足立慶友医療コラム

股関節の曲げ伸ばしが制限される原因とは

2025.08.10

「最近、靴下を履くのがつらい」「椅子から立ち上がる時に股関節が伸びにくい」など、股関節の曲げ伸ばしに不便を感じていませんか。

以前はスムーズにできていた動きが制限されると、日常生活に大きな影響をおよぼします。この不便さの背景には、加齢や生活習慣、あるいは特定の疾患が隠れている可能性があります。

この記事では、股関節が曲がらない、伸びないと感じる原因を多角的に掘り下げます。股関節の構造から、動きを妨げる具体的な要因、ご自身でできる工夫まで、分かりやすく解説します。

股関節が曲がらないと感じる主な症状

股関節の動きに制限を感じ始める時、そのサインは日常生活のさまざまな場面に現れます。痛みがある場合もない場合もあり、症状の出方は人それぞれです。

ここでは、どのような時に股関節の異常に気づきやすいか、具体的な症状のパターンを解説します。

日常生活で気づくサイン

股関節の可動域制限は、何気ない日常の動作で顕著になります。多くの方が「以前は問題なくできていたのに」と感じる動作が、重要なサインとなります。

特に、足を大きく開いたり、深く曲げたりする動きで気づきやすいでしょう。

具体的な動作の例

動作具体的な場面感じやすい制限
爪切り・靴下を履く足を引き寄せて膝を外に開く膝が胸に近づかない、外に開かない
あぐらをかく床に座る時膝が床につかず、股関節が痛む
正座からの立ち上がり床から立ち上がる時股関節が伸びず、すぐに立てない

痛みを伴う場合と伴わない場合

股関節の動きの制限には、痛みが伴うケースと、痛みはないものの単純に動かしにくいケースがあります。痛みの有無は、原因を考える上で重要な手がかりとなります。

例えば、炎症が起きている場合は痛みを伴いやすく、筋肉の硬さだけが原因の場合は痛みよりも「突っ張り感」や「詰まり感」として感じることがあります。

動きの範囲(可動域)の変化

股関節は非常に広い範囲に動く関節ですが、その動きが特定の方向にだけ制限されることもあります。

例えば、「内側にひねる動きだけがやりにくい」「後ろに伸ばす動きだけが詰まる」といった具体的な可動域の変化を自覚することが、原因を探る上で役立ちます。

自分の股関節がどの方向に動きにくいのかを意識してみることも大切です。正常な可動域と比較して、どの程度制限があるのかを把握しましょう。

股関節の構造と正常な動き

股関節の動きがなぜ制限されるのかを理解するためには、まず股関節がどのような構造で、どのように動いているのかを知ることが重要です。

ここでは、股関節を構成する要素と、その正常な機能について解説します。

股関節を構成する骨と軟骨

股関節は、骨盤側の「寛骨臼(かんこつきゅう)」というソケット(受け皿)と、太ももの骨である「大腿骨(だいたいこつ)」の先端にある球状の「大腿骨頭(だいたいこっとう)」で構成される、球関節の一種です。

この構造により、股関節は多方向に動くことができます。それぞれの骨の表面は「関節軟骨」という滑らかで弾力のある組織で覆われています。

この軟骨がクッションの役割を果たし、関節の動きを滑らかにしています。

股関節の主要な構成要素

構成要素役割特徴
寛骨臼大腿骨頭の受け皿骨盤の一部で、お椀のような形
大腿骨頭寛骨臼にはまる球状の骨太ももの骨の先端部分
関節軟骨衝撃吸収と滑らかな動きの実現骨の表面を覆う弾力のある組織

股関節の動きを支える筋肉

股関節の安定性と動きは、周囲を取り巻く多くの筋肉によって支えられています。

お尻の筋肉(大殿筋など)、太ももの前の筋肉(大腿四頭筋)、太ももの後ろの筋肉(ハムストリングス)、内側の筋肉(内転筋群)などが連携して働くことで、歩く、立つ、座るといった複雑な動作を可能にしています。

