足立慶友医療コラム

股関節の可動域制限を伴う症状への対処法

2025.07.26

「靴下が履きにくい」「足の爪が切りにくい」「あぐらがかけない」。このような日常のささいな動作に不便を感じていませんか。

もしかすると、それは股関節の可動域制限が原因かもしれません。股関節は私たちの立つ、歩く、座るといった基本的な動作を支える重要な関節です。

この股関節の動きが悪くなると、生活の質に大きな影響を及ぼすことがあります。

この記事では、股関節の可動域制限がなぜ起こるのか、その基本的な知識から、ご自身でできる簡単なチェック方法、日常生活での注意点、そして症状を和らげるための具体的な対処法まで、幅広く解説します。

股関節の可動域制限とは?基本的な理解

股関節の動きに何らかの制約が生じ、以前のようにスムーズに動かせなくなる状態を「股関節の可動域制限」と呼びます。

この状態を正しく理解するためには、まず股関節そのものの役割や構造を知ることが大切です。

ここでは、股関節の基本的な知識から、可動域制限が身体にどのような影響を与えるのかを詳しく見ていきましょう。

股関節の役割と構造

股関節は、骨盤の寛骨臼(かんこつきゅう)というソケットに、大腿骨の先端にある球状の骨頭(こっとう)がはまり込む形をしています。

この球関節という構造により、股関節は非常に自由に動くことができます。

脚を前後に振る、内外に開閉する、内外にひねるといった複雑な動きを可能にし、私たちがスムーズに歩いたり、走ったり、立ち上がったりすることを支えています。

また、上半身の重みを支え、地面からの衝撃を吸収するクッションの役割も担う、身体の要となる関節です。

股関節の主な動き

動きの種類動作の例役割
屈曲膝を胸に引き寄せる階段昇降、椅子に座る
伸展脚を後ろに伸ばす歩行、走行
外転・内転脚を横に開く・閉じる方向転換、バランス維持

可動域制限が意味するもの

可動域制限とは、この股関節が持つ本来の動きの範囲が狭くなることを指します。

例えば、以前は楽にできていたあぐらがかけなくなったり、靴下を履く際に膝を十分に胸に引き寄せられなくなったりします。

これは、関節そのものや、その周辺の筋肉、靭帯、関節包といった軟部組織に何らかの変化が生じているサインです。

初期段階では軽い違和感や動かしにくさを感じる程度かもしれませんが、進行すると痛みを伴い、日常生活に大きな支障をきたすこともあります。

なぜ股関節の動きが悪くなるのか

股関節の可動域が狭まる原因は一つではありません。

加齢に伴う関節軟骨のすり減りや、長年の生活習慣による身体の歪み、運動不足による筋肉の硬直などが複合的に絡み合って発生することが多いです。

特に、デスクワークなどで長時間同じ姿勢を続けることは、股関節周辺の筋肉を緊張させ、血行不良を招き、結果として関節の動きを悪くする一因となります。

また、過去の怪我や、変形性股関節症のような特定の疾患が背景に隠れている場合もあります。

可動域制限がもたらす身体への影響

股関節の動きが悪くなると、その影響は股関節だけにとどまりません。股関節の動きをかばうために、膝や腰、さらには背中や首にまで負担がかかります。

この代償動作が続くと、二次的に腰痛や膝痛、肩こりなどを引き起こす可能性があります。身体の土台である骨盤の傾きにも影響を与え、全身のバランスが崩れることにもつながります。

