な生活を取り戻したい人。 |
保存療法の限界を感じたとき
真面目に筋力トレーニングや体重管理に取り組み、薬も服用しているにもかかわらず、症状が悪化していく場合は、保存療法の限界と捉えるべきかもしれません。
特に、骨の変形が進行して骨欠損が大きくなると、いざ手術をしようとした時に難易度が上がってしまったり、選択できる人工関節の機種が限られてしまったりすることがあります。
我慢を重ねることで、痛い足をかばう不自然な姿勢が定着し、脊柱管狭窄症や膝関節症など他の部位に障害が波及することもあります。
こうなると、股関節だけを手術しても全身の痛みが取れないという結果になりかねません。
「これ以上は自分の努力だけではどうにもならない」と感じた時が、専門医に手術の相談をするベストなタイミングです。
骨切り術による関節温存手術
関節の変形がまだ初期段階であり、比較的若い年齢層の患者に対しては、自分の関節を残しながら骨の形を整える「骨切り術(こつきりじゅつ)」が有力な選択肢となります。
人工関節にはない「生体本来の感覚」を維持できることや、将来的な活動制限が少ないことが大きな利点です。
ただし、適応となる条件は限られており、リハビリ期間も比較的長くなる傾向があります。
寛骨臼回転骨切り術(RAO/CPO)の特徴
寛骨臼形成不全があり、軟骨がまだ十分に残っている場合に行われる代表的な手術です。
骨盤の受け皿(寛骨臼)の周りの骨をくり抜くように切り、受け皿を回転させて大腿骨頭をしっかりと覆うように位置を修正します。
この移動によって、体重がかかる面積(適合面積)が広がり、単位面積あたりの圧力が減ることで軟骨の摩耗を防ぎ、場合によっては軟骨の再生も期待できます。
以前はRAOという術式が主流でしたが、最近ではCPOという、より筋肉へのダメージを抑えた術式も普及してきています。
自分の骨で関節を支え続けるため、術後にスポーツや重労働を含む高い活動性を維持できることが最大のメリットです。
一度骨が癒合すれば、基本的にはメンテナンスフリーで一生使い続けられる可能性があります。
キアリ骨盤骨切り術の適応
進行期に入り、関節の適合性が悪く、回転骨切り術を行うのが難しい場合に行われる手術です。骨盤の骨を水平に切り、外側にスライドさせることで、大腿骨頭の上に骨の屋根を作ります。
その結果、股関節の安定性を高め、体重を支える面積を増やします。
この手術で新たに作られた屋根の部分は、線維軟骨という組織で覆われるようになり、痛みの軽減に役立ちます。
回転骨切り術に比べると適応範囲は広いですが、脚がわずかに短くなる可能性がある点や、正常な関節構造とは少し異なる形になる点などを理解しておく必要があります。
医師の技術と経験が結果に大きく影響する手術の一つです。
骨切り術の種類と適応の目安
主な骨切り術の種類と、それぞれがどのような患者に適しているかをまとめます。
| 術式名称 | 主な内容 | 適応となる主な条件 |
|---|---|---|
| 寛骨臼回転骨切り術(RAO/CPO) | 受け皿を回転させて被りを深くする。 | 前期〜初期の変形性股関節症。50歳くらいまで。軟骨が残っていること。 |
| キアリ骨盤骨切り術 | 骨盤をずらして屋根を作る。 | 進行期の変形性股関節症。回転骨切りが困難な場合。 |
| 大腿骨内反・外反骨切り術 | 大腿骨側の角度を変えて当たりを良くする。 | 骨盤側だけでなく大腿骨側の形状にも問題がある場合。他術式と併用も。 |
術後のリハビリと社会復帰
骨切り術の最大のハードルは、術後のリハビリ期間の長さです。
切った骨が再びくっつく(癒合する)まで待つ必要があるため、手術後しばらくは松葉杖を使って患部に体重をかけないように生活します。
完全に体重をかけられるようになるまでには2ヶ月から3ヶ月程度かかることが一般的です。
社会復帰までの期間は職種にもよりますが、デスクワークであれば比較的早期に復帰可能です。
しかし、立ち仕事や肉体労働の場合は、骨がしっかり癒合し、筋力が回復するまで待つ必要があります。
長い目で見れば自分の関節を守る優れた手術ですが、一時的に生活や仕事の調整が必要になる点を考慮して計画を立てる必要があります。
人工股関節置換術(THA)の選択
関節の破壊が進行し、痛みが強く、骨切り術の適応にならない場合には、傷んだ関節を取り除き、金属やセラミック、ポリエチレンで作られた人工関節に置き換える「人工股関節置換術(THA)」が行われます。
この手術は除痛効果が非常に高く、短期間での社会復帰が可能であるため、変形性股関節症の治療における標準的かつ完成された術式として世界中で行われています。
人工関節の構造と耐久性
人工股関節は、骨盤側に設置する「カップ」、その内側にはまる「ライナー」、大腿骨側に挿入する「ステム」、そしてその先端につく「骨頭」の4つの部品から構成されています。
これらが組み合わさることで、滑らかな関節運動を再現します。
素材の進化は目覚ましく、特に摩耗しやすいライナー部分に高架橋ポリエチレンを使用したり、骨頭にセラミックを使用したりすることで、耐久性が大幅に向上しました。