これらの筋肉が硬くなったり弱くなったりすると、股関節の動きに直接影響が出ます。

正常な可動域とは

股関節は、さまざまな方向に動かすことができます。これらの動きが組み合わさることで、私たちは複雑な日常動作を行っています。

正常な可動域を知ることで、ご自身の股関節の状態を客観的に見る一つの目安になります。

  • 屈曲(前に曲げる)
  • 伸展(後ろに伸ばす)
  • 外転(外に開く)
  • 内転(内に閉じる)
  • 外旋(外にひねる)
  • 内旋(内にひねる)

これらの動きが複合的に行われることで、私たちはスムーズな日常生活を送ることができます。いずれか一つの動きでも制限されると、「股関節が曲がらない」という感覚につながります。

股関節の動きを妨げる主な原因

股関節の曲げ伸ばしが制限される背景には、単一ではなく複数の原因が関わっていることが少なくありません。

加齢に伴う自然な変化から、日々の生活習慣、さらには関節そのものの問題まで、考えられる原因は多岐にわたります。

加齢による変化

年齢を重ねると、体にはさまざまな変化が現れます。股関節も例外ではありません。長年の使用により関節軟骨がすり減ってきたり、筋肉の柔軟性が低下したりします。

また、関節を包む袋である「関節包」が硬くなることも、動きを妨げる一因です。

これらの変化は誰にでも起こりうる自然なものですが、進行すると股関節の動きに明らかな制限を感じるようになります。

筋肉や軟部組織の問題

股関節の動きは、周囲の筋肉や靭帯、関節包といった軟部組織の状態に大きく左右されます。長時間同じ姿勢でいることや運動不足は、これらの組織を硬くしてしまいます。

特に、お尻や太ももの筋肉が硬くなると、股関節を曲げる動作や伸ばす動作が直接的に妨げられます。この筋肉の硬さが、痛みや「詰まり感」の原因となることも少なくありません。

動きを妨げる軟部組織の問題点

組織問題点主な影響
筋肉柔軟性の低下、筋力低下曲げ伸ばしの際の突っ張り感、力の入りにくさ
関節包・靭帯硬化、肥厚関節全体の動きの制限、特定の方向への動かしにくさ
筋膜癒着、滑走性の低下動きのぎこちなさ、関連する部位の痛み

骨や関節自体の異常

関節軟骨のすり減りが進行したり、骨の形に異常が生じたりすると、股関節の動きは物理的に制限されます。

代表的なものが「変形性股関節症」で、軟骨が失われ、骨同士が直接こすれ合うことで痛みや可動域制限が生じます。

また、生まれつきの骨の形(臼蓋形成不全など)が、後年になって問題を引き起こすこともあります。

生活習慣との関連

日々の生活習慣も、股関節の状態に深く関わっています。

例えば、足を組む癖、片足に体重をかけて立つ癖、合わない靴を履き続けることなどは、股関節への負担を増やし、筋肉のアンバランスや関節の歪みを引き起こす可能性があります。

これらの小さな習慣の積み重ねが、将来的な股関節の不調につながることを理解しておくことが大切です。体重の増加も股関節への負担を直接的に増大させるため、重要な要因の一つです。

考えられる股関節の病気

股関節の曲げ伸ばしが制限される場合、背景に特定の病気が隠れている可能性があります。ここでは、代表的な股関節の病気について、その特徴や症状を解説します。

自己判断は禁物ですが、知識として知っておくことは大切です。

変形性股関節症

股関節の病気の中で最も多く見られるのが変形性股関節症です。これは、関節軟骨がすり減り、骨が変形していく病気です。

初期の段階では、立ち上がりや歩き始めに股関節の付け根に痛みを感じる程度ですが、進行すると安静時にも痛むようになり、可動域が著しく制限されます。

特に、あぐらをかく、靴下を履くといった動作が困難になります。

変形性股関節症の主な症状

  • 立ち上がり時の痛み
  • 歩行時の痛み
  • 可動域の制限
  • 安静時の痛み(進行期)