たかが股関節の硬さ、と軽視せず、身体全体の問題として捉えることが重要です。

  • 腰痛
  • 膝の痛み
  • 姿勢の悪化
  • 歩行の不安定さ

あなたの股関節は大丈夫?可動域制限のセルフチェック

股関節の可動域制限は、初期の段階では自覚しにくいこともあります。しかし、身体が発する小さなサインに気づき、早期に対処することが、症状の進行を防ぐ鍵となります。

ここでは、ご自宅で誰でも簡単に行えるセルフチェックの方法を紹介します。ご自身の股関節の状態を把握し、健康管理に役立てましょう。

自宅でできる簡単なチェック方法

特別な道具は必要ありません。安全な場所で、リラックスして行いましょう。

以下のいくつかの動きを試してみて、左右の股関節で動きやすさに差がないか、痛みや詰まるような感じがないかを確認します。

股関節の動きを確かめるチェックリスト

チェック項目確認する動きチェックポイント
あぐら床に座り、あぐらをかく膝が床から浮きすぎていないか
靴下履き椅子に座り、片足首を反対の膝に乗せるスムーズに乗せられるか
爪切り椅子に座り、足を引き寄せて爪を切る姿勢無理なく足を引き寄せられるか

これらの動作がやりにくい、あるいは左右で明らかな差がある場合は、股関節の可動域に何らかの制限が生じている可能性があります。

痛みや違和感の評価基準

セルフチェックを行う際は、ただ「できる・できない」だけでなく、どの程度の痛みや違和感があるかを評価することも大切です。

痛みの度合いを0(全く痛くない)から10(想像できる最も強い痛み)までの数値で記録してみましょう。

また、「どの動きで」「どのあたりが」「どのように」痛むのかを具体的に把握することで、後の対策や専門家への相談の際に役立ちます。

例えば、「あぐらをかこうとすると、右の股関節の付け根がズキッと痛む」といった具体的な記録が有効です。

左右の股関節の動きを比較する

私たちの身体は、完全な左右対称ではありません。しかし、股関節の動きに関しては、通常、左右で大きな差はないはずです。

セルフチェックを行う際には、必ず左右両方の脚で同じ動きを試し、その差を比較することが重要です。

片方だけが極端に動かしにくい、あるいは痛むといった場合は、そちら側の股関節に問題が起きている可能性が高いと考えます。この左右差は、可動域制限の重要な指標となります。

チェック時の注意点と専門家への相談目安

セルフチェックは、あくまで現状を把握するためのものです。無理に動かしたり、強い痛みを感じるまで行ったりすることは絶対に避けてください。

痛みを感じる場合は、その手前で動きを止めましょう。

チェックによって強い痛みが出現した場合や、日常生活に支障をきたすほどの動かしにくさを感じる場合、また、安静にしていても痛みが続くような場合は、自己判断で対処せず、早めに整形外科などの医療機関を受診することを推奨します。

股関節の可動域制限を引き起こす主な原因

股関節の動きがなぜ悪くなってしまうのでしょうか。その原因は多岐にわたり、単一の要因だけでなく、複数の要素が絡み合っていることがほとんどです。

ここでは、股関節の可動域制限を引き起こす代表的な原因について掘り下げていきます。ご自身の生活習慣と照らし合わせながら、原因を探るヒントにしてください。

加齢による関節の変化

年齢を重ねると、身体には様々な変化が現れます。股関節も例外ではありません。長年の使用により、クッションの役割を果たす関節軟骨が徐々にすり減っていきます。

軟骨が薄くなると、骨同士が直接こすれやすくなり、炎症や痛みを引き起こします。この状態が「変形性股関節症」です。

また、関節を包む関節包や靭帯も硬くなり、柔軟性が失われがちです。これらの加齢に伴う変化が、股関節の滑らかな動きを妨げ、可動域を狭める大きな原因となります。

日常生活の癖や姿勢の問題

普段何気なく行っている癖や姿勢が、知らず知らずのうちに股関節に負担をかけていることがあります。

例えば、いつも同じ側の脚を組む、片足に体重をかけて立つ、横座りをする、といった習慣は、骨盤の歪みや股関節への非対称な負荷を生み出します。

また、長時間のデスクワークやスマートフォンの使用による猫背姿勢は、骨盤が後ろに傾き、股関節が常に曲がった状態になりがちです。

このことが股関節前面の筋肉の短縮や硬直を招き、脚を後ろに伸ばす動き(伸展)の制限につながります。

股関節に負担をかける姿勢や動作

習慣股関節への影響考えられる症状
脚を組む骨盤の歪み、左右の筋バランスの乱れ腰痛、股関節痛
長時間の座位股関節屈筋群の短縮、殿筋群の弱化立ち上がり時の痛み、伸展制限
猫背姿勢骨盤の後傾、股関節の動きの悪化歩行障害、腰痛