以前は15年から20年程度と言われていた寿命ですが、現在では20年から30年、あるいはそれ以上持つことが期待されています。
このため、再置換術(入れ替え手術)のリスクを過度に恐れる必要は少なくなりました。ただし、人工物である以上、感染や脱臼、ゆるみといった特有の合併症リスクはゼロではありません。
手術のアプローチ方法と低侵襲化
人工関節を入れるために皮膚や筋肉をどのように切開するかという「アプローチ」にもいくつかの種類があります。
近年注目されているのが、筋肉を切らずに筋繊維の隙間から進入する「最小侵襲手術(MIS)」です。特に前方アプローチ(DAA)は、仰向けの状態で手術ができ、お尻の筋肉を傷つけないため、術後の回復が早く、脱臼のリスクが低いという特徴があります。
一方、後方アプローチは古くから行われている術式で、術野が広く確保できるため、複雑な変形や再置換術などに適しています。
どのアプローチにも一長一短があり、患者の骨格や体型、変形の程度によって適した方法は異なります。
重要なのは切開の小ささだけでなく、いかに正確な位置にインプラントを設置できるかです。ナビゲーションシステムを使用して精度を高める病院も増えています。
手術アプローチの違いと特徴
代表的なアプローチ方法の違いを表に示します。病院によって得意とするアプローチが異なる場合があります。
| アプローチ | 特徴とメリット | 考慮すべき点 |
|---|---|---|
| 前方アプローチ(DAA) | 筋肉を切らないため回復が早い。脱臼リスクが極めて低い。 | 高度な技術が必要。肥満体型や高度な変形には適さない場合がある。 |
| 後方アプローチ | 視野が良く確保でき、様々な変形に対応しやすい。実績が豊富。 | 筋肉を切開・修復するため、術後に脱臼しやすい動作制限(過度な屈曲など)がある。 |
| 側方アプローチ | 脱臼リスクが比較的低い。中殿筋への影響が考慮される。 | 術後に一時的な筋力低下や跛行が出ることがある。 |
術後の生活と活動制限の変化
人工股関節置換術の大きなメリットは、術後のリハビリ期間が短いことです。手術翌日から立つ練習や歩行訓練が始まり、多くの場合、2週間から3週間程度で退院が可能となります。
痛みが劇的に取れるため、多くの患者が「もっと早く手術をすればよかった」と感想を漏らします。歩行、階段昇降、旅行など、これまで諦めていた活動が再び楽しめるようになります。
ただし、人工関節には「やってはいけない動作(禁忌肢位)」が存在する場合があります。特に深く曲げて捻るような動作は脱臼を誘発する恐れがあるため注意が必要です。
しかし、近年の脱臼しにくい人工関節や前方アプローチの普及により、生活上の制限はかなり少なくなっています。
正座や和式トイレの使用は推奨されませんが、ゴルフ、水泳、ハイキング、ダブルスのテニス程度のスポーツなら楽しむことができます。
再生医療という新たな選択肢
保存療法と手術療法の中間に位置する新しい治療法として、再生医療が注目を集めています。
自分自身の血液や脂肪などの組織を利用して、患部の修復能力を高めたり炎症を抑えたりする治療法です。
標準治療では痛みが取れないが、まだ手術をするほどではない、あるいは何らかの理由で手術を受けられない人にとって、希望の光となる可能性があります。
PRP療法と幹細胞治療の概要
現在、主に行われているのはPRP(多血小板血漿)療法と、脂肪由来幹細胞治療です。PRP療法は、自分の血液を採取し、遠心分離機にかけて血小板を濃縮した成分を関節内に注射します。
血小板には組織の修復を促す成長因子が多く含まれており、これが炎症を抑え、痛みを緩和する働きをします。
幹細胞治療は、自分のお腹などの脂肪組織から幹細胞を取り出し、培養して増やしたものを関節に戻す方法です。
幹細胞には炎症を抑えるだけでなく、様々な細胞に分化する能力があるため、より強力な組織修復効果が期待されています。
どちらも自分の組織を使うため、アレルギー拒絶反応のリスクが極めて低い安全な治療です。
期待できる効果と現状の課題
再生医療によって、すり減ってなくなった軟骨が元通りにフサフサに再生するわけではありません。現在の到達点は、主に「抗炎症作用による除痛」と「関節内環境の改善」です。
多くの患者で痛みの軽減が報告されていますが、効果には個人差があり、劇的に良くなる人もいれば、あまり変化を感じられない人もいます。
また、効果の持続期間も永続的ではありません。数ヶ月から1年程度で効果が薄れることがあり、その場合は再投与が必要になることもあります。
変形があまりに進行して骨同士がぶつかっているような末期の状態では、再生医療の効果は限定的であることが多く、適応の見極めが重要です。
再生医療のメリットとデメリット
新しい治療法である再生医療の現時点での立ち位置を理解するために、メリットとデメリットをリストアップします。
- メリット:入院や手術の必要がない(日帰り治療が可能)。自分の組織を使うため安全性が高い。手術までの期間を延ばせる可能性がある。