股関節インピンジメント(FAI)

股関節インピンジメント(Femoroacetabular Impingement: FAI)は、股関節を深く曲げた時に、大腿骨と寛骨臼が衝突して痛みや可動域制限を引き起こす状態です。

比較的若い世代やスポーツ選手に見られることが多く、特定の動きで股関節の付け根に鋭い痛みや詰まり感が生じます。

骨の形状が原因となっていることが多く、放置すると軟骨損傷や変形性股関節症へ移行する可能性があります。

FAIで痛みが出やすい動作

動作カテゴリ具体的な動作特徴
深く曲げるあぐら、深いスクワット股関節の前面に詰まり感や鋭い痛み
内にひねる車や自転車の乗り降り股関節の奥で何かが挟まるような感覚
スポーツ動作サッカーのキック、ランニング特定の角度で痛みが出てパフォーマンスが低下

関節リウマチ

関節リウマチは、自己免疫疾患の一つで、体の多くの関節に炎症を引き起こします。股関節も例外ではありません。

関節リウマチによる股関節の症状は、痛みや腫れ、朝のこわばりが特徴です。病気が進行すると、関節破壊が進み、強い痛みと可動域制限につながります。

手足の指など、他の関節にも症状が出ることが多いのが特徴です。

その他の疾患

上記以外にも、大腿骨頭壊死症(だいたいこっとうえししょう)や、感染症による化膿性股関節炎、スポーツによる股関節周辺の肉離れや腱炎なども、股関節の動きを妨げる原因となります。

症状が続く場合は、原因を特定するために専門家による正確な診断が必要です。

自分でできる股関節の動きやすさを保つ工夫

股関節の動きに制限を感じ始めたら、日常生活の中で少し工夫をすることで、症状の進行を緩やかにしたり、不便さを軽減したりすることが期待できます。

ここでは、今日から始められるセルフケアのポイントを紹介します。

日常生活での注意点

股関節に負担をかけない生活を心がけることが基本です。

床に座る生活よりも椅子を使う、重いものを頻繁に持たない、長時間の立ち仕事や歩行を避けるなど、股関節をいたわる意識が重要です。

和式トイレよりも洋式トイレを選ぶことも、股関節への負担を減らす有効な方法です。

生活様式の見直しポイント

推奨される様式避けるべき様式理由
椅子・ベッドの使用床座・布団立ち座りの際の股関節への負担を軽減する
洋式トイレ和式トイレ深くしゃがむ動作を避けるため
カートや台車の利用重い荷物を手で持つ股関節への過度な負荷を避けるため

股関節に負担をかけない座り方・立ち方

椅子からの立ち座りは、毎日何度も繰り返す動作です。この動作を正しく行うことで、股関節への負担を大きく減らすことができます。

座る時は、浅く腰掛けるのではなく、深く腰掛けて背筋を伸ばしましょう。

立ち上がる際は、一度浅く座り直し、両足をしっかり床につけてから、テーブルなどに手をついて体を持ち上げると、股関節への負担が少なくなります。

適度な運動の重要性

痛みが強い場合は安静が第一ですが、状態が落ち着いているのであれば、適度な運動で股関節周りの筋力を維持し、柔軟性を保つことが大切です。

ただし、自己流のストレッチやトレーニングは、かえって症状を悪化させる危険もあります。運動を始める前には、どのような運動が自分に適しているか、専門家に相談することが望ましいです。

推奨される運動の例

  • 水中ウォーキング
  • エアロバイク
  • 無理のない範囲でのストレッチ

これらの運動は、股関節に体重の負担をかけずに筋肉を動かすことができるため、比較的安全に取り組めます。

専門家への相談を検討すべきタイミング

股関節の不調を感じた時、どのタイミングで専門機関を受診すればよいか迷う方も多いでしょう。

ここでは、専門家への相談を考えた方が良い症状のサインや、受診の際に役立つ情報について解説します。

こんな症状があれば注意

セルフケアを続けても改善しない、あるいは症状が悪化する場合は、専門家による診断が必要です。特に以下のような症状が見られる場合は、早めに相談することを推奨します。

受診を検討すべき症状のサイン

症状の種類具体的な状態考えられるリスク
痛みの悪化安静にしていても痛む、夜間に痛みで目が覚める炎症の悪化、病気の進行
可動域の悪化以前より明らかに股関節が曲がらない、伸びない関節の変形、拘縮の進行
歩行への影響足を引きずるようになった、長距離歩けない日常生活への支障、転倒リスクの増加