運動不足や筋肉の硬化

股関節は多くの筋肉によって支えられ、動かされています。運動不足になると、これらの筋肉が硬くなったり、弱くなったりします。

特にお尻の筋肉(殿筋群)や太ももの裏側の筋肉(ハムストリングス)が硬くなると、股関節を曲げる動きが制限されます。

逆に、お腹の奥にある腸腰筋(ちょうようきん)が硬くなると、脚を後ろに伸ばしにくくなります。筋肉は使わないと柔軟性を失い、血行も悪化します。

この筋肉の硬化が、関節そのものに問題がなくても、可動域を狭める大きな要因となるのです。

注意が必要な疾患の可能性

股関節の可動域制限は、単なる筋肉の硬さや加齢だけでなく、治療を必要とする疾患が原因である場合もあります。代表的なものが「変形性股関節症」です。

これは、関節軟骨のすり減りによって痛みや可動域制限が進行する病気です。

その他にも、関節リウマチのような自己免疫疾患や、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)といった血流障害による病気、さらには細菌感染による化膿性股関節炎などが原因となることもあります。

急激に痛みや可動域制限が悪化した場合や、安静時にも痛みがある場合は、これらの疾患を疑い、専門医の診断を受けることが重要です。

  • 変形性股関節症
  • 関節リウマチ
  • 大腿骨頭壊死症

日常生活でできる股関節への負担を減らす工夫

股関節の可動域制限の進行を防ぎ、症状を和らげるためには、日常生活の中での身体の使い方が非常に重要です。

無意識に行っている動作が、実は股関節に大きな負担をかけているかもしれません。ここでは、日々の生活の中で少し意識するだけで実践できる、股関節に優しい工夫を紹介します。

正しい座り方と立ち方

特にデスクワークなどで長時間座っている方は、座り方を見直すことが大切です。椅子に深く腰掛け、骨盤を立てることを意識しましょう。

坐骨(お尻の下にある硬い骨)に均等に体重が乗るように座ると、骨盤が安定します。膝の角度は90度程度が理想で、足裏全体が床にしっかりと着くように椅子の高さを調整します。

立ち上がる際は、一度浅く腰掛けてから、お辞儀をするように上体を前に倒し、股関節から身体を折り曲げるようにして立つと、腰や膝への負担を減らせます。

正しい座り方のポイント

ポイント具体的な方法目的
深く腰掛けるお尻を背もたれにつける骨盤を安定させる
骨盤を立てる坐骨で座る意識を持つ腰への負担軽減
足裏を床につける必要であれば足台を使う姿勢の安定

歩行時の意識と靴の選び方

歩くことは股関節にとって良い運動ですが、歩き方が悪いと逆に負担となります。歩く際は、かかとから着地し、足の親指の付け根で地面を蹴り出すように意識します。

大股で歩こうとするよりも、歩幅は自然に、リズミカルに歩くことが大切です。また、靴選びも重要です。クッション性が高く、かかとをしっかりと支えてくれる靴を選びましょう。

ヒールの高い靴や、底が硬すぎる靴は、股関節への衝撃が大きくなるため、長時間の使用は避けるのが賢明です。

就寝時の姿勢と寝具の工夫

睡眠中の姿勢も股関節に影響を与えます。仰向けで寝るのが最も股関節への負担が少ないとされます。

このとき、膝の下にクッションや丸めたタオルを入れると、股関節や腰がリラックスしやすくなります。横向きで寝る場合は、両膝の間にクッションを挟むことで、上の脚が前に倒れ込んで股関節がねじれるのを防ぎます。

