前十字靭帯(ACL)損傷は、サッカーやバスケットボール、バレー、ラグビーなどのスポーツに多い怪我です。手術療法を選択すると、入院加療が必要になり、長期のスポーツ離脱は免れません。
(ACL損傷の概要は下記の投稿をご参照下さい。)
膝前十字靭帯損傷について
再受傷することなく、スポーツ復帰するにはどのくらいの期間のリハビリテーションが必要なのでしょうか?
また、どの様な点に注意しながらリハビリを進めていく必要があるのでしょうか?
今回はこれらの点も含めて解説させて頂きます。
目次
今回の10秒まとめ
① ACL再建術後の再発率は約20%ほどであり、再建術を行っていない健常側での受傷が多い。
② ACL再建術後のスポーツ復帰までの期間は、おおよそ8〜12ヶ月かかる。
③ スポーツ復帰を遅らせる要因として、1)疼痛、2)動作不良、3)再受傷への恐怖感、が挙げられる。
④ 解剖学的再建術であるST再建術は術後の痛みは少なく、膝機能も正常に近い状態に改善できる手術である。
⑤ 動作不良を起こさないためには、健側と患側の筋力差をなくすことが大切であり、そのためには術前からの筋力向上を心がける。
⑥ 再受傷への恐怖感に対しては、リハビリを行い身体的側面だけでなく精神的側面からの支援が大切である。
⑦ スポーツへの復帰は、単純に期間で決めるのではなく、スポーツ復帰が可能な身体的・精神的機能の回復を見て決定する。
前十字靭帯損傷再建術後の再損傷率は?
【ACL再建術後の再損傷率】
・25歳以下の若年アスリート:23%*1 (*1 Amelia J:Am J Sports Med. 2016 Jul;44(7):1861-76.)
・エリートアスリート:5.2%*2 (*2 Courtney C H Lai:Br J Sports Med. 2018 Jan;52(2):128-138.)
・術後5年以上の経過:同側5.8%・反対側11.8%*3 (*3 Travis J:J Bone Joint Surg Am. 2017 Jun 7;99(11):897-904.)
対象は研究により様々ですが、約20%、つまり再建術後の患者様の5人に1人は再受傷される可能性があります。
この再損傷率の数字は、決して低くないと言えるでしょう。そして、再建術を行っていない健常側の損傷が多い、というのも特徴的です。
また、再建靭帯は術後1年でも正常靭帯の強度には戻りにくく、特に術後2~3ヶ月の期間は最も脆弱な状態と言われています。その後の治癒過程においても個別性が高く、復帰のタイミングは慎重に判断する必要があります。
前十字靭帯損傷再建術後、スポーツ復帰までの期間は?
復帰時期に関する研究では、「術後3ヶ月」という報告から「術後12か月」という報告まで、とても幅があります。最も報告が多いのは、4~6か月ですが、復帰するスポーツの種目、レベル、術後の回復過程によって復帰時期は変わってしまうのが現実です。
ある研究*1では、術後1年でのスポーツ復帰率は33~92%とし、競技レベルが比較的高いアスリートでも44%の選手は損傷前のレベルでのスポーツ復帰が出来ていないと報告しています。半月板損傷や内側側副靭帯損傷の合併の有無にも影響されますが、1年たっても術前レベルでのスポーツ復帰を出来ていない方が多く存在するのが事実です。
*1 Clare L Ardern:Am J Sports Med. 2011 Mar;39(3):538-43
当院のリハビリテーションプロトコルとしては、8~9ヶ月でのスポーツ復帰を目指して介入を行っています。
【当院の術後リハビリテーションプロトコル】
術後1日~:松葉杖歩行
術後1週目~:独歩開始
術後6週目~:階段昇降
術後12週目~:ジョギング開始
術後20週目~:ランニング開始
術後24週目~:ジャンプ、および競技特性に応じた運動の開始
術後8ヶ月~:スポーツ復帰
前十字靭帯損傷再建術後のスポーツ復帰への阻害因子は?
ACL再建患者100例の追跡調査(術後24ヶ月)の結果*
完全復帰:65% 不完全復帰:24% 復帰不可:11%
復帰不可の原因:疼痛28%・再受傷の恐怖27%・筋力低下18%・膝関節伸展制限9%
動作困難(ランニング・カッティング・減速・ピボット動作が困難)
*Alberto Gobbi:Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2006 Oct;14(10):1021-8
ACL再建術患者64例のスポーツ実施状況についての追跡調査(術後81ヶ月)の結果*
社会的要因で引退した者:30% 活動レベルが低下した者:27%
活動レベルが低下した原因:再受傷の恐怖感53%・疼痛・膝関節不安定感47%
*Dave Y H Lee:Ann Acad Med Singap. 2008 Apr;37(4):273-8.