何科を受診すればよいか

股関節の痛みや動きの制限については、まず「整形外科」を受診するのが一般的です。整形外科では、問診や触診、レントゲンやMRIなどの画像検査を通じて、症状の原因を診断します。

関節リウマチが疑われる場合は、リウマチ科や膠原病内科の受診を勧められることもあります。

相談前に準備しておくと良いこと

受診する際には、ご自身の症状を正確に伝えることが、的確な診断につながります。事前に情報を整理しておくと、診察がスムーズに進みます。

事前にまとめておくべき情報

  • いつから症状が始まったか
  • どのような時に痛む、または動きにくいか
  • これまでに行った対処法とその効果
  • 他の病気の既往歴や服用中の薬

これらの情報をメモなどにまとめて持参すると、伝え忘れを防ぐことができます。

股関節の曲げ伸ばしに関するよくある質問

最後に、股関節の動きに悩む方からよく寄せられる質問とその回答をまとめました。日々の疑問解消の参考にしてください。

Q. ストレッチは効果がありますか?

A. 股関節周りの筋肉の柔軟性を高めるためのストレッチは、効果が期待できる場合があります。

しかし、痛みを我慢して無理に行うと、炎症を悪化させたり、関節を傷つけたりする可能性があります。

特に、変形性股関節症や股関節インピンジメントがある場合、特定の方向へのストレッチは禁忌となることもあります。

ストレッチを行う場合は、自己判断ではなく、必ず専門家の指導のもとで、痛みのない範囲でゆっくりと行うことが重要です。

Q. 温めるのと冷やすのはどちらが良いですか?

A. 温めること(温熱療法)と冷やすこと(寒冷療法)は、目的によって使い分けます。どちらが適しているかは、症状の状態によって異なります。

温熱療法と寒冷療法の使い分け

療法適した状態目的・効果
温熱療法(温める)慢性的な痛み、筋肉のこわばり血行を促進し、筋肉の緊張を和らげる
寒冷療法(冷やす)急な痛み、腫れや熱感がある場合炎症を抑え、痛みを鎮める

基本的には、急性の炎症(ズキズキ痛む、熱を持っている)には冷却を、慢性的で筋肉が硬くなっているような状態には温めるのが良いとされていますが、判断に迷う場合は専門家にご相談ください。

Q. サプリメントは意味がありますか?

A. グルコサミンやコンドロイチンといった成分を含むサプリメントが、関節の健康維持を目的として市販されています。

これらのサプリメントが、すり減った軟骨を再生させるという科学的根拠は、現時点では確立されていません。しかし、一部の方で痛みの緩和に役立ったという報告もあります。

サプリメントはあくまで食品であり、医薬品ではありません。過度な期待はせず、基本的な食事や運動、生活習慣の改善を優先することが大切です。

利用を考える場合は、かかりつけの医師や薬剤師に相談することをお勧めします。

Q. 体重管理はどのくらい重要ですか?

A. 体重管理は、股関節の健康にとって非常に重要です。歩行時、股関節には体重の数倍の負荷がかかると言われています。

体重が1kg増えるだけで、股関節にかかる負担は3kg以上増える計算になります。

体重を適正範囲にコントロールすることは、股関節への負担を直接的に軽減し、痛みの緩和や病気の進行予防につながります。

食事内容の見直しや、股関節に負担の少ない運動を取り入れ、無理のない範囲で体重管理を心がけましょう。

以上

参考文献

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Author

北城 雅照

医療法人社団円徳 理事長
医師・医学博士、経営心理士

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