マットレスは、柔らかすぎてお尻が沈み込むものは避け、適度な硬さで身体を支えてくれるものを選びましょう。

重い物の持ち方と身体の使い方

床にある重い物を持ち上げる際は、股関節を意識することが怪我の予防につながります。腰を丸めて腕の力だけで持ち上げようとすると、腰だけでなく股関節にも大きな負担がかかります。

まず対象物に近づき、片膝をつくか、両膝をしっかりと曲げて腰を落とします。そして、お腹に力を入れて物を身体に引き寄せてから、脚の力を使って立ち上がります。

この一連の動作により、股関節と太ももの大きな筋肉を使って、安全に物を持ち上げることができます。

股関節の柔軟性を高めるためのセルフケア

股関節の可動域制限を改善するためには、硬くなった筋肉をほぐし、関節の動きを滑らかにするためのセルフケアが有効です。ただし、やみくもに動かすのは逆効果になることもあります。

ここでは、安全かつ効果的に股関節の柔軟性を高めるための方法を紹介します。無理のない範囲で、継続的に取り組むことが大切です。

安全に行うストレッチの基本

ストレッチを行う上で最も重要なのは、痛みを感じない範囲で行うことです。「痛いけれど気持ちいい」と感じる程度が目安です。

反動をつけずに、ゆっくりと筋肉を伸ばし、その状態で20秒から30秒ほど静止します。呼吸を止めず、ゆっくりと深い呼吸を繰り返しながら行うことで、筋肉がリラックスしやすくなります。

お風呂上がりなど、身体が温まっている時に行うと、より効果的です。

  • 痛みを感じない範囲で
  • 反動をつけずにゆっくりと
  • 20~30秒キープ
  • 自然な呼吸を続ける

股関節周辺の筋肉をほぐす方法

股関節の動きには、お尻、太ももの前後、内側など、多くの筋肉が関わっています。これらの筋肉をバランス良くほぐすことが、可動域の改善につながります。

股関節周辺の主なストレッチ

対象の筋肉ストレッチの例ポイント
殿筋群(お尻)仰向けで膝を抱えるお尻の伸びを意識する
ハムストリングス(太もも裏)椅子に座り片脚を伸ばす背筋を伸ばしたまま上体を倒す
内転筋群(太もも内側)床に座り足裏を合わせる膝を無理に押さない

これらのストレッチを組み合わせ、股関節全体を多方向からアプローチすることが重要です。

無理のない範囲での筋力トレーニング

股関節の安定性を高めるためには、柔軟性だけでなく、適度な筋力も必要です。特に、股関節を支えるお尻の筋肉(中殿筋)や、インナーマッスルを鍛えることが有効です。

仰向けに寝て膝を立て、お尻をゆっくりと持ち上げる「ヒップリフト」や、横向きに寝て上の脚をゆっくりと持ち上げる「サイドレッグレイズ」などが代表的なトレーニングです。

いずれも、回数をこなすことよりも、正しいフォームでゆっくりと行い、ターゲットとなる筋肉を意識することが大切です。

温熱療法と冷却療法の使い分け

温めること(温熱療法)と冷やすこと(冷却療法)は、どちらもセルフケアに役立ちますが、使い分けが重要です。

慢性的な痛みやこわばり、筋肉の硬さを和らげたい場合や、運動前には、蒸しタオルや入浴で股関節周りを温めると良いでしょう。血行が促進され、筋肉がリラックスし、動きやすくなります。