以上の様に、復帰率や活動レベルの低下の要因に挙げられる代表的な項目としては、
・疼痛の残存
・動作不良
・再受傷の恐怖感
となります。そのため、上記の要因が改善されている事がスポーツ復帰の最低条件となります。
疼痛改善へのアプローチ
スポーツ活動時の膝関節痛で代表的なものは膝前面痛です。
BTB再建術とST再建術の膝前面痛の有無については多くの報告がありますが、特にBTB再建術では疼痛の発生率が高いと言われています。
ST再建術の患者44例の術後2年における疼痛レベルとその部位について調査した研究*1では、活動制限を伴う疼痛を有する選手が7%、スポーツ参加が困難なほどの疼痛を有する選手が2%存在すると報告しています。また活動制限を伴わないまでも55%の選手に膝関節痛があると報告しています。その為どちらの手術でも疼痛が残存する可能性はあります。
疼痛の発生には膝蓋骨の位置や膝関節の可動域制限の有無が関連していると言われている為、術後のリハビリテーションではしっかりと膝蓋骨や膝関節の可動域制限を改善していく必要があると言えるでしょう。
*1 D D Spicer:Knee Surg Sports Traumatol Arthrosc. 2000;8(5):286-9.
当院では、解剖学的に正しい位置に再建術を行うべきと考えており、これが可能なST再建術を行っております。
動作不良改善へのアプローチ
ACL術後では、方向転換・ジャンプ・着地・カッティング・減速動作など、ACL損傷の受傷機転になりうる動作の獲得が最も難しいと言われています。
これらは損傷した膝の不安定性や筋力の回復の程度が動作に影響します。
膝関節の不安定性が低下したままだとカッティングやツイスティングなど横方向への動作が特に困難になります。
筋力に関しては、健側の80~90%程度の回復がスポーツ復帰に望ましいと言われています。*1
ちなみに、術後6か月で60%弱の患者が健側比85%の筋力へ回復し、さらに85%以上の筋力を回復した患者のうち50%が6ヶ月以内に競技復帰したと言われています。*2
その為、練習や試合でも問題なくプレーする為には、筋力の回復がとても重要になります。
近年では、術直後だけでなく、術前からきちんと筋力トレーニングを行っていくことが大切とされています。
当院では手術前から膝関節の安定性を高めるために積極的にリハビリテーションを行っております。
*1 Michael Lewek:Clin Biomech (Bristol, Avon). 2002 Jan;17(1):56-63.
*2Lawrence Wells:J Pediatr Orthop. Jul-Aug 2009;29(5):486-9.
再受傷の恐怖感改善へのアプローチ
再受傷の恐怖感がスポーツ復帰を阻害する要因として挙げられており、さらには膝関節の疼痛や機能の回復にも関連があるとも言われています。*
受傷した動作(方向転換・ジャンプ・カッティング)を行う際の恐怖感は、術後でも拭い切れない部分があります。
この恐怖感は、リハビリを通じて身体的要因だけでなく心理的な要因も克服していく必要があります。
*Terese L Chmielewski:J Orthop Sports Phys Ther. 2008 Dec;38(12):746-53.
まとめ
ある研究*では上記の要因も含めて、スポーツ復帰の阻害因子として、痛み、関節腫脹、膝可動域制限、膝伸展筋力低下、片脚ジャンプ着地スキル不足、精神的恐怖などを挙げています。
そしてこれらの因子は術後経過期間とともに自然に回復するわけではないと報告しています。つまり手術からの期間で復帰を決めるのではなく、身体機能がしっかりと回復した段階で復帰するべきだと解釈できます。
上記で説明した通り、スポーツ復帰の目安は8~9ヶ月ですが、身体機能やメンタル的な問題が解決されないままでの復帰は再損傷のリスクが高いと言えます。
しっかりとリハビリを行い、疼痛・関節可動域・筋力・恐怖感など全ての要因が万全の状態で復帰できるようにリハビリテーションを進めていく必要があります。
安全なスポーツ復帰が出来るよう、我々スタッフ一同も最善をつくしていきます!
*Gregory D Myer:Am J Sports Med. 2012 Oct;40(10):2256-63.
今回紹介させて頂いた内容は一般的なものであって、検査や治療の選択、リハビリテーションの進行に関しては、各患者様の病期や合併症の有無などにより変わります。
当院には、膝関節専門医がおります。充分にお話を聞き診察を行った上で最も最適な治療をお勧めさせて頂きます。
膝関節に関する事でお困りの方は、ぜひご相談下さい。
当院のご紹介
整形外科の診療に必要な設備が整った診療所
当院は、各種専門領域を持った医師の診療に加え、大学病院と同様の医療機器を有し、かつ、理学療法士・作業療法士によりリハビリテーションも積極的におこなっている診療所です。また、併設の慶友整形外科脊椎関節病院では手術加療も行なっております。
そのため当院では、整形外科疾患におけるほぼ全ての治療を提供することができます。
当院の『7つの特徴』や『ミッション』についてご案内いたします。
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