- デメリット:保険適用外(自由診療)のため高額。効果に個人差があり確実性がない。軟骨が完全に再生するわけではない。
費用面と標準治療との違い
再生医療を受ける上で最大のネックとなるのが費用です。公的医療保険が適用されない自由診療となるため、全額自己負担となります。
PRP療法で数万円から数十万円、培養幹細胞治療では百万円単位の費用がかかることも珍しくありません。高額療養費制度も使えないため、経済的な負担は大きくなります。
標準治療(保険診療)は、多くのデータに基づいて効果と安全性が確立された治療法です。
一方、再生医療は発展途上の分野であり、医学的なエビデンス(証拠)の蓄積が現在進行形で行われています。
治療を選択する際は、費用対効果を十分に考慮し、医師からの説明をしっかりと聞いて納得した上で臨むことが大切です。
治療法を選ぶ際の意思決定とセカンドオピニオン
股関節の治療は、人生の後半戦の質を決定づける大きなイベントです。
医師にお任せにするのではなく、患者自身が主体となって治療法を選択する「シェアード・ディシジョン・メイキング(共有意思決定)」の姿勢が求められます。
一つの意見だけでなく、多角的な視点から情報を集め、自分にとって何が一番大切かを考えるプロセスが重要です。
医師との対話で確認すべきこと
診察室では緊張してしまい、聞きたいことが聞けなかったという経験を持つ人は少なくありません。事前に質問リストをメモして持参することをお勧めします。
聞くべきポイントは、「今の自分の正確な病期」「このまま放置した場合の予測」「提案された治療法のメリットとリスク」「リハビリ期間と社会復帰の目安」などです。
また、医師が得意とする治療法に偏った提案になっていないかを確認する意味でも、「他に選択肢はありませんか?」と尋ねることは失礼ではありません。
手術件数や合併症の発生率など、病院の実績についても率直に聞いて良いでしょう。信頼関係を築ける医師かどうかも、治療を成功させるための重要な要素です。
ライフスタイルに合わせた選択
「最適な治療」は一人ひとり異なります。例えば、正座が必要な茶道の先生と、趣味がハイキングの人とでは、目指すべきゴールが違います。
また、仕事が休めない時期なのか、家族の介護が必要なのかといった社会的背景も考慮しなければなりません。
自分の生活において何を優先したいのかを医師に伝えることで、より現実に即したプランが見えてきます。
手術の時期についても、痛みが限界まで達してから行うのか、体力があるうちに早めに行うのか、仕事の区切りが良いタイミングで行うのかなど、正解は一つではありません。
自分の人生設計の中に治療をどう組み込むかという視点を持つことが大切です。
納得して治療を受けるための心構え
どんなに優れた名医が執刀しても、リハビリを頑張るのは患者自身です。また、保存療法を続けるにしても、日々の運動や体重管理を継続するのは自分自身です。
治療の主役はあくまで患者であり、医師や理学療法士はそれをサポートするパートナーです。
「治してもらう」という受動的な姿勢から、「一緒に治していく」という能動的な姿勢に切り替えることで、治療満足度は大きく向上します。
迷いがある場合は、別の医師の意見を聞くセカンドオピニオンを積極的に利用しましょう。
別の視点からの説明を聞くことで、最初の医師の診断が正しいと再確認できたり、新たな選択肢に気づけたりします。
十分に悩み、調べ、納得して選んだ道であれば、どのような結果であっても前向きに受け止め、リハビリに取り組むことができるはずです。
よくある質問(FAQ)
Q.変形性股関節症は遺伝しますか?
A.病気そのものが遺伝するわけではありませんが、骨盤の形や骨格の形状は親子で似ることが多いため、寛骨臼形成不全などの体質を受け継ぐ可能性はあります。
家族に股関節が悪い人がいる場合は注意が必要です。
Q.手術をすれば痛みは完全になくなりますか?
A.人工関節置換術の場合、変形による痛みはほぼ消失します。ただし、手術の傷口の痛みや、周りの筋肉痛、違和感がしばらく残ることがあります。
時間の経過とともに改善していくことが一般的です。
Q.両方の股関節を同時に手術することはできますか?
A.可能です。両側に変形があり痛みも強い場合は、一回の手術と入院で両方を治せるメリットがあります。
ただし、片側だけの場合に比べて身体への負担は大きくなるため、全身状態や年齢を考慮して決定します。
Q.手術後、どれくらいで車の運転ができますか?
A.術後の回復具合や右足か左足かにもよりますが、一般的には退院後、脚の力がしっかり入り、ブレーキ操作に問題がないと確認できれば運転可能です。
術後1ヶ月から2ヶ月程度を目安に医師に相談してください。
Q.人工関節を入れた後、MRI検査は受けられますか?
A.基本的に受けることは可能です。使用されている金属の種類によっては画像に乱れ(アーチファクト)が生じることがありますが、検査自体が禁忌となることは少なくなっています。
検査前に必ず人工関節が入っていることを申告してください。
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