一方、運動後に関節が熱を持っている場合や、急な痛み(急性期)がある場合は、氷のうなどで15分程度冷やすことで、炎症や腫れを抑える効果が期待できます。

食事と栄養で支える股関節の健康

身体は、私たちが日々口にするものから作られています。

股関節の健康を維持し、可動域制限の悩みを改善するためには、運動やセルフケアだけでなく、食事や栄養の面からのアプローチも大切です。

ここでは、関節の健康を内側からサポートするための食生活のポイントについて解説します。

関節の健康をサポートする栄養素

関節の構成成分や、炎症を抑える働きを持つ栄養素を意識的に摂取することは、股関節の健康維持に役立ちます。

特に、軟骨の主成分であるコラーゲンの生成を助けるビタミンC、骨の健康に欠かせないカルシウムとその吸収を助けるビタミンD、そして強い抗酸化作用で関節の老化を防ぐビタミンEなどが重要です。

関節の健康に役立つ栄養素と食品例

栄養素主な働き多く含む食品
ビタミンCコラーゲンの生成促進パプリカ、ブロッコリー、柑橘類
カルシウム骨の主成分乳製品、小魚、大豆製品
オメガ3脂肪酸炎症を抑える青魚(サバ、イワシ)、亜麻仁油

炎症を抑える食生活のポイント

関節に痛みや炎症がある場合、食事の内容によってその症状が強まることがあります。

一般的に、加工食品や揚げ物、糖質の多い菓子類などに含まれる飽和脂肪酸やトランス脂肪酸は、体内の炎症を促進しやすいと考えられています。

一方で、サバやイワシなどの青魚に豊富なオメガ3系脂肪酸や、野菜や果物に含まれる抗酸化物質には、炎症を抑制する働きが期待できます。

バランスの取れた和食中心の食生活を心がけることが、関節の炎症コントロールにつながります。

適正体重の維持と関節への負担軽減

股関節は、歩行時には体重の3〜4倍、階段の上り下りではそれ以上の負荷がかかります。

体重が重ければ重いほど、股関節にかかる負担は増大し、軟骨のすり減りを早めてしまう可能性があります。

もし体重が標準よりも多い場合は、適正体重に近づける努力が重要です。

食事量の見直しや、股関節に負担の少ない水中ウォーキングなどの運動を取り入れることで、関節への負荷を直接的に減らすことができます。

このことは、痛みや可動域制限の改善において非常に効果的なアプローチです。

水分補給の重要性

見落とされがちですが、十分な水分補給も関節の健康には大切です。関節軟骨や、関節の動きを滑らかにする関節液には、多くの水分が含まれています。

体内の水分が不足すると、これらの組織の水分量も減少し、関節の滑らかな動きが損なわれる可能性があります。

また、血液の循環を良好に保ち、筋肉に栄養を届け、老廃物を排出するためにも水分は必要です。喉が渇いたと感じる前に、こまめに水を飲む習慣をつけましょう。

専門家によるアプローチと選択肢

セルフケアを続けても症状が改善しない場合や、痛みが強い場合には、専門家による適切な診断と治療を受けることが重要です。

自己判断で問題を長引かせることなく、医療機関や専門施設に相談することで、より効果的な解決策が見つかる可能性があります。

ここでは、専門家が行うアプローチの概要と、考えられる選択肢について解説します。

医療機関での診断の流れ

整形外科を受診すると、まずは医師による問診が行われます。いつから、どのような症状があるのか、日常生活で困っていることなどを具体的に伝えます。

その後、医師が股関節を動かして可動域を調べる徒手検査や、歩行状態の確認などを行います。

さらに正確な診断のために、X線(レントゲン)撮影を行い、骨の状態や関節の隙間の広さを確認するのが一般的です。

必要に応じて、MRI検査で軟骨や周辺組織の状態を詳しく調べたり、血液検査で炎症の有無を確認したりすることもあります。

保存療法の内容と目的

手術以外の方法で症状の改善を目指す治療を「保存療法」と呼びます。多くの場合、まずこの保存療法から治療を開始します。

主な目的は、痛みをコントロールし、症状の進行を遅らせることです。

具体的には、痛みや炎症を抑えるための薬物療法(内服薬や外用薬)、関節への負担を減らすための生活指導、そして運動療法などが含まれます。

これらの治療法を組み合わせ、個々の症状や状態に合わせて進めていきます。

主な保存療法の種類

治療法内容目的
薬物療法消炎鎮痛剤の内服・外用など痛みの緩和、炎症の抑制
運動療法ストレッチ、筋力トレーニング可動域の改善、関節の安定化
物理療法温熱療法、電気刺激など血行促進、痛みの緩和

理学療法士によるリハビリテーション

保存療法の中でも中心的な役割を担うのが、理学療法士によるリハビリテーションです。理学療法士は、身体の動きの専門家です。

個々の患者さんの状態を詳細に評価し、硬くなっている筋肉を特定してストレッチを行ったり、弱っている筋肉を効果的に鍛えるトレーニングを指導したりします。

また、股関節に負担の少ない日常生活動作(ADL)の指導も行い、セルフケアの方法を具体的にアドバイスします。

専門家の指導のもとで正しい運動を行うことは、安全かつ効果的に機能回復を目指す上で非常に重要です。

手術療法を検討する場合

保存療法を長期間続けても痛みが改善せず、日常生活に大きな支障が出ている場合や、関節の変形が著しい場合には、手術療法が選択肢となることがあります。

代表的な手術には、骨盤の骨を切って関節のかぶりを良くする「骨切り術」や、傷んだ関節を人工の関節に置き換える「人工股関節置換術」などがあります。

どの手術が適しているかは、年齢や活動レベル、関節の状態などを総合的に判断して決定します。

手術は最終的な選択肢の一つですが、多くの人々の痛みを取り除き、生活の質を劇的に改善する可能性を秘めています。

よくある質問

股関節の可動域制限に関して、多くの方が抱く疑問についてお答えします。ご自身の状況と照らし合わせながら、参考にしてください。

Q. ストレッチは毎日行うべきですか?

A. 可能な限り毎日続けることが理想的です。筋肉の柔軟性は、継続することで維持・向上します。毎日少しずつでも良いので、習慣にすることが大切です。

ただし、体調が優れない日や痛みが強い日に無理して行う必要はありません。お風呂上がりなど、身体が温まっているリラックスした時間を見つけて、心地よい範囲で行うことを心がけましょう。

Q. 痛みがある場合も動かした方が良いですか?

A. 痛みの種類や程度によります。

動かすことで和らぐような慢性的な鈍い痛みや、筋肉の硬さからくるこわばりであれば、無理のない範囲でゆっくりと動かす(ストレッチなど)ことで症状が改善することがあります。

しかし、動かすと鋭い痛みが走る場合や、安静にしていても痛む場合は、炎症が起きている可能性があります。

このような場合は無理に動かさず、安静を保ち、必要であれば冷やすなどの処置をして、専門医に相談することを推奨します。

Q. サプリメントは効果がありますか?

A. グルコサミンやコンドロイチン、ヒアルロン酸といったサプリメントが関節に良いという情報をよく目にします。

これらは関節軟骨の成分であり、一部の方には痛みの緩和などの効果が見られる場合があります。

しかし、その効果については科学的にまだ完全に証明されているわけではなく、個人差が大きいのが現状です。

サプリメントはあくまで食事を補う「補助食品」と位置づけ、頼り切るのではなく、まずはバランスの取れた食事や適度な運動といった基本的な生活習慣の改善を優先することが重要です。

Q. どのような場合に医療機関を受診すべきですか?

A. 以下のようなサインが見られる場合は、一度整形外科などの医療機関を受診することをお勧めします。

セルフケアで対処できる範囲を超えている可能性や、背景に何らかの疾患が隠れている可能性があります。早期に正確な診断を受けることが、適切な治療への第一歩となります。

医療機関の受診を検討するサイン

症状具体的な状態
痛みが強い歩行が困難、夜間に痛みで目が覚める
症状の悪化可動域制限や痛みが急速に進行している
日常生活への支障着替えや入浴などの日常動作が著しく困難

以上

参考文献

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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